第12話
その日の夜。
今日の攻略では素材などを売った報酬に加えて、情報料として思わぬボーナスを手に入れることができたため懐が暖かくなっていた。
そんな中で雪の提案により、都内の高級焼き肉店でちょっとした祝勝会兼お疲れ様会を開くことになったのだ。
「「「乾杯っ!」」」
妹はもちろん、俺もまだギリギリ二十歳にはなっていないため、当然のことながらお酒ではなく2人ともソフトドリンク。俺はウーロン茶で雪はオレンジジュースだ。
マスターも俺たちに遠慮してお酒ではない飲み物を頼もうとしたが、俺たちに気にせず頼んでほしいというと、満面の笑みでビールを注文した。
もはや何を祝うのかも分からないところだが、3人とも悪い気分でないことは間違いない。
いつも基本休みなしの喫茶店で料理とコーヒーを作り続けるマスターは、特にそうなのだろう。
「しかし雪お嬢ちゃん、今日得られた金額をそのまま3等分でよかったのか?第3階層までの戦いはまだしも、オーガは雪お嬢ちゃんが単独で倒したはずだが。」
「それは全然。正直お金には困ってないし、今日はパーティーで挑みましたから。」
実はマスターが言っていたことは俺も一時期、気になって雪に聞いてみたことがあった。
昔から雪は貢献度的に自分が突出した時であっても、必ず報酬については等分するという選択をしてきた。
自身で言うようにお金に困っていないことも事実なのだろうが、そこが彼女の真面目さというか、几帳面さである。
ダンジョン攻略者においてパーティーマネジメントというのはとても大事で、金銭問題というのはパーティーの解散やメンバー脱退の理由の上位であるらしい。
基本的にパーティーの方針は、リーダーが決めたり、多数決で決められたりすることが多いと聞く。
ただメンバーの強さのバランスが変わったり、時間が経ったりすることで話は次第に食い違っていってしまうものなのだ。
ちなみに理由として俺のような他人が絡んだ嫉妬というのは珍しいタイプで、妹が能力者という特殊な環境だからこそのことだろう。
もっともこれを方向性の違いとかメンバー間トラブルと捉えるのであれば、また話も変わってくるのだが。
「正直最後は痛快だったよ。セイラさんからお兄ちゃんの状況は聞いていたからね。本当はコテンパンにしてやりたかったけど。」
「俺はその場にいれなかったのが残念だ。まぁ、良い酒のネタが増えたな。」
妹だけではなくマスターまでもがそんなことを言う。
これで状況が改善するかは全く分からないことだが、何かしらのアクションが起こせたことは良かったことだろう。
正直今までのような状態が続くと、いつか耐えられなくなるのではないかと思っていたのも事実だし。
そんなことを話しているうちにお店の方が次々と料理を運び、俺たちはそれに舌鼓を打ちながら食べる。
マスターのお酒を飲むスピードも速く、すでにアルコールがまわり始めているように見える。
「マスター、そんなに飲んで明日は大丈夫なんですか?」
「あぁ、問題ない。俺は次の日に酒が残らないタイプなんだ。」
もちろんマスターは明日から再び喫茶店のマスターへと戻るわけであり、心配して尋ねると、そういった答えが返ってきた。
その後小さな声で、もしもの時は休めばいいさ、ともつぶやくマスター。
楽しそうに飲んでいるマスターにこれ以上野暮なことは言うまいと思い、それ以上は突っ込まないことにする。
一方でそういった会話の間も雪は黙々と肉と白米を食べ続ける。
普段から男である俺よりも食べている妹。
俺は常々どうやって体型維持をしているのかが気になってしょうがないのだが、基本的に動く任務についているから食べる分は運動で消費するのだろう。
もしかすると能力者は新陳代謝的にも優れているなんてことがあるのかもしれないが。
「お兄ちゃんはね、本当にもったいないよ。もっと強くなれるんだから!」
そんな風に思って雪を眺めていると、俺の視線に気付いた雪が珍しくダル絡みをしてくる。
お酒を飲んでいるわけではないがこの雰囲気に酔っているのだろう。
「雪を守れるくらい強くなれるよう、俺も頑張るよ。」
俺がそう言うと、満足そうに雪が頷く。
こんなに強い雪ですら、何度か兄である俺の前で弱音を吐いたことがあった。
今日の戦いでの強さを見ると、俺たちが手も足も出なさそうであったオーガとも比べ物にならない強さの魔物と戦い、そして勝ってきたのだ。
だからこそ今日の圧倒的な実力差を見て俺が雪を守るなんて言うのは夢のまた夢といった話だが、兄として何かあった時に助けになりたいというのは間違いなく本心だ。
「まぁ、お兄ちゃんは私の後ろで大人しく守られてくれればいいんだけどね~」
すぐに手の平を返した発言をする雪に苦笑いする俺。
結局終始このような楽しい雰囲気で、祝勝会兼お疲れ様会はお開きとなった。
最後まで食べ続けた雪のおかげもあって、会計は少し驚くような金額だったが、そこは男気を見せてマスターが全額支払った。
店を出た頃にはマスターも千鳥足になっていて、俺と雪はマスターを送ってから帰路に就いた。
