第29話
新エリアに2週間後、つまりは再来週挑む。
聞いていた話からまだまだ先のことだと思っていたために、俺が受けた衝撃はそれなりのものだった。
「……それにしても急すぎないか?」
「確か前に話したと思うけどいつも通りといった感じ。私もびっくりはしたけど、まだ話を聞いたばかりだからメンバー以外のことは何も分からないんだよね。」
変わらず平然とした顔と口調で淡々という雪。
他国での話ではあるが、同じフィールド型ダンジョンでトップパーティーが全滅したという話もあった。
国力を上げる要因であり、氾濫の際は戦車よりも戦闘機よりも活躍するというトップの能力者で構成されたパーティーの全滅が、どれほど異常なことか。
どうにもその事実が心の中で引っかかってしょうがない。
「細かく言うと2週間後すぐに新エリアに挑むわけじゃないの。連携を確かめつつ付近のエリアを攻略して準備が整ってから挑む。これがいつも通りの私たちのやり方だから。」
掘り下げて聞いてみると、招集からの期間を含めた通達事項は全くいつもと変わらないものであったらしい。
すぐに攻略する訳ではないという雪の説明を聞いて、いきなりの話に驚いていた俺も少し落ち着く。
前に話を聞いた限り、雪が新エリアの攻略に向かうのは、まだまだ先になると言っていたために全く身構えていなかった。
(このことを決めたのはダンジョン協会のお偉いさんなのだろうか。)
日本は他国に比べて優れた能力者が多いと言われることが多い。
なんでも想像力が豊かでイメージすることに長けているらしいのだ。
慎重かつ真面目な国民性もあって、これまでは他国に先立って攻略することはせず、丁寧に慌てずに攻略を進め、むしろ他国の危機には能力者を送り込んで助力してきた。
だからこそ、全滅の原因が分からないまま見方によっては博打と思えるような攻略を、ダンジョン協会が行わせようとしていることに疑問を持ってしまう。
しばらくやり取りをして、雪は俺におやすみ、と一言声をかけてから自室へ足早と向かって行った。
いくら強いとはいえ雪はまだ高校生。
新エリアの攻略を楽しみにしつつも、同時に少なくない不安を感じていることだろう。
いつも助けてもらってばかりなのに、雪が不安に思っているときには気の利いた言葉の一つも出なかった自分に腹が立って仕方がなかった。
次の日のお昼過ぎ。
俺は昨日と同じく『ダンジョンゲーマーズ』のホームにいた。
朝はいつも通り過ごし、午前中は大学で講義を受け、そして今から昨日茜ちゃんが眠っていたためにできなかった反省会が開始されるところだ。
カケルさんが遅刻せず、茜ちゃんが睡眠を多く取れて笑顔を振りまいているお陰か雰囲気は悪くない。
気持ちがどんよりとなってしまいそうな俺にとっては、とてもありがたいことだった。
「皆着席したことだし反省会を始めよう。反省会と言っても問題点を無理に出すことはないし、良かったところは良かったところで全体に共有してほしいと思っている。」
13時ちょうどになったところでカケルさんが号令をかけ反省会が始まる。
例によってマスターはランチタイム真っただ中のため不在だ。
恐らく喫茶店とここを結ぶ扉の先ではマスターが忙しく動き回っていることだろう。
「まずは軽く僕が戦闘を振り返った後で今回の主役である陽向くんに話をしてもらおうと思う。陽向くんはそれで良いかな?」
「はい、それでお願いします。」
言葉は引き締まったものだが、会議というよりも本当に反省会という軽めの言葉の方が似合うような雰囲気だ。
俺にすぐ話が振られるということで少し緊張はするが、これも想定していたことなので問題はない。
(落ち着け、落ち着け。)
「予告している通り我々は再来週に第20階層の攻略を行う予定だ。そのためにも今回はオーク集落での戦いのみを振り返りたい。とは言っても予想以上にあっさりしたものだったね。陽向くんは最初気圧されている感じがあったけど、戦い始めてからは何の心配もなかったように思える。安心して見られたよ。」
「そうね。ハイオークの前で一瞬固まったときにはどうなるかと思ったけど!」
笑いながらミサキさんが言う。
気圧されていたのも事実だし、一瞬でも固まってしまうことは隙を作っていることに他ならない。
