第25話 ほめてくれたよね
六人目の幹部、シークとの邂逅。レクトの助けを借りて人数の利を得ているが、ココロを人質として獲られている以上迂闊な行動はできない。
「……コイツらを誘き寄せるための人質か?」
レクトは問う。フロウズ死亡から時間が経っていることもあり、やはりベルフェゴゥルの策が失敗したと察したギガノスが新たな刺客として送り出したのが、このシークである可能性を見ている。
「違うよ、私の個人的な理由。ギガノスは何にも関係ない」
一連に、驚き口が開いたままのココロ。日記に書かれた通り、友人などと騙されていたのだ。彼女自身、ギガノスへの恨みも深い。
「なんで……⁉︎それじゃあシークちゃん、ずっと騙して……」
「違うって、ギガノスは関係ない。私がココロちゃんの事大好きだから、こうしてるの」
確か、レクトの姉が殺されたと聞いた時も、ギガノスとは無縁の、シーク個人による私利私欲によるものと語っていた。それに類似する、何かしらが根幹にあるのだろう。
「私は、私の事を好きになってくれる子が好き。私の好きなものを好きになってくれる子も好き。ココロちゃん、初めて会ったとき、ココアのこと褒めてくれたよね。だから、私の好きなココアを好きになってくれるココロちゃんのことも好きなの」
果物とナイフがテーブルに落ち、チープな金属音を立てる。シークはココロの頬に手を当て、愛撫するよう身体中を滑らせていく。鎖が、連鎖するようにまた金属音を鳴らしていた。
そんな光景の最中、真横から小さな声が聞こえた。レクトによる作戦の伝達である。
「ライア、少し時間がかかるが、俺が重力で鎖を潰す。あの子が解放されたら一気に畳みかけるぞ」
あのときフロウズが一瞬で潰れたのは、身体に入っていた骨がほとんど無かった故らしい。起源魂の力といえど、金属を潰すには少し時間を要するという。その一度しか訪れぬ好機を逃さぬよう、眼前の光景に歯を食いしばり眺めるばかりだった。
「嬉しかったんだ。ココアはちょっと間抜けな子だから、褒められたことなんてなかったの。でもココロちゃんは、言ってくれたよね」
シークは、ココロの身体から離れる。両手を合わせ、眩しいような笑顔を見せていた。
「『名前が似てるね』『可愛いね』『美味しいね』って」
ココロの日記に書かれた、ココアという存在。今まで一切の気を止めず、関係のない第三者と捉えていた。だが、今までの会話の脈絡。ここに至るまで見た、とある物。
絶望の糸が、繋がった気がした。
ココロが、声にならない嗚咽を溢していた。なんで、どうして、そんなことを言っている様な気がした。恐らくココアはシークの飼い犬、そして、レクトの呼んだ狼が見つけた物——
響く声は、途端に止まる。代わりに、ココロは喉の奥に秘めた物体を地に返し始める。椅子に縛られたまま、膝を吐瀉物で濡らしていた。
「あー、だめだよココロちゃん、全部食べなきゃ。ほら」
シークは、ココロの膝を染める胃の中身を鷲掴みにして、ココロの口へ次々と突っ込む。苦しみに支配された声が、廃墟の壁を反射していた。
ふと、ココロを縛る鎖が場の音を掻き消すよう地に叩きつけられる。立ち上がるココロは、暴挙を貪るシークを跳ね除けて二歩先へ走っていた。
「始めるぞ‼︎」
レクトの合図に、眼前を向き直る。だが、想像もしていない展開が、我々の身体をその場に縛りつけた。
テーブルの上へ乱雑に落ちた果物用ナイフが、ココロの手に握られている。その刃を一点の悪鬼に向け、振り翳していたのだ。
「なんで……‼︎シークちゃん、友達になっでぐれたんじゃ……‼︎」
果物ナイフは、シークの脇腹を掠める。ココロが初めて、刃を握り人へ向けたのだった。
ココロは、自分の吐瀉物に足を滑らせその場へ倒れ込む。荒い息を溢すその姿を覆うよう、シークの影は佇んでいた。
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