『妹のヒモ』だけど文句ある?〜ダンジョンが現れた世界で『妹のヒモ』と呼ばれた男が覚醒して成り上がる〜

諏維

第1章『覚醒』

第1話

【10月2週火曜第5ダンジョン】


「申し訳ないけど清水くんにはサークルを辞めてもらうことになった。それで良いかな?」


 これが今日からちょうど3ヶ月前、唐突にサークルの代表である阿部先輩に告げられた言葉である。

 理由は述べず、すでに決まったことだからというように淡々と、表情もいつも通りだった阿部先輩。

 辞めさせられる覚悟はしていた俺だったが、それにしても驚くほど普通のテンション感であった。

 しばらくの間、拍子抜けしていた俺の返事はというと……。


「あっ、はい。分かりました。」


 これまたサークルを辞めさせられることになった者の言葉とは思えない軽い返事だった。


■□■□■□■□■□


 中肉中背で少しだけ整った顔立ち。

 慎重な性格だが、たまに周りも驚くような大胆さがあり、基本はポジティブ思考。

 落ち着いた雰囲気だが、まだ都会に馴染み切れていない感じ。


 これが、最近よく話す友人が持つ俺への印象らしい。


 大学進学とともに九州の田舎から上京して一年半ほどが経つが、友人の都会に馴染み切れていない感じというのもあながち間違ってはいないだろう。

 偏差値がそこそこ高い私立大学にやっとの思いで入学したものの、いわゆる陽キャが多い周りとのギャップを今でも感じている。

 彼女が欲しくないわけではないが、周りにそういう関係になれそうな女性は一人も居ない。

 これまで何度か髪の毛を染めてみようと思ったこともあるが、その一歩が歩みだせず今まで黒髪を貫き通している。


 ここまで聞くとよくいる大学生、と思うかもしれないが俺には一つだけ普通じゃないことがある。

 正確には俺の妹には、だが。



「誰かが木陰にいると思えば、陽向(ひなた)、お前今日も一人かよ!」


 今俺がいるのは、大学の最寄りのダンジョン拠点から少し森の中に入ったエリア。

 数分前にゴブリンとの戦闘終わらせたばかりで、木陰の隅の方でしばらく休憩を取っているところだった。


 ゴブリンは拠点付近で最弱に近い魔物であるが、ソロでダンジョンに挑んでいる俺にとっては基本群れで行動するゴブリンも楽な相手ではない。

 息を整えるために休憩していた俺に突然向けられたのは、複数の笑い声と聞き馴染みのある声だ。

 

 俺は嫌々ながらも、ぎこちなさげに笑い声のする方に顔を向ける。

 想像通り、笑い声の主は入学してすぐから1年数ヶ月の間所属していた、ダンジョンサークルのメンバーたちである。


(またかよ……。)


 このような状況は今日が初めてではない。

 こいつらはダンジョンでも大学でも、会うたび会うたびに何かと俺のことをからかってくるのだ。


 なぜからかってくるのかの原因も分かっている。

 それは嫉妬、だ。


 これまでの経験から言い返しても無駄なことが分かっているため、言葉を発することなくそのまま黙り込む。


(このまま無視してしばらく待てば、いつものように居なくなるだろう。)


