第16話 東一番街にて
行手を遮るように生い茂った緑は段々と姿を薄くする。所々に畑や田を見つけ、少しずつ人が姿を見せ始めていた。エルガノン東一番街を眼前に、田舎特有の香りを感じながら脚を進める。
「一番街で休憩していくか」
「そうだな」
カルトレアの提案に、賛同を挙げる。
ベルフェゴゥルの毒によって、我々は死亡したとギガノスは考えているのだろう。いずれ死ぬと慢心して、奴があの場を離れたお陰でミヤビに救われたのだから、ベルフェゴゥルの適当な甘さに感謝するしかない。
しかし、恐らくギガノスはエルガノン侵略の機会も疑っている筈だ。街に入れば、何処に奴らの偵察が居てもおかしくはない。
街に入ると、先程までの過疎した地域からガラリと変わったように、大勢の民間人で賑わう活気のある世界が広がっている。見渡すほどに食物の並ぶ店頭が延々と続き、農林水産の国と語るに相応しい光景が眼に映っていた。
適当なカフェテラスの一店に腰をかけ、カルトレアと向かい合うようにしてメニューを眺める。ザスディアではあまり見なかった料理の名がびっしりと記述されており、やはり他国に来たのだと実感させられる。
双方、適当な飲料を注文して、それらの到着を待つ。景色を眺め、ゆったりと暮らすのも久しい気がしていた。
ふと、隣の席の人物が立ち上がり、こちらに椅子を寄せて座り込む。アストラルと同じくらいの歳をした、何処にでも居そうな青年だった。エルガノンの常識に理解がないので、この行為が日常的なものなのか、青年特有のスキンシップなのかは解らなかった。
「お二人さん、外国の人だよね。どこから?」
「……元ザスディアだ。ギガノスのお陰で行くアテがなくてな」
馴れ馴れしい青年に、カルトレアはため息ひとつと共に言葉を返す。
「なるほどね、ギガノス絡み」
「それで、何の用だ?悪いが宗教なら入らんぞ」
きっぱりと、先手を打つ。やはりどの世界でも宗教勧誘はこう、胡散臭い馴れ馴れしさからはじまるのだろうか。
「あぁいや、そういうんじゃないんだけど」
青年は、鞄から一枚の紙を取り出す。和紙に似た外見の、たまに見る素材だ。丸められた紙が全貌を見せると、乱雑な人の顔が描かれている。
「コイツを探してるんだよ。外国の人ならなんか知ってるかと思って」
絵では情報があまりにも頼りない。女であること、それ以外の概要が心許なさすぎるのだ。隅々まで見たところ、この青年が手書きしたものと捉えるのが妥当だろうかという乱雑さを秘めていた。明らかに、素人のクオリティだった。
「お前の身内か何かか?」
カルトレアは、問う。それに対して青年は虚しさを映すような顔を一瞬だけ表し、元の表情を作っていた。
「いや……ただの仇だ」
「仇……?」
「あぁ。俺の姉さんが殺されたんだよ、コイツに」
戦慄。カルトレアの、地雷を踏み抜いてしまっただろうかと不安を見せる表情がこちらを向く。
「すまない、気を悪くさせたな……」
「いや、俺から聞いたんだ、気にしてない」
快い言葉が返ってくる。そんな会話の背景で、注文しておいた珈琲が二杯分、店員によって届けられた。
「一応、コイツの概要もう少し聞いてもいいか?」
届いた飲み物を見て、自分の席に戻ろうとする青年を引き止める。兄弟を失うことの辛さは、よく知っているつもりだ。出来るなら、力になりたいのだ。
「この女の名は『シーク』だ。頭のネジが抜け落ちてるなんてものじゃない、ただの怪物。コイツは多分まだエルガノンに居る、お前らも気をつけろよ」
そう言い放ち、紙をカバンに詰め込んで肩に掛ける。そのまま、伝票片手に店のカウンターへ向かって行った。
見届ける横で、届いた珈琲を一口。旅の疲れに乾いた喉は、歓喜の声を挙げていた。
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