「何か青春、って感じだよね!」
「あぁ、そうだな。」
焼肉でテンションが上がったのか、今日がよっぽど思い出深かったのか、いつもに増して雪のテンションは高い。
たが雪の言葉にも頷ける部分がある。
ダンジョン発生以前にはこんなことになるとは思ってもみなかった。
金銭的に恵まれた家庭ではなかったから東京に上京してなかったかもしれないし、そもそも大学生ではなかったかもしれない。
今日の出来事が雪の言うように青春と言えるのかは俺には分からないが、これが新しい形の、能力者として多忙な日々を過ごす雪にとっての青春なのだろう。
次の日。
昨日は大変だったから、と休むようなこともなく、予定通り俺と雪はまた一緒にダンジョン攻略に出かけた。
俺としては後半は雪に任せっきりで大して戦闘もしていなかったため、寝て起きてしまえば疲労感はほとんど感じられなかったのだ。
気分を変えて少し遠い場所にある洞窟に電車を使って遠征したのだが、注意してくるマスターが居た昨日とは違って妹は何の変装もしていないままだった。
そのせいでダンジョンに入るまでにちょっとした騒ぎになってしまい、そこで体力がゴリッと削られてしまう。
だが攻略自体は順調で、連日イベントが起こるようなこともなく、普通に楽しくダンジョン攻略を終えた。
そしてダンジョンから家へと帰る際中のこと。
電車の中でいきなり雪のスマホがバイブを鳴らし、確認してみるとダンジョン協会から雪に、急ぎの連絡が来たようだ。
「うげぇ。明日からまた任務で遠征みたい。」
「明日から?また随分と急だな。」
急に任務が入ることは本当によくあることであったが、明日から、というのは珍しいことである。
「ここ最近は大きな作戦に従事していたから予定が分かりやすかったの。まぁ、今回急に行かなくちゃいけなくなる分、今回が終わればしばらくの間はすぐに帰ってこられる任務が多くなりそうだけど。」
周りに他の乗客もいるため小声で、かつ内容をぼかしながら話す雪だが、そもそも守秘義務とやらで雪が作戦や任務の内容を俺に話すことはない。
とはいえある程度推測はでき、長期間家を離れていたことを考えても、ニュースでも報道されていた近くの国への派遣任務に参加していたのだろう。
どの国でも同じように能力者は存在していたのだが、国によってはダンジョン攻略を急ぐあまり能力者を無理に攻略させ、結果能力者のほとんどを失うといったケースが多発していた。
国の威信、とか、資源の確保、など国によって理由は異なるが、能力者としてはたまったものではないだろう。
そしてこのようなケースは発展途上国で多く見られ、そもそもダンジョン攻略者人口の少ないこれらの国は、魔物の氾濫のリスクを常に背負っている。
そのため各国は防止策として定期的に、ときには大規模に、日本などの先進国の能力者の力を借りて、魔物の氾濫が起こらないようにしているのだ。
「今回は、そうだな、週の半ばか週末までには帰って来れそうかも!」
ウキウキでそう話したのは、週末に俺と一緒にまたダンジョン攻略に行くつもりだからだろう。
一応週末には予定を入れないでおこうと思う。
その夜。
遠征の準備をしている妹の邪魔をすることのないよう自室でくつろいでいると、メッセージアプリにある人から久しぶりの連絡があった。
ある人とは、俺と同じ時期に例のサークルに入った同級生。
大学の学部は違ったがダンジョンの攻略が好きな者同士ということで、入りたての頃から一緒にダンジョンに潜りまくった倉本ハジメだ。
倉本は、俺が他のサークルメンバーの嫉妬によって連携が上手くいかなくなり、パーティーを外されるようになってからも、唯一一緒にダンジョン攻略を続けてくれたメンバーだ。
自分から意見を言えるタイプではなかったためその場で何か言うことはなかったが、いつも俺のことを気にかけてくれた、最後の方はサークルの中でただ一人の友達と言える存在だった。
倉本[清水くん、久しぶり。元気にしてるかな?]
陽向[あぁ、元気にやってるよ。もしやダンジョン攻略の誘いか?]
倉本は俺がサークルを脱退するのと同時にサークルを脱退し、さらにダンジョン攻略からしばらく距離を置きたいとのことで、俺もしばらく連絡を控えていた。
本人はそうではないと否定していたが、ダンジョン攻略が大好きだった倉本が俺のせいで止めてしまうことを申し訳なく思い、もし気持ちの整理がついたら俺を誘うようにと言ってあったのだ。
倉本[そう。よければ明後日火曜の夕方にでもどうかな?]
陽向[良いぞ。基本的に俺はソロだし、いつでも問題ないよ。]
倉本[良かった!じゃあ、いつもの攻略拠点で16時に集合で!]
あのサークルに良い思い出はほとんどないと言っていいが、倉本とダンジョン攻略を毎日のように繰り返していた日々は俺にとっての青春だった。
今から火曜日が楽しみになった俺は、眠気覚ましにでもと思い、苦手なブラックコーヒーを入れた。
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