第33話

「行ってしまわれましたね。入澤くんは今日も忙しそうだ。」


 うんうんと頷きながら、先ほどは少し面倒くさそうな感じで身分証の確認をしてくれた警備員さんが、持ち場を離れて急に話しかけてくる。

 警備員さんは中肉中背のいかにも普通といった見た目のおじさんだ。

 話しかけてきた感じからは気さくにも思えるが、もちろん今日が初対面である。


「入澤さんとは数回しか会ってませんけど、会うときは毎回忙しそうにしているような気がしますね。」

「そうそう。実際にとても忙しいんだよ。入澤くんには入澤くんにしか出来ない仕事がたくさんあるからね。戦う系の能力者じゃなくても大変な人は大変だってことさ。」


(ん……?戦う系の能力者じゃなくても?ということは入澤さんは能力者なのか?)


 俺は警備員さんの言葉に少し違和感を覚え、疑問を浮かべる。

 

 突然間を開けて返答しなくなった俺の反応を見て察したのだろう。

 慌ててまくしたてるように警備員さんが話を続ける。


「いや、まぁ、今のは想像上の話だよ。そう、想像上の話。あぁ、今日も良い天気だなぁ。」

「……それはさすがに無理があると思いますけど。」


 警備員さんは現実逃避をするように急に上を見上げ空をきょろきょろと見ていたが、俺の言葉にギクッとした反応を見せる。


「う、うん。そういえば初めて見る顔だよね。新人?それとも、もしかしてだけど協会の専属じゃない?」

「どっちの質問にもはい、ですかね。最近能力者として登録した新人で、つい先日『ダンジョンゲーマーズ』という組織に加入しました。」

「どっちも!……人が良さそうな顔をしている君にだから言うんだが、実はさっきの話、専属かつ信用のおける人にしか話してはいけないことになっているんだ。入澤くんと一緒に来たから問題ないと思ってしまってね。その、他の人には秘密にしてほしいんだけど。」


 そう言つつ警備員さんが俺の方をチラチラ見る。

 言葉には出していないが、やっちまったという表情が前面に出てしまっている。

 俺の素性を知って、隠し通そうとした方針を真逆に転換させたのだろう。


(なんともなぁ……。)


 俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 まずいと思っているのは間違いないのだろうが、人が良さそうと適当に褒めてみたり、口調が相変わらず軽い感じだったりと、笑ってしまうくらいどこか他人事なのだ。

 しかし他の人に話したところで何のメリットもなさそうなので、俺は警備員さんの言葉に素直に頷く。


「良かった。あ、そういえばすぐに終わらせないといけない仕事があるんだった!じゃあ、また今度!」


 俺が頷いた瞬間、警備員さんはそれだけ言い残して元の場所に戻っていく。

 明らかに不自然な会話の終わらせ方は、これ以上何事も漏らすまいという強い意志を感じる終わらせ方である。


(変わった人だな。ここで働く入澤さんが能力者とするならば、この警備員さんも能力者なのかも?)


 入澤さんが能力者らしいことはちょっとした衝撃だ。

 戦闘向きではないということで、どのような能力を持っているのかは気にはなったが、今度こそ本来の目的である訓練場に向かって歩き始める。


 しかしその数秒後。

 数メートル移動したところで、俺は困った状況にその場から足を動かせないでいた。


(このまま真っ直ぐ行けばいいのか?)


 そう。

 前回訓練場を訪れた時には、雪の担当である美咲さんの車での移動だったためにどちらに進めばいいか、全くもって分からないのだ。


(うかつだった。こんなことなら入澤さんか警備員さんに道を聞いておくべきだったな。)


 大学生にもなって迷子。

 道が分からないだけではあるが、この状況は少し恥ずかしい。

 普通であれば地図アプリで調べればいいだけなのだが、ややこしいことに防犯の観点からか内部の細かな地図は表示されないようになっていた。


(どっかの国の軍事施設かよっ!)


 特に知られて困るような施設はないように思えるが、俺が知らないだけなのか、それとも念には念を入れてなのか。


 唯一頼りになりそうな入澤さんは、一緒にここまで歩いてきたときよりもスピードの速い早歩きのため、すでに姿は遠く、目視では見えなくなりつつある。


(引き返して警備員さんに聞くのもなぁ……。)


 警備員さんとは先ほどの会話のせいで気まずさを感じており、時間を急いでいない俺は自分の勘を信じて一番広い道でもある直進を選択しようとする。


(うん?)