 最初は少し言い返してみたりしたのだが、多勢に無勢。

 俺が言い返さなくなってからは、気が済むまで言い続けると悪態をついてから消えるようになった。

 それでも毎度からかわれているため、俺もそろそろ我慢の限界を感じつつある。


「そういえば今日はかわいい妹と一緒じゃないのか?妹にキャリーしてもらわないと痛い目見るぞ!」


 そう、この言葉の通り。

 こいつらの嫉妬の対象はさっき普通じゃないといった俺の妹である、雪(ゆき)である。

 ひいき目に見ずとも10人中10人が振り向くに違いない整った顔立ち。

 普段は表情の変化が少なくクール系に見られるが、親しい人には誰でも虜になりそうな笑顔を多く見せる。

 身長は165センチと女性としては高めで、肌は全く日焼けしていない雪のような白さで、髪はさらさらとした黒髪のロング。

 更に言うと、雪は東京のそこそこの私立大学に入学した兄である俺と違って、非常に優秀で、かつ能力者だった。



 能力者。


 ここで能力者と一般人の違いについて説明しておこう。


 世界中にダンジョンが同時多発的に発生したのが5年ほど前のこと。

 当時高校受験を控え必死に勉強していた俺も、テレビでも新聞でもネットでも連日繰り返される不思議な報道に釘付けだったことを覚えている。


 最初は海外のフェイクニュースと思い冗談で盛り上がっていた日本人が大多数だったが、ここ日本でも大都市を中心とした様々な場所に突然洞窟のような入り口が発見された。

 いくつかの入り口を自衛隊が調査すると、それが漫画や小説で描かれるような、魔物が出現し、装備や素材を獲得することのできるダンジョンであることが分かったのだ。


 じゃあすぐに皆で攻略しましょうとなったかというと、そうではない。

 いくつかの国ではいきなりそのようになったこともあったらしいが、日本では自衛隊の調査の過程で複数の死傷者が出たことや所有者が明確でないこともあって、しっかりとした法整備を行うことになった。

 そのためルールが定まるまではダンジョンへの侵入を禁止し、入り口を自衛隊や警察が見張ることにしたのだ。


 しかし事態が急転したのが、ダンジョンが現れた1か月後。

 日本と同じような対応をしていた国で、ダンジョンから魔物が溢れてしまうという事態が発生したことが伝わった。


 最悪だったのは、そのダンジョンが多くの人が行き交う街中にあったこと。

 もちろんその国でも警察組織や軍隊が入り口の前で待機していたのだが、魔物の数が多かったり物理攻撃無効で銃が効かない魔物もいたりで、出動した軍が完全に鎮圧するまでに、一般人を含め多くの死者を出してしまった。


 この報を受けて日本政府を含めた各国は慌てに慌てた。

 基本はどの国も、いくつかのダンジョンを調査し魔物を倒してはいるが、放置してしまっているダンジョンの入り口の方が圧倒的に多い。


 その時点で日本ではすでに100ヵ所以上のダンジョン入り口が発見されていて、自衛隊や警察だけで対応すると人手が足りないことは分かりきっていた。

 特に自衛隊はダンジョン発生前でも他の任務で人手が足りていなかったほどである。


 それに事態をさらにややこしくしていたのはダンジョンの特質にもあった。

 当初は重火器を持ち込んで魔物を一掃すればよいと思われていたが、いくら試してみてもそれが不可能だったのだ。


 ダンジョンに侵入すると、もともと着ていた服や装備は全てはがされてしまう。

 しかし、裸になってしまうという訳ではなく、はじめは皮の防具に若干頑丈な木刀という初期装備を皆等しく纏う。

 もちろんダンジョンなので、自身の身体能力が強化されたり、魔法などのファンタジーな能力を獲得することができ、獲得した装備も含めて、次回侵入したときには引き継ぐことができたが、それはダンジョンの中のみ。


 日本政府は慌てて、自己責任という名のもとで簡単な講習会を受けた者に、ダンジョン侵入の許可を与え、魔物の間引きを促した。

 許可が与えられたのは18歳以上であったが、ダンジョンという言葉に憧れを持っていた多くの人が集まり、特に週末は混雑を見せるほどであった。

 もちろん命の危険はあるのだが、日本ではアニメや小説の影響でダンジョン人気が高かったことや政府がしきりにダンジョン攻略を推奨したことが大きかっただろう。


 しかしそれは人口の多い都市部の話。

 大都市から少し離れた郊外や人口や若者の少ない地方の過疎地域では攻略者が少なかったため間引きが間に合わず、遂に恐れていた魔物の氾濫が起こった。

 それも複数の場所で。


 政府は矢継ぎ早に自衛隊を投入して事態の鎮静化を図ったが、街中で重火器を多用することもできず被害は拡大する一方。


 しかし、ここで活躍したのが能力者である。


 ダンジョンの発生と同時に、ダンジョンに侵入していないにも関わらず、ダンジョン外でも魔法や超能力を使うことのできる能力者が現れたことがすでに報告されてはいた。


 当時12歳で小学生であった俺の妹である雪も、ダンジョンが発生した日から、ある魔法が使えるようになり、俺も含めた家族は喜んでいいのかも分からない複雑な感情で大騒ぎだった。


