第2話 何それファンタジー
京伍というのは私の伯父ではあるが、義父でもある。
彼が子供を持たなかったことで、私が財産を引き受けることになったのだ。
元より実家を継ぐ必要もない兄弟の末っ子なせいで、うっかり白羽の矢が立ったのだろうと思っていたのだが、どうやら別の理由があった模様。
「元々我はこの家に居たのだ。だが諸事情で依り代が壊れ、具現化できなくなっていた。そこにお前が似たような石を持ってきたのでな、幸いとばかりに引っ越した」
「それはなにより。京伍伯父とは友達だったのか?」
「似たようなものぞ。飯もよく一緒に食べた」
いやしかし、言葉をしゃべる猫又のような生き物と懇意にしていたなぞという話は聞いてもいない。そして地下がどうのこうのなんていうのも聞いていない。あと猫もどきがドーナッツ食べるのも意外だと思う。
「もう一個くれ。しばらく眠っていたから空腹なのだ」
飯を準備している間のつなぎに何かくれと言われ、市販品のドーナッツを渡してみた。玉子がいっぱいドーナッツ。1こ増量中。
「その小さな体でよく食うな、4個目だぞ。飯は普通に人間と同じのをくうのか?塩分控えめとか精油がだめとかこう何か…」
「だから猫神じゃというとろうが」
「お供え的な?」
「さよう。美味ければなんでもよし」
ならばと自分用に準備していた飯に追加で猫用も準備。焼鮭、水菜と油揚げとちくわをゴマで和えたもの、そうだ煮豆もあったな。あとは味噌汁と…。
皿と箸どちらが良いのか聞いてみたら、箸とかえってきたので思わずその手を二度見した。手先と尾先の毛が少し白いんですね肉球もピンクじゃないですか。しかも小さい。箸握れるのか?
飯を食うのにキッチンのテーブルは椅子が低すぎて塩梅が悪い。猫神は胴長だが体が小さいのだ。仕方ないのでラグに小さな折り畳みの作業机を広げて、座布団を2枚。だが尻尾がモフいので若干尻の座りが悪い。クッションで補強。
「箸で茶碗でいいのか? 茶碗このくらいのデカさ?」
「おぬし本当に動じぬの。そっちの飾り棚においてあるのでよい。飯はそこまで多く入らん」
伯父がなんとなしに引いたオタククジで当ててしまったと言っていた、小さな子供用くらいの飯茶碗を指さされる。絵柄は淡い浅葱色の梅の花。猫の足型のようでなかなかあうのでは? いやまて、汁椀も重なっているし、横に小さな箸もおいてあるではないか。もしかして、これただのファンシーグッズではなく、猫神専用だったのでは?
思わず目線をやると、『さてな』と笑ってほとんど見えない肩をすくめた。猫ってそこが肩なのか。
皿は人間用をそのままだったらしく、特に専用らしきものは置いていない。大きいので皿にちまちまとオカズをいい具合に並べてやった。
「はいめしあがれー」
「うむ、いただく」
ぱむ、とちゃんと手をあわせていただきますをしてから、箸を器用に掴む。いやお前さん本当に器用だな??? 魚ほぐしまでお手の物じゃないか。
「うまい。やはり焼きたてがいい。和え物、これは京伍に教わったな? 味がそっくりだ」
「忙しいから全部おぼえて代わってくれって、飯類は半年くらいで嗜好をたたきこまれたからなぁ。途中から私が全部作っていたし…まさか事故るとは思っていなかったけども」
「事故、そうさな、事故、だな」
カタリと空になった飯茶碗をおくと、お茶をすする。やっぱりジジイじゃないか。
一番小さな湯呑を選んだのだが、持ちにくそうだったので小ぶりのマグカップにしてみた。正解だったようだ。だがお前猫舌はどうした。関係ないのか?
