第36話
少し休憩をした後、もう少し体を動かしたいという桐生さんに付き合って今度は剣同士で打ち合うことになった。
能力覚醒前まではずっと剣を使って戦ってきたとはいえ、達人の桐生さんと比べると俺の剣術は赤子も同然。
打ち合い開始から15分ほど経つと残りのスタミナがわずかであることが気になり始め、必死に食らいつくので精一杯になっていた。
打ち合うのに必死で余裕のない俺と違って、依然涼しい顔をしたままの桐生さんが呼吸を乱すことなく言う。
「陽向くん、君は雪から能力はイメージだと言われたのだろう。」
「はっ、はい。そ、そうです。」
目の前に次々と襲い掛かる剣戟に集中し目を離さないようにしながら、息を乱しつつも答える。
「おっ。つい夢中になってしまったかな。うむ、一旦ここまでにしようか。付き合ってくれてありがとう。いい気分転換になったよ。」
「はっ、はい。いい経験になりました。」
俺の余裕のない返事を聞いて慌てたように剣を収めた桐生さん。
なるべく疲れていることを悟られないようにしながら気力を振り絞って立ち向かっていたため、予想以上に俺の声色が疲れていることに驚いたのだろう。
息を整えるために地面に座り込んだ俺の隣に、同じように桐生さんが座り込む。
「能力については人によって考えが異なる。陽向くんは能力者についての本を読んだことがあるかな?」
「もちろんあります。雪が能力者ですし、色々知っておきたいと思って。」
深呼吸を繰り返しながら桐生さんの問いに答える。
実際、ダンジョンや能力者に関する出版物や記事はかなり読み漁っており、どちらについてもかなり詳しい自信がある。
個人的な興味があったのもあるが、もちろん一番の目的は雪の能力について理解することだった。
力で妹を守ることができないなら、せめて知識でも付けておこう、と思っていたのだ。
「雪が君に言ったのは私の考えを彼女が実践してのこと。能力の進化に関してはポテンシャルだとか、もともと決まったものだとか言う者も多いが、私の意見では雪にも伝えている通り第一にイメージだ。」
「今なら俺も分かります。間近で雪の能力の進化を見てきましたから。」
今では考えられないことだが、能力が発動したばかりの頃の雪は全く強いとは言えず、魔法のレパートリー、安定性、どちらともが乏しいものだった。
だが、今はどうだろうか。
高校生ながら国内最強のパーティーに所属し、会うたび会うたびに魔法の数を増やし、器用にそれぞれの強さを調整することができている。
だが、桐生さんはそこが引っ掛かっているらしい。
「そう、そこだ。君は雪を間近で見てきている。そしてアドバイスをもらっているのも雪。何を隠そう、君の妹はいわゆる”天才”。それも私が嫉妬するほどの、だ。」
「”天才”ですか?」
「そうだ。私もイメージで新しい動きや技を試すことがあるが、それを実戦で使えるレベルまで鍛錬するとなると話は別だ。この5年で私が新しく習得したの片手の指ほど。それに対して彼女は……。私が言いたいことは分かったかね?」
なるほど。
俺の能力者としての基準は全てが妹にある。
最強と言われる桐生さんですら能力を進化させることは簡単ではない。
次から次へと能力を実用レベルまで進化させる雪が特殊な存在。
きっとそう伝えたいのだろう。
「つまり焦りは禁物なんですね。」
「そういうことだ。昨今精神論は古いと言われがちだが、私はそうは思わない。能力者においては尚のこと精神の安定が重要だ。陽向くんが自分の役割を正しく理解できた時、イメージしている力はきっと君のものになるだろう。私が言えるのはそれだけだ。」
桐生さんがそう話を切り上げると、ちょうどタイミングよく、訓練場の入り口の方から、俺をここまで案内してくれた職員のお姉さんが慌てて駆け寄ってくる。
「桐生様、そろそろ限界のようです。お戻りになられた方がよろしいかと。」
「ハッハッハ。そうか。では行くとしよう。またあの場に戻るというのは億劫だが、メンバーたちもイライラし始めてるだろうからな。」
お姉さんの言葉に桐生さんは声をあげて笑うと、立ち上がって服に付いた土を払う。
お姉さんのほっとした表情を見るに、桐生さんはお姉さんの協力のもと会議か何かを抜け出して今までここに居たらしい。
「陽向様も是非一緒にお越しください。雪様が桐生様と入れ替わりで休憩を取り昼食をとられるようでしたので、恐らくご一緒できると思います。」
「なにっ?羨ましい。私もそちらに混ざるというのは?」
「もちろん駄目でございます。」
お姉さんに即答されて落ち込んだ顔をする桐生さん。
二人のやり取りから今回のようなことが初めてではないことがうかがえた。
「作戦は決まっているというのに今さら何を話すのか。しかも初めて行く場所だというのに。」
「まぁ、我慢なさってください。作戦を決めることがお仕事の方もいらっしゃるのですから。」
まだまだ何か言いたそうな表情の桐生さんだったが、今度こそ訓練場の扉の方へと歩き出す。
俺も慌てて立ち上がり二人の後を追った。
