第17話
「えっ、今野さん、いきなり大丈夫なんですか!?」
能力検査の開始早々に、何の前触れもなく突然俺の出している壁に素手で触れた今野さん。
思わず俺は驚きと心配で声を上げてしまった。
「ん?確かにそう言われれば不用心でしたね……。まぁ、大丈夫みたいです。」
最悪の場合皮膚が溶けてしまうのではなどと、よからぬ想像をしたのだが、特に何事もないようで一安心である。
「意外ですね。ゴブリンジェネラルの剣に耐えるくらいだから、ものすごく硬いのだろうと思っていましたが、これは何というか……。触った感じは普通ですね。」
今野さんの言葉に、続いて俺と雪も触れてみようとする。
利き手である右手を動かして触ろうとしたところで壁も一緒に動いてしまい触れられないことに気付き、咄嗟に左手に変える。
「お兄ちゃん……?本気じゃないよね?」
「……あぁ、もちろんだ。ほんのおふざけだよ。」
俺は至って真面目だったが、それを悟られないように平気な顔をする。
雪は呆れた表情をしているが気にしてはいけない。
左手を使って今度こそ触ってみると、今野さんの言う通りでイメージで持っていたコンクリートや金属のような硬さではなかった。
決して柔らかい訳ではないのだが、例えるとするならば厚めのプラスチックのような感じだろうか。
試しに軽く拳で叩いてみると、衝撃が吸収される感触と反発する感触を同時に受ける。
「確かに聞いていた通り空気がゆがんでいるように見えますね。遠くから見ると分からないだろうけど、近くで見ると違和感がすごい。見た目は暑い日に見られるような陽炎に近いでしょうか。」
陽炎。夏の暑い日にアスファルトや道路からもやもやとしたものが見えるのが陽炎だが、言われてみればそれに近いように思えた。
「私は報告書を読んだだけですから、陽向くん、能力が発動した時の経緯から詳しく聞かせてもらってもいいですか?陽向くんはこの数日嫌というほど話しただろうから、非常に申し訳ないですけど。」
今野さんにそう言われ、俺は何度目か分からないゴブリンジェネラルとの一騎打ちの話を細かく語る。
今野さんは相槌の打ち方が上手く、思い出したくない光景も多く残っている中、これまでと比べても話をしていてとても楽だった。
話が一通り終わった後で、渋い顔に変わった今野さんが言う。
「ピンチの時にいきなり覚醒……。昔からたまに聞くことのあるパターンですね。陽向くんは経緯を聞かれても、絶対に能力者ではない人に言わないでくださいよ。正直これが知れ渡っていることを私は良く思っていないんですから。」
「俺も以前ニュースで見ましたけど、今野さんは何でよく思っていないんですか?」
「自らわざとピンチに陥ろうという人が出て、ダンジョンでの死者が増えているからですね。ピンチに陥るともともと能力者の素質を持っている人が覚醒しやすいというだけで、誰しもが覚醒できるわけではありません。能力者になれる素質を持っているのは全体のうちほんの一握りだけですから。」
なるほど。
ニュースや記事の書き方によっては自分もピンチになれば覚醒できると勘違いしてしまう人は一定数生まれそうだ。
実際に俺が見たニュースでも能力者がピンチに覚醒したという単純な事実しか語られていなかったような気がする。
そういった人に限ってピンチに陥っても、準備不足で挽回できず、結局命を落とすのだという。
本物の命の危険というものを実際に感じた俺としては自らピンチに飛び込むなんてことは考えられないのだが、それだけ能力者が世間一般では羨ましがれる存在だということだ。
「さて本題に戻るとして、ということは今も右手の前から動かすことも大きさを変えることも出来ないんですね?」
「はい。どう意識しても全く変化させられないんです。」
もしかしたらと念じたり唱えたりして、どうにか変化させてみようと試みるが、やはり全く変化がない。
「じゃあ、そうですね。色を変化させてみることは出来ないですか?例えば、白に。」
今野さんに言われて、白に変わるように念じてみる。
「おぉっ!」
「ふむふむ。色は変えることができると。」
今野さんの反応は薄いものだったが、地味ながらも変化があったことに俺は内心大きく喜んでいた。
ゴブリンジェネラルの戦いで白に変えられたからと言って、戦いを有利に運べたわけではないだろうが。
続いて指示通りに他の色に変えることができないかも色々と試してみる。
数分間試した結果、最初に出たときの半透明、黒と白の2色、そしてライトのように光らせるという光源タイプの合わせて計4パターンに変化させることができた。
「光らせることで光源となって暗いところで役に立ちそうなのは分かるけど、黒と白に変わるのは実際に役に立つのかな?雪はどう思う?」
「連携はとりやすくなりそう。壁が見えていれば、それに応じて動きを変えることもできそうだから。特に物理攻撃メインの人にとっては見えないものに合わせて攻撃するのは難しいだろうしね。」
雪の言うことはもっともだったが、それは敵の魔物にしても同じことで、はっきりと可視化されることで攻撃方法やパターンを変化させることだってしてくるだろう。
メリットやデメリットは構成次第だろうが、さっき喜びはしたものの残念ながら使える機会は少ないように思えた。
「うん。とりあえずはここまでで良いでしょう。次は気になる耐久力のチェックをしましょうか。分かりやすいように壁の色を黒くしてください。そして雪さんは離れたところから陽向さんの壁に向かって魔法をお願いします。」
そう言われた俺たちは歩いて少し距離を取り、まずは弱い魔法から放ってもらい徐々に強くして強度を試してみることにする。
もちろん魔法が体に当てってしまえば怪我をするし、ダンジョン外なので痛覚も通常通りで回復薬もない。
魔法の操作に長けた妹がペアでよかったと心底思うが、俺に向かってくる魔法を見るとつい身構え目を閉じてしまう。
『アイスバレット』
雪が選択した魔法は氷の弾丸。
飛ばす方向さえミスをしなければ俺の身に危険はないはずだ。
「あれ?余裕みたいだね、お兄ちゃん。」
俺の壁が難なく雪の魔法を受け止めたのを見て、ニヤッと笑い次から次へと威力を強めた魔法を放ってくる雪。
(楽しくなっているじゃないか、雪!頼むぞ!)
