第2話
休憩していた場所から30分ほど早足で歩いて、ダンジョン入り口付近に作られた攻略拠点へと到着する。
攻略拠点は柵と堀に囲まれたちょっとした街のようになっている。
ダンジョン攻略に必要なものは一通り揃えることができるようになっており、暮らそうと思えばしばらくの間は暮らせる場所でもある。
ちなみに俺がいつも利用するこの攻略拠点は、ある企業によって運営されているやや特殊な攻略拠点だった。
各拠点に存在する素材や装備等を売ることのできる取引所において、他の拠点よりも高値で売ることができるという利点もあった。
(この拠点もかなり発展してきたなぁ……)
大学最寄りのため一番利用している拠点だが、通い始めてからの1年半で規模も人通りも段違いに増えた。
ダンジョン発生からの5年間のうちの1年半というのはとても大きく、急速な発展を実際に見てきた俺は感慨深ささえ感じる。
俺は拠点の中をしばらく進み、拠点中央にある取引所へと向かう。
取引所は外から資材を持ち込めないためにダンジョン内の木材だけで建てられた木造の建物ではあるが、3階建ての立派な造りだ。
ここはいわゆる冒険者ギルドのようなもの、といえば想像しやすいだろうか。
中に入って受付を見ると、いつもの場所に馴染みの受付嬢が他の攻略者の対応をしているのが見えた。
数人ほどの列に並び、しばらく待つと俺の番がやってくる。
「陽向くん、お帰りなさい。早く帰ってきたのは後を追っかけて行った数人が原因かな?」
笑顔で受付から話しかけてきたのは、受付嬢として働くセイラさん。
何度も対応をしてもらううちに、俺の事情に対して理解してもらうことができ、それ以来仲良くさせてもらっている、この攻略拠点で一番信頼できる受付嬢だ。
女性としては高めの身長で体型もスラッとしており、目元がハッキリとしているせいか気が強そうにも感じられるが話してみれば人を気遣える頼りになるお姉さんである。
薄化粧ながら肌は輝くほど綺麗で、透明感あふれる彼女の清楚さたる所以となっている。
他の受付嬢の顔面偏差値も高いのだが、それでも受付嬢としてのリピーターは彼女が一番多いらしい。
俺としては清楚なお姉さんといった感じのセイラさんと仲良くしていることも、宇田たちの嫉妬の一因だろうと思っているのだが。
「まぁそういったところです。今日も大変だったんですから!」
俺が取り出した素材や装備の鑑定を行いながら、セイラさんが苦笑いを浮かべる。
ここまで歩くいてくるうちに気持ちを落ち着けることができたと思っていたが、実際に俺の口から飛び出したのは愚痴のような言葉たち。
セイラさんの反応を見て少し恥ずかしさを覚えながらも、事務対応の間に今日の話を聞いてもらう。
セイラさんの前だとどうしても言動が子どもっぽくなってしまうのは、彼女の包容力のせいだろうか。
「今日もいい状態のものばかりだわ。はい、今日の報酬はこれくらいになりそうかな。」
しばらくして話も気持ちも落ち着き、鑑定を終えたセイラさんから俺が受け取ったのは、受付に来た際に渡していたダンジョン攻略者用のカード。
このカードはダンジョン攻略者の身分証や入場許可証の役割を果たすほか、ここで記録された報酬はダンジョン外の実際の店でお金として使うことができるという優れものだ。
それに加えてダンジョン外に設置された専用の機械にカードを通すことで報酬を現金化することもでき、これまでに討伐した魔物や取得した素材、装備、貢献度なども確認することができるようになっていた。
この頃得られる報酬は、東京の家賃からすると十分と言える額ではない。
ただ趣味とバイトが両立でき、怪我をしなければ楽しみながらも運動もかねて報酬を得られるのが、ダンジョン攻略の良いところだ。
(さぁ、スーパーに寄ってから帰るとするか。早くシャワーが浴びたい。)
