第13話
【10月第3週火曜大学付近】
そして約束の火曜の夕方。
15時までは大学の講義であったため、家には戻らず直接ダンジョンへと向かうことにした。
どこかに出かけたときの帰り際でたとえ荷物が多かったとしても、ダンジョン内にそれらが持ち込まれないというのは非常にありがたいシステムだ。
(眠いなぁ……。)
短い間隔で出そうになるあくびをこらえながら歩く。
今日俺が寝不足気味なのには、理由があった。
昨日の朝に予定通り任務に向かった雪だったが、行ってみるとその日はダンジョン協会本部での事務作業のみだったとのこと。
夕方には普通に帰宅済だった雪が、今度こそは本当に任務に行くからと言って、夜遅くまでダンジョン攻略に付き合わされたのだ。
(まぁ、これくらいなら全然慣れたものだ。)
基本はいつもソロで挑んでいることもあって無理な攻略は行わないことを心に決めているが、泊りがけでダンジョンを攻略するパーティーも珍しくない。
聞くところによると大学生の中には試験勉強の気晴らしに、睡眠時間を増やすことよりもダンジョン攻略を選ぶものだっているらしい。
そのためダンジョン内部の店には、ダンジョン産の携帯用食料や飲料も揃えられており、とてもおいしいとは言えない味だが、栄養バランス的には悪くないとの評判だ。
待ち合わせ場所に近づいたところで時計を見る。
大学とダンジョンビルはそれほど離れていないため、15分程早めに待ち合わせ場所に着いてしまった。
待ち合わせ場所は建物内部ではなく、少し離れた大学と反対の場所にある公園前だ。
これはサークルメンバーと鉢合わせにならないようにするためであり、俺が会う分には問題なくても、倉本が嫌がるだろうと配慮してのことだ。
じゃあ遠くのダンジョンに行けばいいじゃないかと思うのだろうが、この攻略拠点は俺たちが毎日足しげく通ったところであり、言ってみれば思い出の場所なのだ。
(この時間は子どもたちが多いんだな。)
俺が公園で遊んでいたような頃は鬼ごっこをしてみたり、戦隊物の真似をしてみたりしていたものだが、今の一番の流行りはダンジョンごっこなるものらしく、ここにも影響が表れ始めている。
以前は外で遊ぶ子供が少なくなっていることも問題にされたりしたものだが、今では将来はダンジョン攻略者になりたいからと、体力をつけるために子どものゲーム時間が減って外に出て運動する時間が増えたという話もある。
そんな子どもたちが元気いっぱいに遊んでいるのを眺めていると、スマホからメッセージアプリの通知音が聞こえた。
画面を見てみると15時55分。
集合時間の5分前だった。
倉本[清水くん、直前の連絡で申し訳ないけど、実はお昼頃から体調が良くなくて……。ギリギリまで悩んだんだけど、また別の日にしてもらえないかな?]
陽向[そうなのか……。残念だけど俺はいつでも暇だから、体調が整ったらまたすぐにでも誘ってくれ。]
メッセージは倉本からで、体調が優れずに来られないとの連絡だった。
メンタル面でダメージがあるなら、ダンジョンに行くということにまだ気持ちが乗らないのかもしれない。
この後の予定がなくなった俺。
今日を楽しみにしていた俺にとっては消化不良この上ないため、いつも通りソロでダンジョンに行くことにする。
平日のこの時間帯は徐々に人が増え始める頃。
今日も講義終わりの大学生や仕事帰りのサラリーマンが、ダンジョンの中へと次々に吸い込まれて行く。
(また今日もソロ、か……。)
大きなため息を一つついてから、気持ちを切り替えるようにして早足で洞窟のある、建物内部に入る。
(土曜は自分が思っていた実力以上に戦うことができた。ソロではあるけど気分を変えて今日はもともと行く予定だったエリアに行ってみるか。)
土曜日の攻略では、マスターと雪が一緒だったとはいえ、ゴブリンジェネラルが相手ならソロでも何とか乗り切れそうだと感じるほど成長を実感できていた。
俺はいつも行っているゴブリンの多いエリアではなく、オークが中心の南西エリアに向かうことを決める。
(一応、ポーション類をいつもより多めに用意しよう。)
ダンジョンに入って、まずは店で回復系やバフ系のポーションを買い、いつもよりアイテムポーチ内の在庫を増やす。
これらも決して安いものではないが、今は臨時収入が入って懐が温かめだから、これくらいは構わないだろう。
(さぁ、行くか。)
これからもっと人が増えていく時間であるため、できるだけ攻略拠点の近くは素早く移動したい。
それに目的のエリアまで移動してしまえばゴブリンエリアを中心に活動するサークルメンバーと遭遇せずに済む、とも思ってのことだ。
俺は攻略拠点を出ると、時々遭遇する群れからはぐれたスライムやゴブリンと戦闘を重ねながら、どんどん移動する。
(よし、今日も調子は悪くない。)
いくつかの動きを試して準備運動を行うが、昨日は夜遅くまでダンジョン攻略をしていたとはいえ、特に体に異常がありそうな感覚はなかった。
(さて、攻略本で大まかなルートを確認するか。)
慣れない場所へと挑む時に攻略本は本当に便利であるが、おすすめルート上の魔物は一番攻略者が通る道ということもあり、魔物がすでに狩られていることが多い。
つまりは、おすすめと言いつつもおすすめルートを通ると旨みが一気に少なくなってしまうのだ。
そのためちょっとだけ遠回りをして、上手い具合に魔物と遭遇しつつ進んで行かなければならないという話である。
(っと、いきなり現れたか……!)
