第11話

 ポータルを通り第1階層の入り口付近に戻ると、まずは来たときに一悶着あったダンジョン協会の職員に話をする。


「はい?ここでは対応できない?」

「そうなんです。非常に申し訳ないのですが……。」


 雪に詰められている職員さんは来たときの再現かのように、またもやたじたじになっている。

 

 職員さんの話ではダンジョン協会は入口の管理をしているだけであり、内部で起きた出来事はあくまでも攻略拠点を運営する会社が対応するとのことだった。

 攻略拠点はその名の通り攻略の拠点だからそう言われればそうなのだが、緊急時には迅速で柔軟な対応が出来ないものだろうか。

 もしかすると第4階層のパターンが変わってオーガが常に登場するようになっているかもしれないし、そこに今にも挑もうとしている攻略者がいるかもしれないのだ。


 (まぁ職員さんにぶつけても仕方がないけど……。)


 職員はあくまでもマニュアル通り対応しただけ。

 ダンジョン協会が全てのダンジョン入口を管理し切れずに企業や個人に管理を委託したことで、各攻略拠点に所属するエリアで起きたことも余程のことでない限りは介入しない方針だ。

 今まではこんな風に気にしたこともなかったが、一部ではこうした弊害が起こり続けているのだろう。


 ダンジョン協会の職員に対応してもらうことを諦めた俺たちは、行きの倍程の早さで攻略拠点まで戻ると、真っ直ぐに取引所へと向かい、そのまま受付の方に進む。

 セイラさんは他の攻略者の対応中であったため、今は少しでも早く報告する必要があるという雪の判断で、受付でいつもよく見かける真面目そうな男性が務める隣の窓口へと向かうことにした。


「ミツハルさん、どうかされたんですか?」


 早足で窓口に近付いていくと、俺たちの表情やセイラさんを待たなかったことから何かの異変を感じ取ったのであろう男性が少し慌てた声で話しかけてくる。

 とりあえずはこの男性と顔見知りだというマスターに対応を任せることにした。


「ちょっと面倒なことがあってな。ついさっき遺跡型ダンジョンの第4階層で攻略本にない魔物と遭遇した。すぐに対応が必要な攻略者の安全に関わることだから今対応をお願いしたいのだが。」

「なるほど。攻略本に載っていない情報があったということですね。攻略拠点を出たダンジョンビルの方に担当の者がおりますから、そちらに案内いたします。そこで詳しいことをお聞かせください。」


 男性はそう言って大慌てで、受付の脇にある扉からこちらの方に出て来て、俺たち三人を例の洞窟の外、つまり地上へと先導する。

 こういったことも慣れているだろう受付の男性がここまで慌てているのは、申し出てきた攻略者の中に雪が居たからだろう。

 ダンジョンを出てからほどなくしてすぐに、ダンジョンビル内の部外者立入禁止と書かれた扉の中へと案内された。

 その先は廊下が続いており、手前のいくつかの扉にはそれぞれ休憩室や仮眠室、応接室などと書かれている。


 セイラさんから以前に扉から入って手前の方に、このダンジョンビルや攻略拠点で働く人たちのためのスペースが集められているのだと聞いたことがあった。

 24時間営業であるダンジョンにおいて、夜勤があったり長時間のシフトがあったりする従業員たちの憩いの場になっているらしい。


 男性は早足のまま憩いの場を通り過ぎ、廊下をしばらく進んだ先にある編集部と書かれた部屋へと俺たち3人を招き入れた。


「渡辺さん、ダンジョンについて新しい情報があるという方をお連れしました。奥のテーブルに案内しておきます。」

「分かった!ありがとう。」


 受付の男性が呼びかけると、若い女性の声で返事があった。

 俺たち3人は奥の会議スペースのようなところに通され、しばらく待っているように言われる。


 もちろん俺はここに初めて入ったが、とてもダンジョンビルにあるとは思えない、普通のオフィスのひと間といった感じだ。


「お兄ちゃん、きょろきょろ見渡さないの!」


 滅多に来ることのない部屋とあって、つい周りを見渡していると妹からお叱りが入る。

 雪にとってはこういうことはよくあることなのだろうが俺は初めてなんだから勘弁してほしいと思っていると、デスクに座って書類とにらめっこしていた人とたまたま目が合ってしまう。

