第38話

【10月第4週日曜ダンジョンビル前喫茶店】


 マスターの指示通りに俺は席を立ち、ダンジョンゲーマーズのホームとなっている喫茶店奥の部屋に移動する。

 普通のお客さんが見ている中なので、店内の扉は使わずに一度入り口から外に出ての移動だ。


 外は夕方ということもあってすでに日が落ち始めており、快適な温度に保たれている喫茶店内と違って少し肌寒い。


(端に座れば周りに聞こえないから大丈夫だと思ったけど、少しうかつだったかな?)


 マスターの焦った表情を見るに、あの場所で話題に出して良い内容ではなかったようだ。

 よくよく考えてみればそのマスターこそ、自分の能力を使って周りから秘密裏に情報収集を行っているわけで、マスター自身も話を聞かれることについての警戒度が他の人よりも高いのかもしれない。


 喫茶店を出ると、そのまま裏に回って扉の前でセキュリティ認証を終え、部屋の中に入る。

 念のため奥まで覗き込み部屋に誰も来ていないのを確認し、マスターを待つために二人用のソファーの左側に腰掛けた。

 談話スペースにもなっているこの周辺には、テレビだけでなく、ダンジョン関連の情報が垂れ流しされるモニターも複数台設置されている。

 ダンジョンが趣味である俺にとってはこれを眺めているだけで飽きがこないような場所なのだ。


 まだしばらくマスターが来る気配がないので、マスターにこれから話す内容を整理するために、午前中の入澤さんとの会話を思い出してみる。

 桐生さんパーティーの出発式が終わり彼らを見送った後に、そのまま帰路に就こうとした俺を見つけた入澤さんが、報告があるからと俺を何回か訪れた例の会議室に呼んだのだった。


「すまないね、陽向くん。妹さんを見送りに来たついでで悪いけど電話とかメッセージで伝えられることではないし、そのためにまた来てもらうのも悪いと思って。」

「いやいや、全然大丈夫です。特に用事もないですし急いでいるわけでもないので。」


 俺の返事にありがとうと言いながら額の汗をぬぐう入澤さん。

 例の事件についての報告ということで、ここまでの道中はかなり身構えていたが、入澤さんからはそこまで深刻さを感じられなかった。

 胸をなでおろすように俺はほっと息を吐く。


「先ほど軽く概要を話させてもらったけど、陽向くんが巻き込まれた事件の現場にいた第三者の存在が特定されたようだ。」

「……そういえば、待ってください。話を進める前に一つ確認しておきたいことがあります。妹の雪にもうこのことを話したんですか?」

「いや、話していない。今日受けた報告だというのもあるが、雪さんには攻略に集中してもらいたいという私の判断でね。」


 入澤さんの言葉に俺はありがたく思い、頷く。

 雪には余計な心配をしてほしくないし、これでよかったはずだ。


「さっそくだが本題に入るよ。まずダンジョン協会を代表して当事者に対してここまで全く情報を与えられなかったことを謝罪したいと思う。陽向くん、申し訳ない。」

「そんな……!決して入澤さんのせいではありません。」


 突然頭を下げた入澤さんにびっくりして、俺はすぐさまフォローする言葉を並べる。

 だが意外にも入澤さんは全く引かずに、頭を下げたまま続けて言った。


「いや、これは私なりのけじめだ。どうやら陽向くんは言葉通り”巻き込まれた”らしい。ダンジョン協会と敵対行動をとるダンジョン攻略会という組織の抗争にね。」


 ダンジョン攻略会。

 関係があるどころか、一度も耳に入ったことすらない、初耳の組織だ。

 なぜ俺がそんな組織との抗争に巻き込まれたのかと疑問に思ったが、その疑問に答えるようにして入澤さんの説明は続く。


「恐らく陽向くんは初めて聞く名前だと思うけど、それは当然の話。ダンジョン攻略会は能力者でも実際に関わったことのある人しか知らない、一般向けには情報を秘匿された組織なんだ。」


(秘匿された組織……?)