正直気が気でない俺は、壁に異変が見つかったらすぐさま声をかけなければいけないと思い、今度は全力で目を凝らし極力瞬きもしないように壁を見つめる。
『アイスバレット』『アイスバレット』
しばらく雪による魔法の詠唱と、拳大の大きさの氷の弾丸が壁にぶつかる鈍い音が響いたが、5分くらいして急にその音が止んだ。
「この魔法だとここまでかな。じゃあ次!」
ほっと息をついたのもつかの間。
俺が言葉を挟む間もなく、別の魔法の詠唱を始める雪。
『氷塊』
先ほどの弾丸よりも大きい、ソフトバレーボールほどの大きさの塊が飛んでくる。
(……大丈夫なのかこれ!?)
アイスバレットより弾速が遅く着弾までが長い分、ドキドキが長く続く。
ドンッッッ
着弾の瞬間にさっきまでとは違う大きな衝撃音のような音が聞こえるが、俺自身には全く衝撃はなく、壁にはひび一つ見当たらなかった。
「今野さん、ここまでみたい。『氷塊』は私が使える範囲攻撃以外の魔法ではかなり強い魔法だし、この魔法はクールタイムが必要なほどだから。」
残念そうな声で雪が言う。
テンションが上がっていて今野さんへの敬語もどこかに消え去ったようだ。
一方の俺はというと、右手のすぐ前で起きた出来事に衝撃を受け固まっている。
(事故が起こったのかと思ったくらい衝撃的な音だったぞ……!)
そもそもこの魔法で俺が手も足も出なかった魔物が一瞬で屍になったのを見たことがあるおかげで警戒感を高めていたのだが、今の魔法で壁に異常はなくても俺の精神に異常をきたしそうな光景だった。
我に返ると、額から冷や汗が流れていることに気付く。
周りを見ていると他の3人は平然としていて、俺も少しずつ落ち着きを取り戻すことができた。
今野さんは興味津々に目を輝かせ、入澤さんは拍手をして笑顔だった。
これが能力者たちの当たり前の世界なのだろうかと不安になってしまいそうだ。
「素晴らしい!これほどまでとは思っていませんでした!雪さん、どうでしたか?」
「氷塊で全くダメージを入れられなかったのは初めて。私も妹としてのひいき目なしにすごいと思いますよ。」
「そう、そこです!日本で一番の魔法の使い手とされる雪さんの固有魔法で傷一つ入れられなかったということは、どんな攻撃を受けても壊れないということが証明されたようなものです!」
お世辞で言っているのだろうと思い俺はつい苦笑いをするが、雪も今野さんもあくまで至って真剣な顔だった。
「各属性のシールド的な魔法はこれまでもありましたが、ここまで頑丈なのは初めてです。これは魔法というよりも空間系の能力とでも言いましょうか。そうですねぇ。この能力は『全てを守る壁』と名付けましょう!」
これまでとは様子が変わり早口でまくしたてる今野さんに圧倒されるが、聞き逃していけなさそうな言葉が聞こえた。
「……名付け?」
「はい!登録する際に能力に名前を付けなければならないのです。雪さんの氷魔法、のようにね。」
もう少し詳しく聞くと、能力を短い言葉だけで判別できるように一つ一つ名前を付けているらしい。
(だ、ださすぎる……。)
中二病のような能力の名前に一旦今野さんに抗議をするが、今野さんの中ではもう決まったことのようで聞く耳を持ってくれなかった。
「ただ課題は見つかったね、陽向くん。どんな攻撃も防げるかとしれないとはいえ、範囲が狭く不意打ちにも弱い。状況次第では最強となるだろうが、全く役に立たないものになることも多いだろう。」
まさに入澤さんの言う通りだった。
1メートル四方の全てを防ぐ壁をどのように運用するのか。
俺の剣で戦うスタイルと合っているとは思えないし、場合によってはただの邪魔な置物になってしまう可能性もあるだろう。
これからは、より頭を使って戦いに臨む必要があるということだ。
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