第33話 最後の幹部

 見えざる敵の素性を目指し、白虎の脚は乾いた大地を蹴り飛ばして進む。あらゆる虫の力を操る、ベルフェゴゥルと相性が良いのは紛れなく、解毒の力を有するミヤビしかいないだろう。

 飛来した方向から見るに、恐らくこの城の上階にいる可能性が高い。早々に処理ができれば、合流ができそうだ。

 城の戸を蹴破り、エントランスへ滑り込むように。弧を描くよう、巨大な螺旋が壁に沿うようにして、馬鹿のような広大の空間を作り上げていた。出迎えるように、眼前には雑兵が矛先をこちらに向けて威勢の良い姿を並べている。

「おっと、出迎えご苦労様だね」

 三十人程度といったところか。本拠地の門番としては、随分とナメられたものである。

「『白虎びゃっこ』」

 アストラルの『迅雷ハタタガミ』に匹敵する速度、というのも、ミヤビの根幹にある能力であり、これは決して『白虎びゃっこ』の由来ではない。ミヤビの生まれ持った能力と、宿った魂の相性が度を超すほど抜群だったのだ。

 純白の虎は、姿を消す。標的を見失った雑兵は視界を回転させ、ミヤビの影を追うが、入り口に近い方から順に、次々と鮮血を吹き出して倒れ始めていた。雑兵は誰一人とて、獰猛な虎に喉笛を掻き切られていたなどと気付くことすらしていなかった。

「さて……雑魚は片付いたけど、どうしよっか」

 振り返るミヤビが向けた視線の先、螺旋階段の手摺にだらしなくもたれかかる、一人の男が奇妙な笑みを見せていた。両手を空に投げ出し、ぷらぷらと揺らして惨状を楽しそうに眺めている。

「いやー、俺は別に良いんだけどね。ゴミ何匹並べても期待できねーっしょ?」

 塵芥と化した雑兵の群れを指の先で示して、もう片方の手は頬杖をつく。その姿の後方に、大きな窓が聳えていた。大型、あの位置からアストラルを狙撃していたのだろう。

「君が最後の幹部……ベルフェゴゥルかな」

「そうそう。大正解」

 ベルフェゴゥルの背後に姿を見せる窓を覆い隠すよう、巨大な蝶の羽が背景を覆う。手摺に脚を乗せ、ミヤビへ向かって飛来を始めた。後衛部隊の三人、全員がそれぞれの幹部と交戦を開始する。

 地を削るよう、ベルフェゴゥルの脚がミヤビの立つ位置へ蹴りを飛ばす。変形した脚は棘を携え、後肢脚の形を作り脚の力を増幅させているようだ。やはり、あらゆる虫の力を操る魂というのは、毒だけに限ったものではないのだろう。バッタやイナゴの類だ。

「やっぱ早いなぁ、起源魂オリジンソウルは」

「虫が虎に勝てると、本気で思ってる?」

 逆関節を形作るベルフェゴゥルから飛ぶ脚技をしっかりと見切った上で避け、その隙を探り爪を捩じ込む。しかし、それだけではないだろう。全世界に存在する虫の種は百万を優に超える。それぞれに個性を持ち、特有を持つものもいる。それらを全て理解などとうてい出来るわけもなく、いついかなる隠し玉が奴の手にどれだけあるのか、それ次第で戦型は大きく揺れる。

 ベルフェゴゥルの振り翳す左腕、肘の辺りから、蠍の尾に似た何かが飛び出す。畝る黒色の先に鋭利な針を構え、拳と共に飛来する。恐らくこの蟲男は、ミヤビに備わるもう一つの能力、解毒を知らない。だからこそ、この手段を選んだのだろう。

 先ほどからの攻撃、全て簡単に避けられる。しかし、微々たるダメージでベルフェゴゥルを欺けるというのなら、わざと食らうのもまた一興。吉と出るか、凶と出るか。

 防御の姿勢で構えた右手の甲に、蠍の針が触れる。何かが身体に注ぎ込まれるような感覚を得るが、それすらも『白虎びゃっこ』は早々にして解毒を始める。ミヤビの血管の中に佇むそれは、秒程度で害のない異物となった。

 神経毒。致死率は六十パーセントといったところか。所詮白虎の前では、ソフトドリンクである。

 

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