 入澤さんの話は、思っていた以上に規模が大きいものだった。


「攻略という名がつく通りダンジョン最下層の攻略を掲げ作られた組織だが、陽向くんの所属しているダンジョンゲーマーズのような組織とダンジョン攻略会の違うところは、ダンジョン攻略会は協会が認めていない違法の組織だということ。そして協会に登録していない野良の能力者や強力な一般攻略者がメンバーとして在籍していることだ。」


 入澤さんによると、ダンジョン攻略会には犯罪歴のある能力者や能力者至上主義の者、ダンジョンを崇拝する考えを持つ者など色々な人が所属しており、素性の知れたメンバーは全員が協会の監視下にあるらしい。


 そもそもこのような組織ができたのは、ダンジョン協会を含めた世界各国の公的組織が攻略よりも国や非能力者の安定を優先したことに端を発する。

 そこに能力者の待遇に不満を持った人たちが声を上げ、ダンジョンの攻略を第一に掲げた能力者が集ったことが発足のきっかけだとか。

 これだけ聞くとまともな話に聞こえるのだが、ダンジョン攻略の資金を得るためにダンジョン資源の密輸など多くの犯罪行為を行っているとのことである。


「……そんな組織があるんですね。その組織と俺にどのような関係が?」

「陽向くんが目を覚ました時に人払いの魔道具が設置されていたという話をしたのを覚えているかい?」


 人払いの魔道具。

 あの場所にサークルメンバー以外の誰かが設置したという、効果範囲内に人を一定時間近付けさせないという効果を持った魔道具だったはずだ。


(そういえば、あの時入澤さんは誰かが設置したって話をしてたっけ……)


「実はそれを、物から残留した思念を読み取り人物を特定できる能力を持った海外の能力者に送っていたんだ。」

「なるほど。それでダンジョン攻略会の人物を特定したんですね。」

「そういうことだ。あの人払いの魔道具を設置したのは通称”傍観者”と呼ばれている能力者で透明化の能力を持った危険人物だ。ここ数ヶ月ダンジョン攻略会周辺で目撃情報が出だした人物で、陽向くんには申し訳ないが能力以上のことは何も分かっていない。陽向くんには透明化の能力を持った不審な人物に心当たりはないかい?」


 入澤さんにそう言われ、俺は当時関わりのあった人を一人一人思い浮かべる。

 もともと知り合いは多くないため思い浮かべるのに時間はかからないが、そもそも覚醒前の能力者の知り合いは妹の雪と、一応マスターの2人ということになるのだろうか。


 本で読んだ知識によると能力者の中で透明化のような能力を持つ人は比較的多いとされる。

 例えば気配を遮断できる能力を持った同僚のヒカリさんも、捉えようによっては透明化といえるかもしれない能力だ。


(ただそうは言っても能力者の絶対数は少ない。能力者の知り合いを忘れるわけもないし、ましてや透明化の能力を持った知り合いがいないことは確実なはず……)


 そう思って、俺は入澤さんに心当たりがないことを伝えた。


「やはり、か。これは私の推測でしかないけど本当の狙いは妹の雪さんだったんじゃないかな。陽向くんを人質にするつもりだったのか、方法は今となっては分からないけど雪さんを攻略会に引き込もうということだったのかもしれない。彼女はトップクラスの能力者だし、リスクを承知で仕掛けてきてもおかしくはないと思う。」


 俺に直接的な関わりがない以上、考えられるのは妹関連の事柄だけであり、入澤さんの推測は一応の納得がいくものである。

 だが、ここまでの話を聞いて新たな心配事が自分の中で浮き上がる。


「第三者とダンジョン攻略会のことについてはだいたい理解しました。だけど入澤さん、俺が一つ心配なのは話を聞く限りまた俺が狙われるのではないかということです。……もちろん能力者になった今、ただでやられるつもりはありませんが。」

「あぁ、すまない。先にその話をしておくべきだったね。これまでのダンジョン攻略会の動きを見るに陽向くんが再び襲われることはないと断言できる。……彼らは能力者は襲わない。どうやら能力者はダンジョンを攻略する仲間だと捉えている節がある。そのお陰で今の今まで能力者同士の大きな衝突が起こらずに来れているんだけどね。」


 傍観者は俺があの場で能力を覚醒させたところを恐らく見ていた、というのが入澤さんの考えだ。

 俺が能力者になったことで、能力者は襲わないという方針を持ったダンジョン攻略会の標的になる可能性は、限りなく低くなったとのことだった。


「……陽向君、陽向君?思ったより待たせてしまったね。時間もないから陽向君の話を聞かせてもらおうか。」

「マスター……。そうですね。どこから話せばいいのでしょうか。」


 入澤さんとのやり取りをたどっていた俺は、突然のマスターの呼びかけに覚醒する。


(マスターに話すことで、この何とも言えないもやもやが解消されるかもしれない。)


 一度首を大きく回し、スーッと大きく呼吸する。

 俺は真剣ながらも優し気な表情を見せているマスターに、入澤さんから聞いた話を要約し、自分でももう一度確認するかのように話していった。


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