黒猫と魂生師

八百谷 薫

第1話 出て来た

さてどうしたものか。


私の前には一匹の黒猫がいる。

通常猫と表現するならすらりとした手脚、とか表現したいところだが、思いっきりふこふこのふかふかの毛玉だ。尻尾がでかい。


フォルムだけならはっきり言ってタヌキに見えなくもないが、毛足が長いのでたぶんこれは身がすくな、…ああ少ないな。指をずぼっとしたら手の半分までもぐった。痛い。猫パンチのキレがある。今の段階ではお触りは厳禁か。たぶん濡れたらほそほそのぺそぺそになるヤツだ。


ちんまりと足をそろえ、でかい尻尾をゆらゆらとうごかしつつ、私の視線の斜め下、日当たりの良いフローリングの上に猫は座ってこちらをみている。

綺麗な浅葱色の目はでかい。ただし太陽の光のせいで瞳孔がきゅっと細くなる、はず、なのだが。


「お前目が細くならんのか」

「なるわけなかろうが。猫じゃあるまいし」

「…………」


普通に喋っている。

見てくれは完全に猫なのに、本人が猫じゃないというコレ。


「だから先ほどから言っとるじゃろうが。ワシは猫じゃない。猫神だ」

「半分猫だろうが」

「文字半分だけをとらえるなたわけ」

「見てくれ全が猫だと思う。あと喋り方がじじくさい」


私はさきほどからまったりと作業椅子でコーヒーを飲みつつ、猫を眺めている。


ちなみにここは私の仕事部屋だ。

私は小説書きなので、ほぼ自宅で作業をしている。作業部屋は持ち家の二階、西の部屋。書庫は別にあるが、資料本が陽に焼けるので、なるべく日陰になるような部屋を選んだ。部屋の中は無造作に置かれた本の山があちこちにあるが、ほどほどには整っているはず、と、思う。独身のおっさんなのだから、まぁこの程度だろう。うん。


部屋の西側角を囲むように出来ている出窓の横には、元々この家を所持していた先代の伯父から譲りうけたマホガニーのでかいL字の机。長いこと大事に使われていたらしく、今買ったらたぶんとんでもない値段がするだろうなと思われる良い品だ。