「とりあえず地下室の鍵が手に入ってから、全部話すとしようか。宗助の息子は三~四日かかるんだったか」
「そう。だから待って…、ああそうだ。猫神ベッドはどこにすればいいんだ?何か毛布でも重ねておけばいいか?」
「おぬし馴染むのが早いの?? 我がどこかに帰るとか消えるとか思わぬのか」
「でも元々は石の状態でウチに居たってことは、そういうことだろ? ここが家じゃないか」
「…まったく。まぁよい」
飯を食い終わって片付けようとすると、猫神が皿を拭くのを手伝ってくれた。猫が皿を拭くのだ。すごくないか? シンクの上に乗ると、小さな手で皿と布巾を器用に持って、きゅきゅっとね。良く手伝っていたのだろうか。
「毛がつくのかと思ったら、何もついてないじゃないか。すごいな?」
「こういうのは気合さね」
「気合」
謎であるが、本人が言うのであればそうなのだろう。シンクの上にも毛は落ちていない。本当に普通の猫とは違うようだ。
「つかぬことを聞くがブラッシングは。長毛種だったら絡まったりせんのか?」
「あれば使わぬこともないが、絡まったりせんぞ。我神」
「なるほど」
本当に神なのか? あのオヤジと懇意にしてたなんて言うのであれば、怪しさ満載なのだが。
私の本当の親曰く、京伍伯父は『酒好きの収集家』だったそうだ。酒好きだが酒を飲むわけでもなく、収集家ではあるが浪費家でもなく、仕事をしている風ではないのに金にはこまっておらず、だが犯罪歴も何もないクリーンな…実際のところを親は知っていたみたいが、これまた胡散臭い説明しかしてくれなかった。
そして京伍伯父が亡くなるよりもさらに一年前。
真夏の都心部暮らしが嫌になり、若干北に引っ越そうと物件探しをしていた私に、空き部屋を無料で貸すから家事バイトもしないかと、彼から誘いが入った。
元々家事仕事は嫌いな方ではない。どちらかというと趣味だ。なので二つ返事でOKをして、次の月にここに引っ越した。編集担当には微妙に泣かれたが。
細々と家の事やら好みの料理やらを教わりはしたものの、家事まわり以外の情報は一切伝わらなかった。なぜか知ろうとも思わなかった。つまり私はこの家にいながらも、彼の職業を最後までまともに知ることがなかったのだ。しかもこの猫神が現れるまで、その謎を考えようともしていなかった。
「そうだよ、おかしいだろ。何で今迄疑問に思わなかったんだ?」
「我が居らんかったから余計じゃろ。この家の隠蔽力が強くかかる」
「家の隠蔽力? 何それファンタジー?」
犯罪の類ではないから安心しろと言われるものの、怪しさ満載の『家の隠蔽力』だの『地下』なるものが登場しては、こちらも少々不安になる。
「地下ってのは危険なものなのか? 私は入口さえも見たことがないんだが」
「それは鍵が…」
「こんばんはー! 悠真、鍵もってきたよ!」
「早」
「わっ」
突然私達の机の真横に、髪を後ろに一本に縛ったスレンダーな青年が座った。先ほど通話をしていた蓮だ。というか突然…真横にわいたな? 一体どこから入ってきた?玄関のドアが開く音もせんかったのだがお前もか?お前も突然ファンタジーか?
そんなことを考えながら私が口にいれた茶をごくんと飲み込んだと同時に、蓮は『はいこれお肉ね』と三十センチはある塊を包んだレジ袋を無造作に机にのせる。どしん。まさにどしん。
「蓮。どこにいってたんだ」
「一週間前から害獣退治依頼。お肉おいしいから持って帰っていいよって言われて、昨日の分枝肉捌いてもらってきた。明日までそのまま冷蔵庫でねかせてから処理したほうがいいってさ」
「ほうほう。じゃあこれは貯蔵庫のほうに…。明日の夜食は肉でもいいか? 猫神って肉食っていいのか? こう…殺生はだめとかなんとか…」
「構わん。ミディアムよりもウエルダンで頼む」
「あら、こちらのおしゃべり猫ちゃんはどなた様?」
「宗助の息子よ。おぬしも動じんのう…」
「肉の焼き方注文つける猫にはちょっと驚いた」
「我はおぬしの後ろのほうが気になるが」
そうだ、聞こうと思って肉に気をとられてすぎていた事を思い出した。
蓮さん、その後ろの白い狐さんはなんですか?
――――――――
まだ思いつきながらメモしながらなので、少々おぼつかない設定ですが、じわじわなおしていきますね…。
黒猫と魂生師 八百谷 薫 @syusuke
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