第34話 覚醒の刻

 鎖を従え、光速のまま空を駆け回るアストラルは、胸中に秘める己の信念と向き合うように目を伏せていた。

 何故、ギガノスの幹部という強大な戦力に、どこの誰かも分からないアストラルが居座っていたのか。しっかりと、明白な理由をもって、その選定が意味をなしていたのだ。

 シェルデンの魂による力は、単純な『洗脳』ではない。他者の深層意識を覗き込み、その根源に語りかけることにより、思考を捻じ曲げる。ペテン師まがいの言葉巧みな有象無象により、深層意識は操り人形となるのだ。

 そう。他者の深層意識を覗き込む魂を持つシェルデンは、アストラルの中に眠る起源魂オリジンソウルを発見していた。だからこそ、都合の良い戦力として扱われていたのだ。

 アストラルの根幹に眠る、未だ目覚めないその力。自身が認められていないような、むず痒い感覚が包み込んでいる。信念の元、彼自身がすべきこと。そんなものはとうに分かっているつもりなのだが。

 

 ギガノスを、跡形もなく潰したい。消し去りたい。同じ想いを宿した仲間が集い、決戦に身を投じて尚、アストラルという男にその力は微笑まないというのだろうか。

 などと、舌打ちと共に思考から吹き飛ばす。今は相対するルノウに勝つことだけ、それだけを目的に、弾切れを今か今かと待ち続けている。

 走り回る視界に、一つの影が見える。足場代わりに生み出した剣が次々と爆破を連鎖して、橙の空虚から逃れるシズクの姿が見えた。出鱈目な魂を持つとはいえ、人間の可能域で動いているのだ。影を追う爆風は、すぐにでも追いついてしまうだろう。

「シズクッ……‼︎」

 『迅雷ハタタガミ』の舞う進路を三十度程度傾け、爆風から逃れようと足掻くシズクの片腕を掴み、そのまま抱え込んで更なる距離へ。鎖の射程を抜けるが、爆風は未だ追うばかり。しかし、何故か。いつもより身体が軽く、見える景色すらも変わっている気がした。

「悪い、助かったよアストラル」

「……いや、助けられたのは俺の方だ」

 凄く、簡単な事だったのだ。すぐそこにあったはずなのに、何故か気付かなかった。それ程までに、ギガノスへの憎悪に支配されていたという事だろう。

 己を縛っていたギガノスへ、復讐をしたい。それではなかった。何故ギガノスに憎悪しているのか。疑いの根本に、それはずっと座っていたのだ。

 

 失いたくないから。仲間も、居場所も、未来も。

 この力は、破壊ではない。守護のための力だ。

 

「シズク。頼みがあるんだが、いいか」

「どうした、いい策でも浮かんだか?」

 シズクの扱う『起源魂図鑑オリジンソウルずかん』は、かなり有名な書籍である。いつだったか、幼少の頃、アストラルはその本を手に取ったことがあった。

「確か、二十八ページ。俺の魂に似てたから、覚えてる」

 穴が開くほどこの図鑑を読み込んでいるシズクは、その数字だけで、アストラルの真意を見極めた。

「……気をつけろよ」

 アストラルは抱えていたシズクを地に降ろし、二体二を向かい合う。ルノウとサニアが合流してしまったが、これからの作戦には都合がいい。

「……頼んだぞ」

「あぁ。ところで、ソレは『迅雷ハタタガミ』じゃなくなったんだろ。名前は?」

 潰すための力ではない。守るために潰す力。従来の『迅雷ハタタガミ』を遥かに超える速度、放電量、電圧、何もかもが、常識を逸脱しているようだ。

起源魂オリジンソウル麒麟きりん』」

 鎖も、爆発も、何一つとてこの身体に追いつくことはできない。瞬時に消えた影を追い、ルノウとサニアは首を回し始める。だが、それもまた無駄に等しい。この速度に追いつける奴など、一匹の白い虎程度しか心当たりが無いのだから。

古代起源魂エンシェントオリジンソウル雷切らいきり』」

 シズクが、『起源魂図鑑オリジンソウルずかん』から一本の剣を取り出す。その刃こそが、この戦いを決する鍵となるのだ。

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