ルートを決めて出発しようとした俺は、数十メートル先にオーク1体がたたずんでいるのを発見した。
俺は周りを見渡して、他に魔物がいないことをしっかり確認する。
(大丈夫みたいだな。)
はぐれオークであることを確認した俺は戦闘に入ることを決め、そのまま近付き、まずは試しにオークの持つ棍棒と剣を合わせてみる。
(行ける!)
腕に伝わってくる圧力はゴブリンジェネラルと比べるとかなり弱いもの。
予想通り俺の力の方が上回っているらしく、簡単に押し返すことができた。
(やっぱりこのエリアでも問題なさそうだ。)
この付近ははぐれオークや、オーク数体が中心に現れるエリアで、実際にオークと剣を合わせたことで自分の選択に間違いなかったと確信することができた。
その後も順調にはぐれオークを見つけては倒し続け、そろそろ複数のオークに挑んでみようというところで、突然何人かの悲鳴と助けを求める声が聞こえた。
「た、たすけてくれ!誰か!誰かいないか!」
悲鳴とは違う声で発せられた助けを呼ぶ大声。
(無理をしてオークに挑んだ攻略者かな?)
こういう場面に遭遇するのは初めてのことだが、ポーション類を十分に揃えず挑んだり、実力不相応のエリアに挑んだりする攻略者もいるため、助けが呼ばれることがあると聞いたことがある。
同じ攻略者として余裕があるなら助けに向かうというのが暗黙の了解だ。
中級者向けのオークのエリアは平日のこの時間帯だと挑む攻略者も多い訳ではなく、それも助けを呼ぶ声が聞こえる場所にいる攻略者となればもっと限られるだろうと思った俺は、急いで声がした方角へと向かい走り始める。
(オークが相手なら、少し数が多くても大丈夫だろう。幸い回復系のポーションは多く持っているし。)
そう思い、楽観的に考える俺。
しかし、そこに広がっていたのは予想外の光景、それもとてつもなく異様な光景であった。
「おい、お、お前、これは……、どういう状況だ。」
思わず言葉が詰まる。
「た、たすけが、お、お、ひ、陽向じゃないか。へっ、へへっ、まだ運は俺を見放しちゃいなかったぜ。は、ははっ、作戦成功だ。」
助けを呼んでいたのは、俺が脱退したサークルメンバー10人ほどで、土曜に会ったときに妹に罵倒された男、サークル内で同級生のリーダー格である宇田もその中にいる。
なんでいつもとは違うこのエリアにいるのかは不思議だが、異様なのはそこだけではない。
こいつらと対峙している魔物。
その魔物は土曜日にも戦ったばかりのゴブリンジェネラル。
言うまでもなく第3階層の主であり、このオークエリアにいるべき魔物ではない。
(どういうことだ?何が起こってる?)
混乱。また混乱。
状況が一切理解できず、その場から少しも動くことができない。
いつもは普通のゴブリンを相手に攻略を進めるサークルメンバーにゴブリンジェネラルと太刀打ちできる実力はない。
宇田を含めたサークルメンバー全員が怪我を負っており、数人はすでに地面からピクリとも動かなくなっている。
「た、助けてくれよぉ、陽向。お、お前はこの前これを倒したんだろぅ?」
「それ、その手に持ってるものは何だ?」
宇田が手に持っているのは何かしらの魔道具のようで、禍々しい闇の煙がモクモクと流れ出し続け、さらによく見ると宇田以外のメンバーの頭には闇の煙でできた輪っかのようなものがまとわりついている。
(他のメンバーは宇田に操られているのか?)
当然そんな魔道具の存在は一切聞いたことがない。
この調子だとゴブリンジェネラルがここにいるのも、宇田が関係してのことだろう。
会話をしたことで俺は少し落ち着きを取り戻す。
(いや、まずい。ゴブリンジェネラルは支配を外れているのか?)
全員が怪我をしていることから当たり前に気付けそうなことに今更ながら気付く。
奥の方で新たな攻略者の登場に少しの間動きを止めていたゴブリンジェネラルが、再び武器を構えて動き始めようとしていた。
忌まわしくも、ゴブリンジェネラルの手に握られているのは、この前と同じ大剣だ。
(どう行動する?)
戦うか、逃げるか。
宇田に目的があることは間違いなく、この状況なら逃げたとしても責められることはないだろう。
俺は一瞬迷って、そしてすぐにその気持ちを振り払い、このサークルメンバーたちを守りながら戦うことを選択した。
ただでさえ、動き続けながらようやく倒せるか倒せないかという相手。
動けない数人を守りながら戦っていくというのは、相当なハンデだというのも冷静に理解することができていた。
(だが、こいつらにも家族がいる……)
俺の中に見捨てるとか、逃げるなどという選択肢はなくなっていた。
ゴブリンジェネラルは手加減してどうこうという相手ではない。
俺は最初から全力で動き、まずはターゲットをもらおうと動くことにした。
「あ、甘いなぁ。俺たちなんて見捨ててしまえばいいのに。そういうところも嫌いなんだよ。さ、さぁ、皆、もうゆっくり休め。」
宇田がそう言うと、支配が解けかけていたのだろうか、怪我をしながらも自らの武器を構えてゴブリンジェネラルに抗おうとしていた者たちが、突然糸の切れたように座り込む。
(こ、こいつ……!)
俺をターゲットに切り替え、向かおうとしていたゴブリンジェネラルは、好機と捉えたのだろう。
座り込んだ一番近くのサークルメンバーの方に向きを変え、一気に加速する。
(間に合わないっ)
ゴブリンジェネラルが勢いそのまま大剣を振りかぶり、下ろす。
名前は確か東だっただろうか、冷や汗をかき、恐怖に顔をゆがめながら、そして目をつぶった。
辺りに血しぶきが飛び散る。
この空間に唯一響き渡るのは宇田の狂ったような笑い声のみであった。
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