第37話

「陽向くんって見た目はちょっとかっこいいのに、性格はかなり控え目だよね~。ま、雪から会うたびに陽向くんの色々な話を嫌というほど聞かされてるけどね。」

「ちょっと、さとね!お兄ちゃん、さとねの言うことは真に受けないで!」


 こんなやり取りはすでに何度目になるだろうか。

 さとねさんの言葉に反応して、顔を若干赤らめながら眉を吊り上げて俺を睨む雪。


(おいおい、睨むのは俺じゃないだろ……)


 ここまでの道中、今のような絡みを散々見せられてきた俺は、どうか自分に矛先が向かわないように、話を振られない限りは精一杯スルーを試みている。

 雪が俺についてどんなことを言っているのかは気になるが、これはまたいつか別の機会に聞けばいい話である。


 とはいえ、普段はクールな雪がこんなにも自分の素を出すことができているのは、相手がさとねさんだからこそだろう。

 これまで雪とは能力者関連の話をあえてしてこなかった俺は、雪とさとねさんがこんなにも仲が良いことを知らなかった。


(あまり人が居ないのは助かった……思っていたのとは全然違うお昼時だけど。)


 今、昼の休憩兼ランチとして俺たちがいるのは、周りの視線が気になるダンジョン協会本部近くのカフェ、ではなくチェーン店ながら協会本部内にある今風のおしゃれなカフェである。

 

 注文した料理を待ちながらパラソルのついたテラス席で話をしている俺たち。

 雪とさとねさんという有名人が2人いながらもこんなことができるのは、ここが協会本部の敷地内だからこそ。

 敷地内にあるため一般の人は立ち入ることができないうえ、ただでさえ敷地の広さの割には勤め人が少ない協会本部であるにも関わらず、一般的な食堂を含めた食事処が敷地内に複数存在しているために、ピーク時でも席がすべて埋まることはめったにないのだという。


「う~ん、いよいよ明日から攻略か~。雪は不安そうだけど、さとねはどちらかというと楽しみの方が大きいかな。」

「私も楽しみだけど……。さとねはあの噂、聞いた?」


 映像で見る通り明るい表情をしたさとねさんに、決して楽しみにしているとは思えない神妙な表情をした雪が尋ねる。

 俺は噂と聞いて、つい先程の桐生さんとの話を思い出しギクリとする。


「新エリアにはこれまでと系統が違う魔物がいる可能性があるって話でしょ?」

「そう、私はそれが気になっているの。」


 雪とさとねさんが聞いた話というのは、例のパーティーが壊滅した原因は、ただ単に敵が強かったからだけでなく、想定外の敵の登場に対策ができていなかったからだという噂だった。

 桐生さんとは違う内容の話で一安心だが、こちらはこちらで気になる話だった。


 フィールド型ダンジョンの魔物にはそれぞれ縄張りがあり、エリアごとに出現する魔物の系統が決まっているというのが常識である。

 例えば俺に馴染み深いダンジョンゲーマーズが拠点とする攻略拠点付近のエリアでいうと、拠点の近くにはゴブリンやスライムの縄張りが点在し、南西にはオークの縄張り、その奥にはオーガの縄張りというように、ゴブリン系統の魔物が住む縄張りが隣り合うようにして広がっている。

 このことについて詳しくは解明されていないが、魔物にも相性というものがあるらしく、相性の悪い魔物は隣り合って縄張りを作ることがない。


 そんな事情もあって、初見エリアであっても付近のエリアから魔物の系統を予想する事ができ、それをもとにある程度の対策を練ることが可能になっている。

 もし二人の話通り、いきなり系統の違う魔物が登場したというのなら、事前に聞いていたような全滅したという話の信憑性も高くなる。

 桐生さんの話とは真逆の内容であるが、それだけ情報が錯綜しているということなのだろうか。


「多分だけど、いつもより出発前の会議の時間が長いのはそれが原因だと思う。リーダーの桐生さんが嫌になるほど入念に打ち合わせを重ねてるのも不思議だし。あくまで噂だから私の心配しすぎかもしれないけど。」

「う~ん、雪の気持ちも分からないことはない。だけど実際そうだったとしても、さとねたちなら対応できるはず。他の上位パーティーは特化型が多いけど、さとねたちはオールラウンダータイプでしょ?」


 俺には分からない話も多いが、属性やタイプを偏らせてメンバーを構成する特化型と色々な属性やタイプを混在させるオールラウンダータイプの話は、普通の攻略者の間でもパーティーを組む際にまず考慮する点である。


 どんな系統の敵にも対応できるというメリットがあるオールラウンダータイプ。

 ただオールラウンダータイプは現在の主流ではなく、特に上位パーティーは特化型がほとんどだ。

 魔物の系統が予測できるダンジョンの特質上、有利に戦える相手を自ら選択できる特化型は、本来なら少し格上の敵に対してでも優位に立ち回ることができるためである。


 実際に海外にあるフィールド型ダンジョンの上位パーティーは特化型ばかりで、自分たちと相性のいい魔物が近くに集まる拠点をホームとして攻略を次々と進めているのに対して、桐生さん率いるパーティーは単純に強者を集めた攻略集団といった感じだ。


