第10話

「宝箱の中身は……、大剣か。作りも立派だし頑丈そうだ。誰がこんな大きな武器を持てるのかは別として、装飾がきれいだからそれなりの値段で売れるだろうな。」


 気になる宝箱の中身を確かめてみると、ゴブリンジェネラルが持っていた大剣を少し小さくしたサイズの、細かな装飾が施された大剣だった。

 大剣を操るには相当な腕力か技術が必要とされるため、実際に使うのは能力者か、そうでないものの中でも実力者に限られる武器である。

 それでも基本的には全員アイテムポーチの中にサブ武器を忍ばせているものであり、また戦闘では使わなくても憧れを持っていて鑑賞保存用として購入する者も少なくはない。

 マスターによる評価も悪くなく、大剣という実用性の低い武器であっても、ある程度の需要はあるのだ。


「それにしてもこのダンジョンって本当に不思議ですよね。誰が何のために作ったのか、魔物はどこから現れるのか、未解放の領域には何があるのか。」

「確かに。だが、これに関してはこれまでの地球の科学で解明できることではない。いずれ雪お嬢ちゃんたち能力者が解決の糸口を見つけてくれるんじゃないかな?」


 俺たち3人がポータルに入るか階段を降りるかしてこの階層を去れば、またゴブリンジェネラルが率いるゴブリンの軍勢がリポップして、次なる挑戦者を待ち構えるのだろう。


 雪が会話に加わってこないことを不思議に思って、雪を見ると、マスターをじーっと見つめ続けていた。


「ま、まぁ、雪お嬢ちゃん。ど、どうかしたのかな?」

「なんでもない。」


 決して怒っているという訳ではないのだが、何となく気まずい雰囲気が流れる。


「まだまだ時間もあるし、少し休憩して第4階層に向かいましょうか。」

「了解。俺はマップを確認しておこう。」


 下の階層に進むにつれ、上層に比べて情報は少なくなるが、それでもボスの情報や地形などの基本的な情報は書かれている。


 俺もアイテムポーチから攻略本を取り出して該当ページを読む。

 第4階層に踏み込むのは初めてで少し緊張してきたのもあって、何かしておかないと落ち着かないのだ。


 10分程、主を失ったボス部屋で休憩してから、階段を下って第4階層へと向かう。

 

「この階層から情報は少なくなっている。一応、慎重に挑もう。」


 歩きながら、マスター主導でこれまでの戦闘のフィードバックと第4階層の作戦会議を行う。

 『初見殺し』の罠に引っかかったことやクリティカル攻撃で意図せずマスターにターゲットが移ってしまったこと。

 これがギリギリの戦いなら致命傷になり得るため、仕方がないで片付けられるものでもない。

 

 攻略本によると第4階層の魔物はオークの上位個体。

 オークは緑色の皮膚と豚のような顔面の魔物だ。

 ゴブリンと同じ人型の魔物だが、人間の大人と同じくらいの身長であり、ゴブリンと比べると腕力が強いのが特徴である。

 対応の仕方は基本的にゴブリンと同じで特に作戦や戦闘方法を変える必要はないが、単純な力が強いことは警戒が必要であり、1発もらってしまうだけで戦闘不能になってしまう危険性がある。


「さぁ、行くか。」


 マスターを先頭に第4階層の重厚な扉を開いて、俺、雪の順番で中に進む。第3階層のような侵入時に発動する罠はないようで一安心だ。

 最後尾の雪が入ったのと同時にゴゴゴゴという音とともに扉が自動に閉まっていく。 


「あれ?あれはオーク、なのか?」


 いざ臨戦態勢に入ろうとした俺の口から、自然と漏れ出してきた疑問の言葉。

 3人ともが思っているだろう疑問は広間の奥で待ち受ける魔物のシルエットが、想定していた魔物であるオークよりも明らかに大きいことで生まれたものだった。

 ダンジョン経験豊富な雪は勿論、俺とマスターもこの遺跡型ダンジョンから近い、攻略拠点から見て南西のエリアでオークとの戦闘経験があるため、全員がその大きささからくる違和感に気付けたのだ。

 

「お兄ちゃん、マスター、そこを動かないで!もしかしたら緊急事態発生、かも。」


 雪の声は警鐘を鳴らすように普段よりも緊張したものだったが、表情はいつも通りで緊迫したものではない。

 雪の強さから来る自信もあるのだろうが、魔物が自分から動き出す気配がないことも大きいだろう。


 (焦りは禁物だ……。)

 

 俺はかなりの速度で鼓動を刻みだしていた心臓の辺りに手を当て、一度落ち着くために深呼吸をする。

 チラッと隣のマスターの顔を覗くが、年の功なのかさほど慌てた様子はなさそうだった。


「かなりのサイズだな……。」


 マスターの言う通り、魔物との距離からするとさっき戦ったゴブリンジェネラルより大きいように思えた。

 それに溢れ出す威圧感もゴブリンジェネラルの比ではない。

 俺とマスターの中でも相対する魔物がオークでないことを確信し始めたときに、雪がポロッと言葉を漏らす。


「シルエット的にオークではなくてオーガかもしれないね。それも上位種に見える。」


 ハッと驚くように俺が雪の方を見ると、すでに雪は杖をしっかりと右手に持ってすぐに攻撃できる臨戦体勢を整えていた。


(オーガの上位種だと!?)