この一瞬の油断が下層では命取りになるかもしれないのだ。
ミサキさんの勢いに思わず苦笑いしてしまった俺だが、当然ながらその辺の自覚は自分でもしているつもりだった。
相手の雰囲気を感じ取っているのか、それとも本当に魔物がプレッシャーを放っているのかは分からないが、とにかくどうしようもなく気圧されてしまうことがある。
「……わたしも最初は怖かった。慣れるしかない。」
「茜の言う通りだね。こればかりは僕も慣れるしかないと思う。実際に20階に挑む前にそこまでの階層を攻略するつもりだから是非そこで慣れてほしいかな。」
カケルさんの話によると、妹の雪が新エリアに挑む前に付近を攻略して準備を整えるように、俺たちも第20階層までの攻略を順次進めるようだ。
メンバーたちの経験則では、気圧されたのは本当に魔物が威圧感を出しているわけではなく、本能が自分より強い存在だと認識したために威圧感のようなものを感じているだけの話であるとのこと。
強い相手にも徐々に慣れていくというのは、本当に重要なのだろう。
「そしてさっきの話の通り今回の戦い自体に問題はなかったね。聞いていた通り1対1のシチュエーションであれば安心して見ることができたよ。ハイオークの攻撃に合わせて壁を動かす戦闘の勘、カウンターを狙って攻撃を仕掛けるタイミング。ダンジョン攻略、そして魔物との駆け引きに慣れているからこそのものだね。」
カケルさんはどうやら褒めて伸ばすタイプのようで、普段褒められ慣れていない俺は自分の顔が赤くなっていないか心配だった。
ここ最近はほとんどソロで、サークルでも後半はギクシャクしたダンジョン攻略だったから、この感じはとても久しぶりだ。
「陽向くんの存在は非常に心強いよ。そして他の僕を含めたメンバーもカバーをしつつ魔物の数を上手く削ることができていた。簡単だけど振り返りはこんな感じかな。一気にまくしたてるようで申し訳ないけど次は陽向くん、よろしく。」
一気に戦いの総括を終えたカケルさんが、予告通り俺にパスを出す。
「はい。まずは昨日の戦いでのフォローありがとうございました。特にヒカリさん。」
「気にする必要はないです。パーティーメンバーとして当然の務めですから。」
俺の言葉にかぶせるようにしてヒカリさんが言った。
ヒカリさんが俺の周りを動き回り、俺に向かってくる敵をなぎ倒し続けてくれたおかげで集中してハイオークと戦うことができたのだ。
「それでもお礼を言わせてください。ヒカリさんの助けもあって能力覚醒前は敵わなかったであろうハイオークと問題なく戦うことができましたし、あのような形であれば魔物の攻撃を受けずに戦闘を続けられることも分かりました。昨日の戦いに関して言えば俺としてもパーティーとしての戦いに問題はなかったと思います。」
「含みのある言い方だね?是非僕たちに相談してほしいけど?」
俺は昨日の夜に雪と話した内容をカケルさん達にも順序だてて話す。
「なるほど。左手に盾、もしくは何も持たない、か。雪さんも面白いことを考えるね。正直に言うと確かに昨日の戦いでは左手の剣は死んでしまっていたと言っても仕方がないかな。」
「……陽向お兄ちゃんはどうしたいの?」
俺を深く見つめるようにして言う茜ちゃん。
自然と考えないようにしていたのか、何が最適かということばかり考えていた俺にとって、自分自身がどうしたいのかを問う茜ちゃんの言葉は少し衝撃だった。
左手に剣を持っていても実戦で使えるレベルにないことは十分理解している。
それが分かりつつもこれまで剣を持ち続けていたのは、剣を持って戦うことに愛着があるからだ。
能力覚醒前はずっと剣を持ち、剣で魔物を倒してきた俺には、今でも剣士であるという自覚がある。
「俺は……。俺はそれでも、いくつか試してみて今の自分に一番合っているものを選びたいと思っています。」
「そうか。僕たちもできるだけアドバイスはしよう。」
「……わたしも分かった。でもどうしても剣を使いたいなら剣術スキルを取るという手もあるから。」
すんなりと受け入れたカケルさんに対して、茜ちゃんの表情は不満気だ。
しかし今の俺の優先順位を考えると、自分の我を押し通してまで他のメンバーに迷惑はかけられないというのがある。
