第2章

第16話

【10月第4週月曜家】


 週が変わって月曜日。


 火曜の夜に入院し、水曜に目が覚め、金曜には予定通り無事に退院することができたのだが、元のような生活に戻れたわけではない。

 その週末はダンジョン協会本部など今回の事件関連で色々な場所に赴いて話をしなければならなかったため、病み上がりの体に鞭を打って本当に大忙しだった。


 入院中は妹や両親を始めとしてマスターやセイラさんも例の件でずっと病院に缶詰状態だったため、病室には常に話し相手が居て暇をした記憶はなかった。

 むしろ次から次へと人が訪れたため逆に一人の時間が欲しい、と精神的には疲れていたほどだ。


 俺以外の4人も俺の退院と同時に病院から出ることを認められたが、その際に協会から調査の進展についての報告はなかった。

 病院から出るときもセイラさんやマスターは不満げな表情を隠そうとせず、見送りに来ていたダンジョン協会の入澤さんは気まずそうにしていたのが印象的だった。


 俺としてもせめて報告ぐらいはしてほしいと思ったが、協会の所属で俺たちよりも情報が多く入ると思われる雪ですら何も伝えられていないとのことだ。

 雪の推測は単に新しい情報がないから伝えられなかっただけではないかというもので、これからも継続して警戒する必要があることをお互いに確認して解散したのだった。


 というわけで退院して初めての週末は、鈍った体を動かすためにもダンジョン攻略に行きたかったのだが、残念ながら叶わず。

 そもそも色々な事情があって、それが解決するまではでダンジョンに行くことを許されていないというのもあった。

 忙しなく動きつつも、能力を試してみたいというワクワクする気持ちを抑えた、息の詰まる土曜と日曜であった。

 いや、俺以上に一緒にダンジョン攻略に行きたがっていた妹の雪が一番残念そうにしていたのだが。


「お兄ちゃん、もうすぐ時間だよ?迎えの人がもう着いてるみたいだけど。」

「迎え?何も聞いていないんだが!」

「あれ?言ってなかったっけ。とにかく、迎えが来てるから急いでね。」


 今の時間は午前9時15分。

 平日ということで、いつもなら大学の講義を受けている時間だが、これから俺が今ダンジョン攻略に行けない主たる原因を解決するために、妹とともに10時までにダンジョン協会の本部に向かうことになっていた。


 俺の慌てた声に対して、とぼけたような妹の雪の声。


 ダンジョン協会までは徒歩と電車で20分ほどのため、ちょうど着替えを始めたところだったが、妹によると迎えが来ているとのことである。

 自室の窓から覗いてみると、本当にそれらしい車が止まっているのが見える。


(これは確信犯だろ!)


 妹が早々と準備を済ませていたため迎えが来るのを知らなかったとは思えず、思わず心の中で叫ぶ。


 荷物はすでに詰めていたため、あとは着替えるだけなのだが何を着ていくかをまだ決めておらず焦る俺。

 初対面であろう人を長く待たせるわけにはいかないと思い、仕方なしにタンスの一番上の服を取り素早く着て、玄関付近で待つ雪と合流した。


「地味……。」


 遠慮のない妹の一言が俺の胸に突き刺さる。


「仕方がないだろ。時間がなかったんだから。」

「確かにそれもそうかも。今回は迎えが来ることを言ってなかった私も悪いし、待たせるのも申し訳ないからそれでも良いかな。」


 俺のファッションセンスについて言われるのは慣れたものだが、それでもまるで酷い言い草だ。

 入院中、俺が目を覚ますまで病室のベッドの側で寝ずに見守っていてくれたと聞いた雪とは別人のようである。


 玄関を出て鍵を閉める。


「美咲さん、おはようございます!」

「雪ちゃん、おはよう。お兄さん、初めまして。ダンジョン協会で雪ちゃんの担当をしている遠山美咲です。お兄さんのことは雪ちゃんからよく聞いているわ。どうぞ、よろしくお願いします。」

「遠山さん、よろしくお願いします。」


 車の運転席に乗っていたのは、落ち着いた感じのお姉さんだった。

 車に乗り込んで話を聞いていると、どうやら雪のマネージャー的存在らしい。


「雪はいつも迎えに来てもらっていたのか?」

「いや、私はいつも電車で行ってるよ。今日は珍しく、なの。」

「私は毎日でも全然構わないんですけどね。どうやら雪ちゃんは遠慮しているようなんです。」


 家からダンジョン協会に行くときはいつもこうなのかと思い聞いてみるが、そうではないらしい。

 俺としてはむしろ騒ぎになる恐れもある電車移動の方が心配なのだが、得意ではない変装を嫌々として、何とかばれずにいるようである。


「それにしてもお兄さんとは初めて会った気がしませんね。雪ちゃんから常日頃色々とお兄さんの話を聞いていますから。」

「み、美咲さん、余計なこと言わないでくださいね!」


 少し顔を赤らめて雪がそう叫んだ。


(雪が恥ずかしがるなんて珍しいな。)


 なぜ恥ずかしがっているのかが気になって遠山さんに突っ込んで聞いてみたくなるが、隣から強烈な視線を感じ喉まで出かかった言葉を仕舞いこむ。

 