 オーガ。

 凶暴な見た目をした鬼でオークの強化版的な存在である。

 直接この目で見るのは初めてだが、5年前の魔物氾濫の際に大きな被害をもたらした魔物として有名で、映像や写真でその姿は何度も見かけたことがある。

 もしあれが本当にオーガなら中級者程度の俺など簡単に吹き飛ばしてしまう力を持っており、氾濫の時の嫌な印象も相まって大半の攻略者が恐怖心を持つ魔物の一体だ。


 攻略本には第9階層までの情報が記されているが、俺の記憶の中ではオーガの存在に関する情報は一切書かれていなかったはずだ。


「雪、この遺跡型ダンジョンでオーガが出現したという報告はあるのか?」

「ある。能力者パーティーの攻略情報を少し耳にしたけど第10階層以降はオーガがメインと聞いてるよ。上位種だったのかは知らないけど。」


 ダンジョン協会に勤める雪は、ダンジョンについて俺とマスターが知り得ない情報を知っているのではと思い聞いてみると、間髪入れずにそう返事が返ってくる。


(第10階層以降か……。情報が全くない訳だ。)


 一般に公開されている情報は能力者以外のパーティーが攻略済みの第9階層までのものであるが、能力者パーティーはすでに更に先の階層も攻略済みで雪にはその情報が伝わっているということだろう。


「ボスラッシュ型はこれがあるから嫌なのよ。」


 雪は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 ボスラッシュ型ダンジョンでは基本的に各階層にボスとして現れる魔物が決まっているのだが、かなりの低確率で下の階層の他のボスが現れることがある。

 フィールド型で偶発的に上位の魔物に遭遇してしまうことがあるように、ボスラッシュ型でも同様なリスクがあるということだ。

 

「雪お嬢ちゃん、オーガがこちらに気付いたようだ。どうする?」


 これまでパーティーの指揮をとっていたマスターが今度は雪に指示を仰いだ。

 俺はもちろん、恐らくマスターもオーガとの戦闘経験はないはずで、ここは一番ダンジョン経験の豊富な雪に判断を任せることにしたのだろう。

 

「私も戦ったことはないけど、オーガの上位種は2人には荷が重いと思う。私が相手をします。」


 俺たち二人の返事を待たずに、いつもに増して真剣な表情の雪がオーガに向かってゆっくりと歩いて行く。

 大半の攻略者なら震えて終わりを待つところ、オーガに遭遇したのが俺たちだったのは、ある意味幸運ともいえる。

 その意味を俺とマスターはこれから理解させられることになった。


『氷結界』


 雪がそう唱えると、一面に氷の結晶が降り始め、辺りの気温が一気に下がる。

 これは雪が本気を出すときに使う魔法で、この魔法を見るのは俺も久しぶりであった。

 継続的に氷魔法の威力を上げる効果があり、この場は雪のホームとなり、主導権は彼女のものだ。


『フリーズ』『アイスストーム』


 立て続けに雪が魔法を唱えると、まずオーガの体が凍り、次に氷の竜巻が向かって行く。


「やったか!?」

「マスター、それはフラグです!」


 予想通り、オーガを覆っている氷が溶けだし、今度はオーガが激しく動き出した。

 それまで余裕の表情で俺たちを見下していたオーガの顔には、一気に焦りの表情が浮かび始める。


『ダイヤモンドダスト』


 全力を出し始めスピードを上げたオーガに対して、雪は攻撃の手を緩めることなくむしろ更に強力な魔法を唱えた。

 ダイヤモンドダストは雪が使える氷魔法の中でも上位に位置していて、鋭い氷の刃を無数に飛ばし続ける魔法だ。


(雪が本気を出した時に使う魔法……)


 しばらくは氷の刃を受けつつも、そのまま進み続けようとしたオーガだが、次第に氷の刃による傷が増えていき、ついに足を止め下の方から順に少しずつ凍り始めて行く。


「ミツハルさん、今度こそ倒したみたいですよ?」

「あぁ……、そうみたいだな。」


 マスターにニコリと笑いかけながら言う雪。

 今まで通り汗すらかかず、相変わらず涼しい表情だ。

 

 雪の言った通り今度は氷が溶けることもオーガが再び動き出すこともなく、日本人の大多数が強力な魔物として認識しているであろうオーガの上位種との戦いは、とても呆気なく、ものの数分で終わりを告げた。


「……ありがとう、雪。最初から全力で強い魔法を使っていて正直驚いたよ。」

「オーガの上位種は初めて戦う相手だからね。わざわざ手加減してやる理由もない。」


 これが小説やアニメならきっとクレームが来るのではないかと思うくらいの呆気なさ。

 少しずつ出力を上げてギリギリの戦いを演出する、なんてことは実際に命がかかる戦いにおいて起こり得ないことなのだ。

 

(ジェネラルゴブリンにさえ苦戦した俺たちとは、果たしてどれくらいの実力差があるのだろうか。)


 このところ順調に強くなれていると感じていた俺だが、この光景を見ると複雑な感情を含めて色々なものが湧き出してくるのも仕方のないことだと思った。

 これまでも何度も目にしてきた雪の魔法だが、それほど上位の能力者が使う魔法というのは理不尽な力を持つものなのだ。 


 凍らされたオーガの上位種に警戒しながら近付いて行くと、やはり息の根を止めることができていたようで、ゆっくりと消えて行く際中であった。

 その後完全にオーガが消滅するが、残念ながら宝箱は現れず素材が落ちているのみ。


「ちょっと予定よりは早くなったけどポータルを通って入り口まで戻ろう。マスター、お兄ちゃん、それで良いですか?」

「俺はそれで構わない。オーガの上位種の報告も必要だろうしね。」


 俺たちの言葉にマスターも頷いたのを見て、雪が設定を終えたポータルへと入っていく。


 想像もしていなかった展開の午後のダンジョン攻略。

 未だに鼓動が激しいのは仕方のないことだろう。


 

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