 妹を含めた能力者たちは、詳細が分かるまでとの名目で、すぐに政府組織による保護が行われた。

 まだ小学生であった妹だが、母親の同伴が認められ、費用も政府が負担するとのことで、俺と父親とはしばらく離れて生活を行ったのだ。


 そして魔物氾濫の鎮圧に政府が戸惑っていた時。

 ダンジョン外でも能力を使えるのなら魔物が氾濫した地域に能力者たちを投入すべきだ、という声が多くの国民から寄せられるようになった。

 政府はその声を受けて今後危険性を認識されるであろう能力者たちの人権確保のためにも、許可がもらえた18歳以上の能力者たちに協力してもらうことにしたのだった。


 投入の数日後。

 単純に想像するような魔法のみならず様々な能力を持った能力者たちによって、無事にすべての魔物氾濫を鎮圧し、能力者は一定の地位を得ることができた。


 妹が能力者であるため、全くの無関係という訳ではない俺は、毎日テレビやネットの報道を固唾をのんで見守り、事態が鎮静化したことに安堵したのだった。



 それから5年経った今。


 法整備が整うと、ダンジョンに入ることができる年齢が15歳まで引き下げられ、2年前からは妹もダンジョン内外で活躍を見せるようになった。


 能力者は今も出現し続けており、だいたい5000人に1人いると言われているが、その全員が魔物との戦いに使える能力を持っているわけではなく、実際に魔物に対して有効な能力を持っているのは、日本全体で1200人ほどだという。


 その中でも妹の魔法は、攻撃能力にかなり長けており、腰のあたりまである綺麗な黒髪、整った顔立ち、少し冷ための表情といった容姿も相まって、今ではファンの多い人気者だ。


「何か言い返せよ!妹のヒモがよぉ!」


 俺が休んで考え事を続けている間にも、飽きもせずに最初に声をかけてきた男でもある宇田が俺に対する罵倒を続けていた。

 宇田は同級生の中でも妹に対する執着心が強い。

 性格はともかく顔はイケメンである宇田は、これまでと違って全く自分に見向きもしない雪に対して歯痒い思いをしているのだろう。

 普通であれば兄として妹の身を心配するところだが、ダンジョン外でも最強格な雪が近付くことを許すはずもない。

 その分兄の俺に怒りがぶつけられているのは複雑な気持ちではあるが。


 ただ妹のヒモというのは、あながち間違いではないのである。

 俺の家庭はもともと裕福ではなく、東京の私立大学に通うにあたって、能力者として働く妹から学費等の援助を受けている。


 それでもせめて家賃だけでも自分で稼ごうと、大学生のお金を稼ぐ手段としてのトレンドであったダンジョン通いをする目的でダンジョン攻略のサークルに加入したのだった。


 最初は上手くいっていたのだが、妹が有名な能力者であることがばれてから歯車は狂いだした。


 俺の恵まれた環境に、かわいくて強い妹。

 その妹は、俺のダンジョン攻略にたまに付き合ってくれ、その姿を目撃されたりもした。


 極めつけは能力を持っていない俺が、サークルメンバーの誰よりも強くなっていったこと。


 嫉妬する複数のメンバーにより連携が上手くいかなくなり、次第に孤立。

 宇田を中心とした同級生の訴えもあって和を乱していると判断された俺は、冒頭の通り脱退する運びとなった。

 それから俺は、基本ソロでダンジョン攻略を行っている。


(今日はもう終わりにするか。)


 この先は一本道が続くため、攻略を続けるとなると、自然とこのサークルメンバーたちと行動を共にしないといけなくなってしまう。

 俺は周辺の荷物をまとめ、勢いよく立ち上がる。


「な、なんだよ。」

「キャリーされなきゃいけない俺よりも弱いんだから、この先充分気を付けてくださいね。」


 突然立ち上がった俺を警戒する面々に向かって、俺は言いたいことだけ言い残し、そのまま来た道を引き返していく。


(言ってしまった……。)


 ここで黙っていられないのは、自分がまだまだ未熟である証拠である。

 後方からは相も変わらず喚く声が聞こえるが気にしてはいけない。


『妹のヒモ』。


 俺の話は宇田たちによって大学や攻略拠点で拡散され、次第に陰では二つ名のように『妹のヒモ』と呼ばれるようになった。

 確かに学費は妹に出してもらっているし、妹とダンジョンに行く際はおんぶにだっこ状態であることがほとんどだ。

 だが俺は『妹のヒモ』であることを誇りにも思っていた。


 家族思いで人気者で最強な妹。


 妹である雪が進み続ける限り、兄である俺も腐って立ち止まるわけにはいかない。

 背中から罵声を受けている間にも、俺の中で闘争心が拡大し続けているのを強く感じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る