 しかしここまで来ると、もはや俺が聞いていいのか分からないレベルの話になってきた。

 テラス席だから目の前の道を普通に関係者が通ったりするのだが、聞かれていい話なのか俺がひやひやしてしまっている。


「お兄ちゃんはどう思う?」


(ここで話を振ってくるか……。)


 雪やさとねさんに比べて断然情報も知識も持っていないだろう俺が、この話題について語るのはおこがましいことだとも思うのだが、二人の視線に応えてとりあえず自分の思っていることを話す。

 もちろん二人だけの秘密といった手前、桐生さんとの話は伏せる必要があるだろう。


「ダンジョンのことについては未だに分かっていないことだらけだ。噂を鵜呑みにするのもどうかとは思うけど、火のないところに煙は立たぬともいう。攻略していないエリアに常識をあてはめられるとも思えないし、警戒はするべきかもしれないな。」

「確かに陽向くんの言うことにも一理あるかも。たださとねから一つ言えるのはさとねたちのパーティーを率いているのが桐生さんだってこと。さとねもたまに戦闘の指揮をとるけど、桐生さんの戦闘勘と指揮力はずば抜けてすごい。それにパーティーメンバーには癖が強い人もいるけど、全員がしっかり纏まってるのは桐生さんにカリスマ性があるからだと思うよ。」

 

 さとねさんの言いたいことも理解できる。

 少し手合わせしただけの俺でも、桐生さんの判断力が凄まじいことを分からせられたのだ。

 その上あの強さ、知識、そして余裕。

 新エリアの敵がどれほどのものか想像はつかないが、桐生さんが駄目なら他の誰でも難しかったはずだと思わせる実力がある。

 どうやらさとねさんの言葉には雪も同意のようで、こくこくと数度首を動かして頷いていた。


 現状を整理したことで雪の表情にも先ほどまでの深刻さはなく、その後は少し量の物足りないカフェのランチを平らげながら、他愛もない雑談を繰り広げたのだった。



 次の日。

 昨日はあの数時間後に雪と軽く訓練場で汗を流した後、そのままダンジョンに寄ることなく帰宅した。

 帰り道では体の節々が痛くなり始めており、桐生さんと戦った際に酷使した体が悲鳴を上げ始めているのが分かったからだ。


 そんな筋肉痛に悩まされている俺がいるのはマスターの喫茶店。

 目の前にはいつも通りのミルク入りコーヒーが置かれているが、マスターは今受けている注文を慣れた店員に任せ、人気の少ないカウンターの端の方に座った俺の話を聞きに来る。

 俺が必死に目配せしたことで、聞いてもらいたいことがあることを察したのだ。


「陽向君、お待たせ。集合時間にはまだ早いと思うけど何か話したいことがあるんだろ?」

「そうなんです、マスター。すみません、忙しいところ時間を作ってもらって。」

「いや、それは構わないさ。さて早速で悪いが話したいこととは何だろうか?」


 マスターの言ったようにダンジョンゲーマーズとしての集合時間である17時より1時間ほど早くここを訪れている。

 マスターにとっては意外かもしれないが、マスターに話したいこととは雪たちの第20階層攻略についてのことではない。

 いや、もしかすると全く関係がないとは言えないかもしれないのだが。


「実は今日の午前中雪たちの出発式に行ってきました。」

「まさか雪お嬢ちゃんに何かあったのか!?」

「いやいや、そういう訳ではありません。話したいことに関係するのはその後です。ダンジョン協会の入澤さんから報告があると呼び出されまして。」


 そう。

 ダンジョンゲーマーズの活動が夕方からだったため、午前中に特に予定のなかった俺は、雪を見送りにダンジョン協会本部までついていった。

 出発式は見知った顔も多く、非常に簡素的に問題なく執り行われ、無事笑顔で雪たちを送り出すことができた。

 しかし問題が起こったのはその後。


 マスターに言った通り入澤さんに会議室まで呼び出され報告を受けたのだが、その内容が俺にとっては軽く衝撃だったのだ。


「雪が攻略に行った今、能力者で一番信頼できるのはマスターなんです。俺が入澤さんから報告されたのはあの事件のこと。痕跡から第三者が誰かの目星がついた、と。」

「なるほど。どうやらここで話してはまずい内容のようだ。そうだな……、先に部屋に行ってくれ。俺もすぐに向かう。」


 表情を変えたマスターがそう言った。


 決して深刻な話ではないはず。

 だが俺には知らないことや分かっていない内情が多すぎることを改めて自覚しているだけなのだ。


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