優美なラインを描く草木の模様と、使い込んで良い色合いになった深みのある美しい赤色が素晴らしい。

だが現在それは私の仕事机となり、パソコンと資料を上に乗せている。伯父さんすまない。


ホコリになるからと寝室を別にしてはいるものの、机意外がほとんど本に埋もれ、一角は大量の鉱石に占領されている。趣味のミネラルフェア巡りでためたものだ。

だからといって鉱石に詳しいわけでもなく、何となしに気に入った色や形のものを集めていただけである。

伯父さんも似たような趣味をしていたので、彼が元々集めていた石達を飾っていた棚を再利用。陳列棚よろしくズラリとならんでいるのは、なかなかのものだ。


そして昨日、何気なく買ってきた翡翠から、この猫は出て来た。

石が変化したとかではない。文字通りぬるりつるりといった風に出て来た。思わず二度見をした私である。


「その割に真顔だな、おぬし少しは驚け」

「物書きをしているとどうもこう…。で、ご用件は」

「馴染むの早いな?」

「何かおつかいとか、探し物とか? だが部屋をみれば判るように、私は絶望的に片付けも探索も下手だぞ。諦めてくれ」

「店を開いた途端にシャッターおろすんじゃない」


スッと立ち上がると、モフ猫はそのコロコロなモフさからは想像できぬほど身軽にぴょんと私の机に飛び乗った。また綺麗に足をそろえてちんまりすわる。


「お前は京伍きょうごの跡目を継いだそうだな。ならば我の仕事もやってもらうぞ」

「お待ちくださいなんて?」

「だから京伍の跡目を」

「聞いてませんが?」


そもそも伯父がなくなったのは、すでに五年も前の話だ。でなければこの部屋ももっと綺麗だったろう。蔵書もここまで山積みじゃなかったし、床ももっと見えていた。


魂生石こんせいせき探しが滞るじゃろうが!」

「すまん、何も申し送りがなくてわからんのだが」


猫というものは、びっくりすると瞳孔が丸くなることもあるらしいが、元々黒目がちだった瞳がびゃっとほぼ黒目になった。そこまでか。


「…おぬし…地下の鍵はどうした」

「地下?知らんぞ」

「わ――――――!!!なんたること!!!なんたることだ!」

「いや…だから伯父は事故死だったから、私もゆくゆくはここをって言われてただけなんで引き継いだだけで…」

「わ――――――!!!」


猫が狼狽している。ものすごく。


「お前…じゃあこの五年、地下へは」

「行っとらんぞ。だって鍵があかんから、そのうち壊すかくらいに…、そういえば五年も放置してたな。言われるまで忘れとった」

「わ――――――!!!」


三度目の「わ――――――!!!」である。何だ何か腐れ物でもあったのかと心配になってきた。

鍵がないと私が言ったので、余計に困ったようだ。


「き、京伍の友達がいたろう。あやつに預けてはいないのか?!」

「友達?あの事故で一緒に亡くなった宗助そうすけさんのことかな」

「わ――――――!!!」


四度目。もしかしてその友人が頼みの綱だったのか?猫はとても狼狽えている。


「……宗助に、息子、はおらんのか」

「いるぞ。私と同期のが」

「連絡しろ。たぶんそやつが何か聞いている。連絡をして鍵についての情報がないかを聞け!」

「ええ…どうかな。というか、そもそもあいつ家にいるかな。放浪癖があるから」

「探しだせ!!」


ぺーんという勢いで猫パンチが私の頬に飛んでくる。ジャンプした黒猫から飛ばされた猫パンチである。スナップがきいている。でもモフいせいで音がぽーんである。

というか、ここまでの流れで私には色々な事が発生した筈なのだが、ゆっくり驚く時間もないというか、目の前のこのモフいフォルムの謎なヤツがいけない。私はモフい生き物が好きなのだ。


「さっさと連絡せよ」

「はいはい」


携帯端末から通話システムを立ち上げ、相手をコールする。

私達の時代は、この5センチほどの小さなふわふわと浮く携帯端末で様々なことが可能だ。通信しかり、身体管理しかり、身分証明しかり。


移動中と出ているから、遠方の可能性。

しばしコールするが出ない。これは無理かなと切りかけたとき。


『はい!なに!?どうしたの悠真ゆうま


突然音声だけが繋がった。画像禁止区域とある。どこにいるのだろう。


れん、今どこだ」

『ちょっとした山奥だけど、急ぎ?』


ザザザザザと、何かをかきわけている音がする。多少息があがっているので、本当に移動中なのだろう。自慢のバイクは置いてきたのだろうか。


「まぁ急ぎ。手っ取り早くいうと宗助おじさんのことなんだが、鍵かなんかあずかった記憶ないか」

『鍵?あるよ』

「そうかあるか」

『うん』


「あるそうだが」

「話が早すぎだ!とっとと返してもらえ!」


「あー…それうちのオヤジのだったらしくて地下の鍵なんだそうだ。返して欲しい」

『やっぱそうかー』

「やっぱ?何かあったのか?」

『この猟が終わったら戻るわ。三~四日まってて。ついでに肉もってく』


そこで通話はブツりときれた。

猟。何か狩って…いや、あいつ猟師資格なんてもってたのか?


「三~四日待てだそうだ。業者にいって鍵壊したほうが早くないか」

「馬鹿者がー!あんなもの壊したら貴様元通りになど出来んだろうが!」


ぽーん

今日は叩かれてばかりである。だがどう考えても物理解決のほうが早そうなんだが。何か壊してはいけないものでもあるのか?


「……と、ここまできてふと思ったのだが魂生石とはなんだ」

「そこからか………」


ぐったりと机の上の黒猫はつかれたような顔をする。尻尾も元気がない。

いや実際になんかお疲れのご様子。時間は十三時、おや、昼を過ぎているではないか。


「腹でもへってるのか?飯にするか」

「ちょ」


私は手元の止まっていた作業をセーブすると、黒猫を小脇にかかえて、台所へと向かった。猫神って神様みたいなもんなんだよな。飯食うのかな?



――――――――


ためしに書いてみました。

続くかどうかはわかりませんが、時間のあるときにぽつぽつ書ければと。






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