 急に恥ずかしくなった俺は言われた通り大人しく待つことにした。


「あら、皆有名人じゃない!ミツハルさん以外は初めまして、かしら。攻略本編集部副部長を務める、渡辺蘭です。気軽に蘭さんって呼んでね。よろしく。」

「清水陽向です。こちらは妹の雪。よろしくお願いします。」


 どんな人が来るのかと構えていたが、俺にとっては予想外、茶髪の美人お姉さんといった感じの声音通りの若い女性だった。

 この若さで副部長ということもあり、いかにもキャリアウーマンといった見た目だが、疲れているのだろうか、目の下のクマが心なしか目立つような気がしてしまう。


「受付のセイラとは親友なの。だから雪ちゃんのことはもちろん、陽向くんのこともセイラからよく話を聞いているわ。」

「……悪い話じゃないといいですけど。」

「もちろん悪い話じゃないわよ。将来有望な攻略者がいるって話。」


 セイラさんにサークルメンバーに対する愚痴を言っている俺が苦笑いして言うと、蘭さんは不思議そうな顔でそう答えた。

 セイラさんはその辺のことまでは話していないようで一安心といったところだろうか。


「雑談はここまでにしましょう。雪ちゃんも、ということはすぐに他の攻略者にも知らせるべき事なんでしょ?」

「話が早くて助かります。雪、話をお願いできるか?」


 ダンジョンについて一番詳しく、実際にオーガとも戦った雪に話を任せ、俺とマスターが詳しい状況などを適宜付け加え、補足する。


「というわけで、一般の攻略者についてはしばらく第4階層への侵入を禁止にすべきかと。」

「なるほど。雪ちゃんがいてくれて良かったわね。他の攻略者だったら久しぶりにここで死者が出ていたところだわ。」


 このゲーム会社が運営する攻略拠点では一般攻略者に対して無理のない攻略を強く推奨している。

 それに加えて、定期的に発行されて改訂されているダンジョン攻略本には解放されているエリアの魔物や植生から、基本的な魔物の倒し方や準備しておくべきものなど、他の攻略拠点より充実した様々な情報が記載される。

 そういった運営側の努力もあって他の攻略拠点と比べて死者が極端に少なく、それも人気の要因の一つだ。


「3人ともありがとう。雪ちゃんには私よりもお偉いさんから話があるみたいだから少しだけ時間をもらえないかな?」

「分かりました。全然構いませんよ。」


 蘭さんの言葉に雪が仕事モードで答える。

 雪だけ呼ばれたということは、ダンジョン協会の雪に話があるということなのだろう。


 すぐに先ほどの受付の男性によって、さらに奥へと案内されていく。


「非常に有益な情報だったわ。あんまり多くはないけど情報料を渡せることになっているから、パーティーリーダーには書類に目を通して、サインをしてもらいた……」


 そう言いかけて蘭さんがしまったという顔をする。

 おそらく雪がパーティーリーダーだったらどうしよう、と思っているのだろう。


「大丈夫ですよ、蘭さん。今回のパーティーリーダーはミツハルさんです。」

「俺なのか!?」


 初耳といった感じでマスターが驚く。


「だってマスターは3人の中で一番年上じゃないですか!」

「ま、まぁ、それはそうだが。分かった。俺がサインしよう。ではこの間に陽向君は受付に戻って、俺が持っている分もついでに売っておいてくれ。構わないよな?」


 マスターの言葉に対して蘭さんが頷くと、マスターがアイテムポーチの中から、ゴブリンジェネラルの大剣やオーガの素材を含めて次々と取り出し、俺はそれを受け取っては自分のポーチに移すという作業を繰り返す。