今は自分のやれるだけのことをやって、少しでもパーティーに貢献できるようになりたいという思いの方が強い。
下を向いていた顔を上げるとふと茜ちゃんと目が合う。
これまでの眠そうな目とは違う何かを訴えかけるような目。
なぜか気まずくなって俺はそっと茜ちゃんから目をそらした。
反省会は続く。
「陽向くん、他に気になっていることはあるかい?」
「そうですね、強いて言えばですけど何のスキルを取得すれば自分や周りのためになるか迷っていることですかね。」
さっき茜ちゃんの言った剣術スキルも選択肢の一つだが、自分のこれからの方向性がまだ定まっておらず、自分にとっての最適なスキルが何であるかも全然分からずにいた。
しかし、攻略の開始が来週ということもあって一つはスキルを取得しておきたいという気持ちも強いのだ。
「陽向くんは一つも取得していないんだったよね。どうだろう、誰か助言がある人はいるかな?」
「私から良いかな?」
カケルさんがそう呼びかけると、すかさずミサキさんが手を挙げる。
「スキルは自分が本当に必要だと思うものを取得してほしいというのが前提で話すけど、もう少しだけ待ってほしいというのが正直なところかな。というのも現状ではハイオークより強い相手に対して壁の攻撃がどこまで通用するか分かっていないから。せっかく今まで取得せずに枠を開けているんだしね!」
「うん、僕もそう思うかな。実はヒカリを陽向くんのフォローに回すだけではなくて遠距離のみで支援してみたり僕がフォローに回ったり、色々なパターンを試してみたいと思っているんだ。」
更にミサキさんが補足するには、壁の攻撃で相手の魔物を倒しきれなかったり、なかなか壁を当てる隙を作らない魔物を相手にしたりするときには、俺がヘイトを管理する役割をして、その魔物への攻撃に誰かが加わるということも想定しているとのことだった。
スキルで攻撃手段を獲得できることも考えれば、左手に持つもの次第というところもあるし、もう少しだけ粘ってみるのが良さそうだと納得し、他のメンバーにもそう伝える。
「よし。だいたいこんな感じだろう。そろそろ終わりにするつもりだけど他に気になることがあるメンバーは?」
俺の話が終わってカケルさんがそう呼びかけると、ここまで発言の少なかったヒカリさんが恐る恐るといった感じで手を挙げる。
「結局陽向くんの加入は……」
小さく吐かれたその言葉に、俺とカケルさんは思わずといった感じで顔を見合わせる。
カケルさんも俺も加入する前提で話を進めていたが、確かに肝心の加入するかどうかについてはここまで一切触れていなかった。
俺は突然話を振られたように一瞬ストップしてしまうが、すぐに言葉を紡いだ。
「……カケルさん、ミサキさん、茜ちゃん、ヒカリさん。俺はダンジョンゲーマーズに加入したいです。」
俺の口から咄嗟に出た言葉がこれだった。
昨日の攻略から思っていたことだが、この人たちとなら安心して攻略を進められるだろうし、能力者としても成長できるであろうことを感じる。
今日の反省会を経て、なおさらその気持ちは強くなっていた。
「ありがとう。僕も是非陽向くんには加入してもらいたいと思っている。他のメンバーはどうかな?」
カケルさんがそう言って他のメンバーの顔を見回す。
カケルさんの言葉に、ミサキさん、茜ちゃん、ヒカリさんの3人が何度か深く頷くのが分かった。
話の流れから断られることはないだろうと思っていたが、4人の様子を見て、俺は一気に肩の力が抜けるのを感じた。
「よし。では加入ということで決まりだね!陽向くん、これからよろしく。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
そう言ってカケルさんから差し出された手と握手をすると、同時に他の3人から拍手が巻き起こる。
想像していたものとはどこか違う気もするが、これも暖かい迎い入れ方で、悪い気は一切しなかった。
予定よりも反省会が早く終わったため、この後はダンジョン攻略に向かうとのことだ。
加入決定直後の攻略に、第20階層までに残された時間がそれほど多くないことを感じた。
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