第30話
【10月第4週木曜夜家】
その日の夜。
俺よりも妹の方が帰宅が遅かったため、今日の夕食は久しぶりに俺の担当となった。
「お兄ちゃんももう少し料理のレパートリーを増やした方がいいと思うけどね。今は私も作るからいいけど一人暮らしだとすぐに飽きるかも。」
美味しいと笑顔で食べつつも、雪は痛いところをついてくる。
今日俺が作ったのは、ハヤシライス。
妹はレシピ本を見ながら色々な料理に挑戦しているが、俺はいくつかの料理のローテーションだ。
去年の3月まで父親と二人で暮らしていた俺は、仕事で忙しい父親が全ての家事をするのを申し訳なく思い、高校生の頃から自分で率先して料理をするようになった。
以前父親にも同じようなことをやんわりと言われた記憶があり、今となっては少し申し訳なく思ってしまう。
家事を率先してやろうとする俺に強く言うことはできなかったのだろう。
ただ俺としては、料理が得意でない自覚があり、アレンジをしたり難しい料理にチャレンジしたりすると失敗してしまうことが分かっている。
そういう事情もあって今でも外さない料理のローテーションを続けているが、そろそろこちらも挑戦してみてもいいのかもしれない。
「そんなことより今日は協会本部に行ってきたんだろ?」
「そう、学校帰りにね。詳しく聞きたいと思って行ったけど聞けたのは今後の予定だけだったから特に進展はないよ。」
任務の最中でもないにも関わらず雪の帰りが遅かったのは、放課後にダンジョン協会本部に行き、そのままミーティングがあったからとのことだった。
「それで大丈夫そうなのか?」
「メンバーは今までと変わらないみたいだから大丈夫だと思う。これまでのボス戦で厳しい戦いになったこともないし。急に決まったのは意外だったけど協会としてはそこまで警戒していないということなのかも。」
ついお節介を焼いてしまうが、見た限り雪の表情に暗いものはない。
若干不安なのに変わりはないが、雪が大丈夫と言っているのに俺が口を挟むのは野暮なこと。
そもそも能力者になりたての俺自身には、伝手も影響力もないからここで粘っても無駄だろう。
どこの国でどのようにして全滅が起こったのかの詳細を何も聞いていないから不安に思っているが、単に俺が心配し過ぎなのかもしれない。
「話は変わるけど、こうなった以上私も忙しくなりそうだし色々アドバイスすることはできなくなるかも。一つ気になっていることがあるから明日にでも一緒に遺跡型に行きたいんだけど夜はどうかな?」
「明日の夜か?大丈夫だと思うけど。……気になっていることって?」
「いや、言わないでおきたいかな。私の気にし過ぎかもしれないし。ただちょっと予感めいたものがあるってだけで。」
妹の含みのある言い方に、つい疑問を浮かべてしまう俺。
雪は強制的に話を切り替えようと別の話題を持ち出す。
(どういうことだ……?)
ダンジョンゲーマーズのメンバーとの攻略では手応えを感じているだけに、不思議に思う気持ちはあった。
ただ二人とも本格的に忙しくなれば、今まで以上にこの他愛もない雑談の時間も貴重になるかもと思い、今は妹の話に乗っかることにした。
次の日の夕方。
カフェタイム後の人の少ない時間を見計らって、俺一人が残るホームにマスターが顔を出した。
すでに今日の攻略は終えていて、全体としては解散済だ。
「陽向君。攻略は順調にいってるみたいだね。一人で残っているところを見ると今日はこの後何か予定があるのかな?」
「お久しぶりです、マスター。順調というより、すごい勢いで進んで行くのに何とか喰らいつく感じですけどね。今日は19時に妹と待ち合わせしていて、遺跡型の攻略に行く予定なんです。」
「なるほど。いよいよ雪お嬢ちゃんも本腰を上げたということなのかな?」
マスターと会うのは全く久しぶりではないし、これまでも毎日のように会ってきたというわけではない。
それでも大学とダンジョンの行き来という変化のない生活と比べると、この数日はかなり密度が濃くて何となくそう感じてしまうのも仕方ないように思えた。
「本腰を上げた?マスターも何か知っているんですか?」
「直接聞いたわけではないが予測はつく。俺から言うものではないと思うから言わないがね。それよりも雪お嬢ちゃんの次の任務の話、聞いたよ。」
「……マスターもですか?こういう話って機密扱いだと思っていたんですけど、どこから聞いたんです?」
前にも言ったとは思うが、ダンジョン攻略の最前線の情報というのは基本隠されたまま進められるものだ。
各国それぞれが能力者を囲い、自国のダンジョン攻略を進めている現状、例えそれが能力者であっても情報の公開は制限される。