 そう決め歩き始めようとしたところで唐突に背後から強い視線を感じ、たまらず後ろを振り向いた。

 もちろん視線の主は先ほどの警備員さん。

 振り向いた俺と目が合うと、さっきとは真逆のぶっきらぼうな表情で左方向へと指をさす。


(これは左方向に進めってことだよな?)


 事情を知っていたのか、門の目の前で不審な行動をとる能力者を見かねたのか、それとも善い行いをしてさっきの発言の埋め合わせをしたいのか。

 理由はどうであれ助け舟を出してくれた警備員さんにお辞儀をしてから、今度こそ訓練場に向かって歩き始める。


 きれいに整備された道の両脇には以前公園だった名残である部分が多く残っており、散歩気分で歩を進める。


(気分も落ち着いてきたし、ここに来たのは正解だったかも。)


 そう思いながら訓練場に向かう俺。

 我ながら単純なのかもしれない。


 その後いくらか歩いて訓練場付近に辿り着くと、近くに居た職員に訓練場を使いたいことを伝え、第1訓練場まで案内してもらう。


(この前今野さんに能力検査をしてもらった第2訓練場よりもだいぶ広いな。)


 案内してくれた職員によると、この第1訓練場は3つある訓練場の中で最も広く、そして貸し出し用の装備もかなり充実しているようだった。

 言うまでもないが、能力者とはいえ有事以外の武器の携帯は許されていない。

 そもそも基本的に装備類はダンジョンから持ち出せない仕様になっており、ダンジョン外で訓練をするならこのように貸し出し用の武器を借りるしかない。


 しかしながら殺傷能力のある実戦用の武器に関しては協会専属の能力者の立ち合いや予約が必要とのことで、久しぶりに右手で剣を振りたくなった俺は木刀を貸し出ししてもらう。

 能力を発動させたトレーニングが必要だということは重々承知だが、どうしても今はそういう気分にならない。


 剣を振ることで気分が晴れるかもという一縷の望みにかけて、木刀をゆっくりと握る。


ヒュッ、ヒュッ


 だだっ広いこの第1訓練場には俺以外の人影はなく、ただひたすらに無心に俺は剣を振り下ろす。


(やっぱり剣は良い。)


 そう思った時、久しぶりに利き手の右手で振った剣に満足していた俺に、低く渋い大きな声が飛んできた。


「太刀筋に雑念が混じっておる。恐怖、不安、後悔。どれもが太刀を振る際にあってはならないもの。何を思って乱れているのかを教えていただけるかな?」


 突然厳しい口調でかけられたその言葉。

 自分が気付かないようにしていたことだったため驚いたのはもちろん、聞き覚えのある声に俺は思わず固まる。


「まさか、桐生さん……?」


 腰に日本刀をたずさえ一切隙のない立ち姿、優しげな表情の奥に秘められた強烈な威圧感、以前執事をやっていたころの名残だという燕尾服、全てを見通すような鋭い眼光、何が相手でも跳ね返しそうな強者の余裕。


 そう。

 俺に声をかけてきた人物とは、雪が所属するパーティーのリーダーにして、その圧倒的な強さから世界最強と呼び声高い桐生正宗さん、その人だった。

 ダンジョンの発生後さらに厳しく武器の携帯が制限された今、愛刀である日本刀を常に携帯できているのは、ダンジョン協会、ひいては政府からも信頼されているという証でもある。


(桐生さんがなぜここに?いや、ここはダンジョン協会本部だし桐生さんが訓練場にいても全くおかしくはないんだけど。)


 雪のパーティーのリーダーではあるがこれまで一切交流はなく、雪と並んでダンジョン協会の広告塔としてメディア露出の多い桐生さんは、どちらかというとテレビの中の人といった印象が強い。

 剣を持つきっかけになった憧れの人ではあるが、今の俺は会えた嬉しさよりも、桐生さんからかけられた言葉に対しての衝撃を強く、大きく感じていた。


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