第24話 『玄武』
仮に、ココロの日記に書かれた名が赤の他人であったとしても。レクトからの話を聞き、それを慢心して見逃すことは出来ない。
「……場所は分かるのか?」
「分からない。だが、絶対に四番街のどこかにいるはずだ」
この広い街の中、探す術は見当たらない。もし手がかりを知るというのなら、彼の力が必須なのだ。
「着いてこい」
レクトは、確信を得たような顔をしていた。この街にいる、その情報だけで、何を見たというのだろうか。言われるがまま、レクトの背を追い走り出す。少し街外れの、木々が生い茂る方向へ向いていた。
「目星は付いてるのか?」
「これから探す」
建物が段々と減り、地面が煉瓦から土に変わる。整備の行き届かない、自然の前に立つ。レクトは土に掌を広げ、呟いた。
「……来い」
呼応するように、繁茂する緑が揺れる。その先から、一匹の狼が飛び出してきた。本来このような街中に居るはずもない、どちらかというとモンスターに分類される種である。
「よし……この辺で一番濃い血の匂いを探してくれ」
レクトの言葉に、一言吠える。狼は鼻を動かし、その道を探り始めた。どうやら、言葉が理解できるらしい。
「レクトの飼い犬か?」
「いや、野生だ。俺の
まさか、起源魂を持っていたとは。フロウズとの戦いに持ち出した重力を操る力すらも、膨大な力の一部だったという事だろう。眼前の底知れぬこの男の正体が見えなかった頃、もし敵対していたなら、果てしない苦戦を強いられていたかもしれない。
「行くぞ」
狼は、この街に蔓延る一番濃い血の匂いを見つけたそうだ。シークに関する話を聞く限り、奴もベルフェゴゥル同様、殺人に躊躇はないという。その概要を知れば知るほど、ココロの安否だけが懸念される。
狼の後を追い、数分程度。新緑は深まるばかりだが、少し開けた地に終着点が見えた。
「これは……」
土を黒く染め、辺りに散乱する乾いた鉄の匂い。レクトがフロウズを潰した、あの光景によく似ている。ただ一つ決定的な違い、その残骸は、しっかりと姿を残していた。
「犬の死骸……?」
「明らかに人間の手が入ってるな。野生動物の仕業じゃねえ」
乱雑ながらも、刃物で抉られたような痕がそこかしこに見てとれる。眼前の切り込みは、獣の牙でどうにかなるような繊細さではない。そもそも、まだ街に近いこの地にそのような肉食獣がいるとも考えにくいのだ。
「ライア、あれを見ろ」
そういえば、レクトに名乗った記憶はないなとふと思い出す。どこで聞いていたのだろうか。いや、一つ心当たりはある。フロウズとの決戦後、あの気まずい道中にカルトレアが呼んだのを聞いていたのだろう。
くだらない思考を払いのけ、レクトの指す方向へ視線を向く。十字架が木々を突き抜け、佇んでいた。あんなものが一番上に付いている建物など、教会以外ありえない。
木々に阻まれ存在は見えていなかったが、距離はそこまで遠くない。少し走れば、すぐに辿り着いた。
迷いなどなかった。既に、胸中は嫌な予感に埋め尽くされていたのだ。久しく会った家族が、今まさに危機に晒されているかもしれないと。感情を力に、目一杯木製の戸を蹴破る。薄汚れた外見から、既に廃墟と見て躊躇はしなかった。
「あれー、お客さんですかぁ?生憎男には興味ないんですけど……」
牧師が立つ筈の、聖堂の先。果物にナイフを当て、皮を剥く少女。その真横、チープな木製の椅子に鎖が巻きつき、その姿を縛っていた。
「ライア……⁉︎」
紛れもない。ココロがそこに、佇んでいる。身体を縛る鎖以外は特に何もない、外傷も見て取れず、ひとまずは間に合ったというところだろうか。
「ココロちゃんのお友達かぁ。でも残念、ココロちゃんは私のものだから、邪魔しないで貰えるかな」
レクトが東一番街で見せた紙に書かれた特徴と、一致する。紛れもない、奴がシークだろう。
右の方向を向く。そこに見えるレクトの顔が、問いに対する答えとなっていた。
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