まだまだ話したい気持ちを抑えて、セイラさんにお礼を言ってから受付を離れる。
(人が多くなる前にダンジョンを出ないと。)
これ以上特に用事のない俺は、ダンジョンからの出口である洞窟の方へと向かう。
この洞窟から入ることのできるここは、都内でも有数の人気が高い攻略拠点だ。
大学の講義終わりにお昼頃からダンジョンに潜った俺だが、時間は既に夕方近くなっており、学校終わりの学生や仕事終わりのサラリーマンが少しずつ姿を見せつつあった。
ダンジョンの入り口は拠点を運営する企業が建てた建物内部にあり、ダンジョンの入り口を囲むようにして、食事や休憩のための店、スーパーなどが立ち並んでいる。
例えるとするなら、都会の駅ビルならぬダンジョンビルといったところだろうか。
どの店もそれなりの混雑を見せてはいるが、少しでも節約するために自炊をしている俺は見向きもせずに、洞窟を出たあとも建物の出口へと一目散に向かうことにする。
(数ヶ月前までは俺もこうだったのに……。)
出口までの間、友人や同僚と楽しそうに話しながら楽しそうにダンジョンに向かう人達を見て、少し羨ましくなる。
命を落とす可能性のあるダンジョン攻略にソロで向かう人は、ほとんどいないのだ。
そういった人たちをなるべく視界から外して、数十秒で出口に辿り着く。
出口は普通の店やビルのような自動ドアとなっており、5年前であればこの中にダンジョンがあるなど誰も信じなかっただろう
(少し寒くなってきたな。そろそろ衣替えしないと。)
季節は10月。
温暖化が進んでいるとはいえ、10月の夕方ともなると肌寒さを感じる季節である。
俺はなるべく寒さを避けるためにジーパンのポケットに手を入れ、通りに出る。
目の前は普通に道路があって車が走ってるのを見れば分かる通り、街中にあり、気軽にすぐに行くことができるというのも、ここの魅力だ。
(少し面倒だけどいつものスーパーに向かうか……)
戦闘もそこそここなした後に宇田たちと遭遇したために色々な意味での疲れを感じていたが、ダンジョンビルにあるスーパーではなく、少し離れた場所にある業務用スーパーへと向かうことにする。
早速スーパーのある左へと道を進もうとすると、道の反対側の喫茶店の中から見知った顔が手招きしているのが見えた。
(ありゃ。見つかった……)
決して店に行くのが嫌という訳ではないが、先ほどのこともあって気持ちが参っていた。
とはいえ、早めに切り上げたため時間もあるし、久々ということで少しお邪魔することにした。
カランカランと音のする扉を開けると、木を基調とした落ち着いた雰囲気の店内。
「いらっしゃい。久しぶりだね、陽向君。」
優しげな表情と声音だが、がっちりした体型に強面で太い声。
極めつけは風貌にこれでもかというほど似合うスキンヘッド。
俺を手招きした、喫茶店のオーナー兼マスターであるミツハルさんである。
「お久しぶりです。ご無沙汰してます。」
「本当に。もう来てくれないかと思ってたよ。」
「いやいや!夏休みで帰省していたので。」
ホントかなというように、俺の言葉に対してニヤニヤしながら不満気な表情をするマスター。
(……だから怖いって!)
初めて会った人なら必ず一歩引いてしまうであろう見た目のマスターは、本人の意識外で威圧してしまうことがある。
本人に悪気はないことを俺を含めた常連客は理解しているのだが。
俺の大学は9月中旬までが夏休みだから、マスターに言ったことはあながち嘘ではない。
ただ夏休み中ずっと帰省していたわけではなく、夏休みが終わってからすでに1ヶ月近く経っているため、マスターの読みは正しいのだが。
俺は少しだけ冷や汗をかきながら、それを隠すように早口でケーキセットを注文した。
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