 そんなこんなで車は進んで行く。

 道が混んでいるため時間は掛かっているが、予定の10時よりは早く着くことができそうだった。


 そして家を出発してだいたい15分ほど経ったころ、奥の方にダンジョン協会本部の大きな建物が見えてきた。

 本部の建物だけでなく、能力者用の訓練施設やダンジョンの研究を行う施設も併設されており、敷地はとても広いのだ。


 当然こんな広い敷地がまるまると都内に残っているはずもなく、政府がとった方策は、ある公園を潰し、そこにダンジョン協会本部を建てるという驚きの手段だった。

 もちろん公園の利用者であった近隣住民を中心に批判が集まったが、世論的には魔物氾濫があった後でダンジョンに対する危機意識が高かったこともあって、批判は盛り上がることなく次第に容認されていったという経緯がある。


 遠山さんが警備員に身分証を見せ、車は敷地内に入って行く。


「そういえば雪、今日は能力者登録をするだけだよな?」

「うん。そのために能力検査が必要だけどね。実際にどんな能力なのかが分からないことには登録もできないから。」


 ダンジョンの外でも能力を使うことのできる能力者の把握のために、能力が覚醒した人に関してはダンジョン協会に登録することが義務付けられている。

 もし登録せずに自身の意思で能力を使った場合、厳しい罰則があるとのことだ。


 俺はこれまでダンジョン協会で能力者として登録することによって、自然とダンジョン協会の所属になると勘違いしていた。

 しかし本当は雪のような専属になるのか、それともフリーかを自分で選択することができるとのことだ。

 この辺りが、病院で雪が言った能力者の世界が一枚岩ではないとの言葉に関係しているのではないかと思っている。


「さぁ、雪ちゃん、お兄さん、目的地に着いたわよ。第2訓練場で入澤さんと検査官が待っているみたい。」


 そう言って美咲さんが車を止める。

 車が止まったのは写真や映像でも見たことのある訓練施設の前。

 この訓練施設には、ダンジョン協会に登録された能力者なら誰でも使えるという3つの訓練場、トレーニング施設、プールなど体や能力を磨ける施設が一つになっている。

 その中でも訓練場は、魔法にも耐えられるようにダンジョンで得られた特殊な素材を、最新技術で加工して作られているとのことだ。


 俺と雪は、美咲さんにお礼を言ってから車を降りる。


「行こう、お兄ちゃん。入澤さんは時間に厳しい人だからもう来ているかも。」

「あぁ、俺は場所が分からないから雪に付いて行くよ。」


 入澤さんが時間に厳しいというのは、何というか見た目通りだ。

 とはいえ、まだ予定の時間まで余裕はあるのでそこまで急いで向かう必要はないだろう。


 俺は周りを見渡しながら妹の後を追う。

 外はもともと公園だった名残が残っていて、緑が多く、花壇もまめに管理されているのか立派に花を咲かしている。


 訓練場の内部に入ると、そこはいかにも近代的といった感じで、最先端のものが色々と導入されているようだった。


「雪はよくここを利用しているのか?」

「う~ん、たまに、かな。基本任務と学校の行き来だからあまり来ないけど、任務がないときにはここに来て新しい魔法を考えたり試したりしているよ。もしかするとトレーニング施設なんかは任務に就いている能力者よりもこの本部で働いている人の方が利用しているかも。」


 雪の言うことは、当初の目的からすると本末転倒な気がするが、雪の普段の様子からも分かる通り、能力者は任務にダンジョン攻略にと忙しく動き回っているらしい。


「ここが第2訓練場だね。」


 5分ほど歩いて、美咲さんに言われた場所に辿り着いた。

 中に入ると隣のすぐ隣に、入澤さんと白衣を着た、いかにも研究者っぽい見た目の男性が立っていた。


「おはよう、陽向くん、雪さん。よく来てくれたね。一昨日言っておいたとは思うが、まずは登録に必須な能力検査をしてもらう。こちらは検査を担当する今野だ。」

「おはようございます。今日の能力検査を担当するダンジョン協会本部の今野です。普段の能力検査ではペアとして能力者に協力をお願いしているのですが、陽向くんの能力は防御系と聞いているので、雪さんにご協力をお願いした次第です。約1時間程度で終わりますので、よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」


 一昨日にダンジョン協会本部に来た時に入澤さんに妹も一緒にと言われ、どういうことかと不思議に思ったものだが、今野さんの言ったことに納得する。


「さぁ、では早速始めましょうか。まずは能力を直接見せてもらえますか?」

「分かりました。」


 今野さんの合図で俺は右手を前に突き出し、意識を集中させ壁を出現させる。


「ほぅ、これがジェネラルゴブリンの大剣による攻撃を数時間防ぎ続けたという壁ですか。」

「これがお兄ちゃんの能力……。」


 登録するまでは使ってはいけないと厳しく言われていたため、実は妹に見せるのもこれが初めてだ。

 約1週間ぶりとなる能力の使用に、もしかすると発動しないのではという不安も一瞬よぎったが、あの時と同じように右手の少し前に1メートル四方の空気がゆがんだような壁が現れていた。


「ありがとうございます。では色々と試していきましょう。」


 いよいよ能力検査が始まる。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る