(ダンジョンでは敵なしの桐生さんでさえ思う通りとは行かないのか。)
なるべく時間を稼ごうとゆっくりと歩く桐生さんに早足で追いつきながら、俺はそんなことを考えた。
そして別れ際。
お姉さんが居なくなった隙を見計らって、桐生さんがこう切り出した。
「これは二人だけの秘密にしておいてほしいのだが。」
「……何でしょうか。」
桐生さんの表情は真剣とも違う、どちらかというと真面目な表情だった。
「他国のフィールド型で上位パーティーが全滅したという話があっただろう。」
桐生さんが切り出したのは、俺の心配の種の一つに関する話だった。
入澤さんは特に情報を持っていないようだったが、何か分かったのだろうか。
「実は私独自の情報筋によるとそのパーティーは全滅していない。」
「全滅していない?どういうことでしょう?」
「新しく見つけた何かを隠すために全滅したことにした、というのが正しいだろうか。」
「桐生様、お待たせしました。こちらへどうぞ。」
詳細を聞こうとしたところで、お姉さんが戻り桐生さんを呼ぶ。
話された内容に動揺を隠せない俺を横目に、桐生さんはまるで話をしていなかったかのようにスタスタとお姉さんの後を歩いて行く。
二人だけの秘密、ということだったから呼び止めることはできない。
(行ってしまった。一体どういうことなんだ……)
桐生さんの話である程度ピースは揃ったような気がするものの、少し考えを整理する時間が欲しいのも事実だった。
桐生さんと一緒にどこかへと向かったお姉さんに、しばらく待っているように言われたのは、第一訓練場を出て10分ほどの場所にあるメインビルの第3会議室。
ここは能力検査の日、書類にサインをした見覚えのある部屋だ。
暇を持て余すように扉とは反対側にある近くの窓から外を見ると、都内とは思えない、のどかな緑の多い風景が広がっている。
疲れが癒される感じがするが、ここはセキュリティの高いダンジョン協会本部の中。
これはあくまでも作られた自然である。
今日出会った、入澤さんに警備員さんに桐生さん。
特に桐生さんの最後の話は衝撃も大きく、正直頭の中で理解が追い付いていない気がしている。
それでも憧れの人でもある桐生さんにアドバイスをもらい、手合わせまでできたことは夢のようで、わざわざ時間を早めてここまで来て良かったと思っている。
(早くダンジョンに行きたい。)
ダンジョンゲーマーズの面々と一緒に戦って、能力者のすごさに圧倒されて以降、自分からこう思えたのは実は初めてのことだ。
「お兄ちゃん、だいぶ早く来たんだね。そんなに私に会いたかったの?」
「あ、あぁ、雪。雪?」
考え事をしながら外を眺めていた俺は、突然肩を叩かれ驚き振り返る。
「さとねさん!?」
「ふ~ん、さとねのことそんな風に呼ぶんだ。陽向くんとさとねの仲じゃないか。もっと気安くさとねって呼びなよ!」
「いや、初めまして、ですよね?」
妹の声真似をして俺に近付いてきたのは、桐生さん率いるパーティーのメンバーの一人、森中さとねさん。
雪と同級生ながら斥候役として時にはパーティーの司令塔も務めるという、ダンジョン協会の顔の一人だ。
クール系な見た目な雪と違い、小柄で動物っぽいかわいらしさを持つさとねさんは性格も対照的という個人的な印象を持っている。
「なんだ、つまんないの。でも一瞬私の声真似に騙されてたでしょ!」
ニヤニヤして言うさとねさんの言葉は俺にとって図星で、つい言葉を詰まらせてしまう。
「こら、さとね!お兄ちゃんをからかわないで。」
「あら、雪。遅かったわね。まぁ、もっと遅くても良かったけど。」
「雪、助かったよ。」
そう言ってほっと息をついた俺の腕を軽くパンチしてくる雪。
助け舟を出してくれたと思ったが、今度は俺に標的が向く。
「お兄ちゃんもデレデレしてたんでしょ!」
「そ、そんな訳ないだろ?俺たちは初対面だし、大して話す時間もなかったよ。」
「……ならいいけど。」
珍しく取り乱す雪に、俺も訳が分からず弁明するような口調になってしまった。
さとねさんは俺と雪のやり取りを、うんうんと頷きながら見守っており、とてもカオスな構図である。
「まぁまぁ二人とも、とりあえず落ち着いて。あまり時間もないから早速カフェに向かいましょ?」
「誰のせいだと思ってるのよ……。」
謎の仲裁に入ってきたさとねさんに雪が反論するが、それよりも俺はさとねさんの言った目的地が引っ掛かった。
「……カフェ?」
「そうよ。お昼といえばおしゃれなカフェでランチ!女子なら当たり前でしょ?」
雪の隣を歩くだけでも他の男性の嫉妬の視線を痛く感じる俺は、3人でカフェにいる姿を想像し震えあがるような気持ちになる。
「両手に花なのに何をそんな浮かない顔をしてるの?」
びっくりしてさとねさんを見るが、本当に純粋にそう思っているらしい顔だ。
どうやらカフェに行く未来は避けられないことを、その瞬間に悟ったのだった。
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