 アイテムポーチの限界を知らない俺は次から次へと取り出される素材に心配になるが、問題なく全て納めることができた。


「じゃあマスター、後はお願いします。」

「あぁ。終わったら俺もすぐ向かう。」


 そう言って別れ、俺は来た道を引き返し再びダンジョンへと戻り、取引所の受付へと直行する。

 運のよいことに、セイラさんが対応を終え列もなかったため、セイラさんの窓口へと向かった。


「陽向くん、何かあったの!?」


 他の攻略者の対応の傍ら、同僚の後をついて慌ただしく出ていく俺たちを見たのだろう、心配そうな顔をしたセイラさんにそう尋ねられる。


「遺跡型ダンジョンの第4階層で攻略本に記載のない予想外の魔物に遭遇しまして。まぁ、雪も一緒だったので問題はありません。」


 俺はアイテムポーチの中から次々と今回得られた素材を取り出していく。

 ゴブリンジェネラルの大剣を出したところまでは感心した顔で見ていたが、オーガの素材を取り出すと一気に驚き顔に変わる。


「陽向くんオーガと戦ったの!?ここにオーガの素材が出されたのは初めてのことよ?」

「正しく言えば、戦ったのは妹の雪、ですけどね。」


 オーガの素材は初めてとセイラさんは言ったが、それもそうだろう。

 攻略組はオーガの階層に未到達であるし、色々な面で優遇された能力者組がわざわざ周りの目のあるこの受付に素材を提出しに来ることはないだろう。


「オーガの素材については調べる必要があるわ。ここで少し待っててもらえる?」

「えぇ、全然構いませんよ。雪もマスターもまだ戻ってきませんし。」


 俺の返事を聞いたセイラさんが、オーガの素材をもって受付の奥へと入っていく。


 暇になった俺は隣の受付から聞こえてくるやり取りを聞いてみることにした。

 どうやら隣は初のダンジョン攻略を終えたばかりのルーキーパーティーであるらしく、色々説明を受けながら、得られたわずかばかりの素材を売るところのようだ。


 俺にもこんな頃があったのかと懐かしんでみる。


(いやいや、あったっけ?)


 俺の場合は飛び級で既に能力者として頭角を現しつつあった当時高校生になったばかりの妹が、俺を心配して同行することになったお陰で、初っ端の攻略から色々と大変なことがあったのだ。


 そんなことを考えながら受付の周りを見渡してみると、タイミング悪く宇田を先頭に例のサークルメンバーたちがダンジョンの入り口に現れたのが見えた。


(やばいっ……)


 慌てて顔をそらすが少しだけ遅かったようで、俺のことを見つけた彼らがニヤニヤした顔で近付いてくる。


 前回俺に反論されて悔しがっていたのに図太いことだと思うが、面倒なことに変わりはない。


「よう、『妹のヒモ』くん。どうやら今日も今日とて一人のようだな?」


 反応するのも面倒なため、いつも通りまず無言だ。

 連中は懲りずに次から次へと俺に悪口を投げかける。


(よっぽどストレスが溜まっているのだろうな。)


 今日1日色々なことがあり、ゴブリンジェネラルを相手にし、オーガの上位種までもを直接見かけた俺にとって、威張った口調で話すだけのサークルメンバーは正直どうでもよく、無関心な態度を取り続ける。


 だが逆に俺のこの態度が気に障ったらしく、悪口はヒートアップして行く。


「何か言ったらどうだ!それとも妹が居なけりゃ何もできないのか?言えよ。妹、助けてください~、ってさ!」


「私がお兄ちゃんの妹だけど。何か用があるの?」

「雪!」


 心の中でナイスタイミング!と叫んだのは仕方のないことだろう。


「雪、、さん。」


 居ないと思っていた雪が怒った表情で登場し、サークルメンバーたちが思わず後ずさっている。

 その中で唯一前に出てきた男が一人。

 宇田である。


「ゆ、雪さん、俺昔からファンなんです。」


 散々俺に悪口を言ってきて、どの口がそれを言うんだと思ってしまうが、言った本人は至って真剣のようである。


「興味ない。お兄ちゃんは今日私が見てる前で第3階層のボス、ゴブリンジェネラルを倒したんだけど、君たちに倒せる?見るからに弱そう。性格も悪そうだし、良いところを見つけるのが大変そうかも。君みたいなファンはいらないから、来世の自分に期待しなさい。」


 まくしたてるように話す妹に、サークルメンバーたちは全員絶句だ。

 普段は自分に絶大な自信を持っている宇田もこれにはさすがに顔を青ざめさせていた。


「お兄ちゃん、行こう?セイラさんが待ってる。」


 固まるメンバーを一瞥して、雪が俺の手を引く。

 受付のところでは、セイラさんがしたり顔でこっちに手を振っていた。


 サークルメンバーは全員灰のようになっているが、これまでずっと悪口を言われつづけたことを考えると、かわいそうだとは到底思えない。


 むしろ俺の心にある言葉はただ一つ。


 ざまぁ見やがれ!



 

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