上位能力者の情報を秘匿するため、ダンジョン情報を明かさないためなど、理由については色々と推測されているが、ともかくマスターも簡単に知り得る情報ではなかったはずだ。
(俺が一般人のままだったら何も知らずに呑気に応援できたのに……。)
ダンジョンの謎を解き明かすことよりもダンジョンをどう生かしていくかということが考え方の主流である今は、家族が能力者であっても、他の一般人と同様に書店で並ぶような単なる攻略情報しか知ることができない。
個人的にはこれが能力者の世界を閉鎖的にしている原因だとも感じるが、今は置いておくことにしよう。
ともかく、協会専属でないマスターが一般向けには完全に秘匿される任務の情報をこんなにも早く入手していることに驚いた。
「能力者としてのネットワークもあるし協会に友人もいるからな。他の国での話も広がり始めているからダンジョン協会としても今回の攻略を能力者に対して隠すつもりはないようだね。」
マスターが聞いた話やこれまでの経験からすると攻略の話がこれまでよりも広まるのが速く、それは協会が他の能力者たちの反応を気にしているからだとのことであった。
他の組織に所属する能力者でも協会所属の能力者と多少なりとも交流があることが多く、秘匿されるとは言っても、よほどの極秘任務ではない限り遅かれ早かれ情報は出回ることが多いらしい。
「なるほど。それで、その、大丈夫なんでしょうか?国のトップのパーティーが全滅するというのは異常事態だと思ったんですが。」
「……確かに異常事態ではあるから適当なことは言えない。だがこの国のトップパーティーは個人的には世界で一番実力と安定感を兼ね備えたパーティーだと思っている。固有魔法で火力の高い魔法を使う雪お嬢ちゃんはもちろんだが、世界最強と言われる桐生さんがリーダーを務めているのも大きい。心配はいらないと思うが。」
俺の聞きたいことを予想していたのか、マスターは用意していたかのようにスラッと答えた。
マスターの言う桐生さんとは、一般人にも知名度が高い能力者の一人で、本名は桐生正宗。
雪と並んでダンジョン協会の広告塔的存在で、雪が使う派手な魔法とは対照的に、刀を使って力と力の勝負を挑む戦い方が特徴の剣士であり、俺が剣を使うきっかけも映像で見た桐生さんの動きに憧れを持ったからである。
能力者では珍しく還暦近い年齢ではあるが、もともと有名な道場を運営していた実力者で強さは折り紙付きのものだ。
刀を使う上で特化した能力はもちろんのこと、攻略中に手に入れたという『魔法を切る』能力を持つ刀、これまでの経験、鋭い動体視力、優れた集中力に戦闘勘。
これらによって世界最強と言われる存在であり、日本の能力者の象徴的な存在になっている。
「そうですね。マスターの言う通り桐生さんが率いるなら心配するだけ無駄な気がしてきました。」
「その通り。それよりこれだけは言っておきたい。陽向君、いいかい?とにかく今は自分のことに集中だ。第20階層のボスは陽向君がこれまで戦ってきた魔物と比べ物にならないくらい強い。当日までにできるだけ能力を磨いて連携を高められるように頑張るんだ。誇張ではなく出来ることを全てやって後悔だけはしないように。」
真剣な顔になったマスターに言われて気付く。
今は妹の心配よりも自分のことを心配するべきときなのだ。
ダンジョン攻略は遊びではなく命がかかった真剣勝負である。
様々な能力がある中で戦闘に使えるまともな能力を得られたわけだが、これから挑むのはダンジョン攻略の最前線とも言っていい場所である。
一瞬たりとも油断はできないし、慢心は自身の身を滅ぼすことになりかねない。
(人の心配よりまずは自分の心配をしないと、だな。)
「分かりました。当日はマスターも参加するんですよね?」
「いや、今回俺は待機組だ。初見ではないということもあるがこれもまた事情がある。ボスの詳細と合わせて近いうちにリーダーから話があるだろう。」
マスターが喫茶店に戻ろうとしたところで、そう声をかけると意外な答えが返ってきた。
居てくれればどんなに心強いかと思うところではあるが、マスターは斥候が主な役割であり、今回は一度挑んだ階層に再挑戦するということも関係しているのだろう。
(ちゃんと頑張らないと。まだまだ足りてない。)
久しぶりのマスターとの会話は、連携が上手くいきつつあって緩みかけていた気持ちを切り替えるきっかけになりそうだった。
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