第二章 エルガノン編

第14話 刺客

 荷物をまとめ、図書館を後に。鬱蒼と繁茂する木々を潜り、同じような光景を延々と進み続けた。国境を越えたのかどうか、それすらも分からないほどに変わらぬ景色が視界を過ぎていくばかりだった。

「明日には着きそうだな」

「あぁ。だが、陽が登った事でシェルデンとブラキュールの死亡がギガノス中に知られた筈だ。俺は裏切り者として、カルトレアはまた標的として追われていてもおかしくない」

 アストラルの言葉に、改めて、ギガノスの全てを敵に回したのだと痛感する。両親、そして国の仇と思えば戦う理由としては充分だろうが、やはり質より量、全面戦争となれば勝ち目があるとは到底思えない。

「そうだ、洗脳されてた時の記憶があるなら、兄貴は他の幹部の情報持ってるんじゃないか」

 避けられぬ戦いを前に、できる事はしておきたい。事前に敵を知る事で、新たな活路が見つかるかも知れない。

「しっかり覚えてる。幹部は俺含め全員で八人、シェルデンとブラキュールが消えた今、残りは五人だ」

 ギガノスは、国王の側近を既に三人も失っている。しかし奴らが同等の実力を持つと考えれば、一斉に来た場合の対処が確実にできないだろう。

「残り五人、か」

 未だ、脚を止めず新緑を越える。街明かりも見えぬまま、草を掻き分け歩くだけ。所々から、月の明かりが注いでくれる。それだけが、道標のように方角を示していた。

 ふと、カルトレアの脚が止まる。頭を掻き、怪訝な表情を浮かべていた。恐らく、青龍の力で何かしらの未来を見たのだろう。起源魂青龍の概要を知らないアストラルは、その行動に首を傾げている。

「……どうした?」

「いや、なんでもない。迎え打つ準備だけしろ」

 下手な行動は、那由多を越える数の可能性を生み出し、正しい未来を見失うだけ。それならば最初から、見えた未来を受け入れて対処すればいい。

 三分、いつも、カルトレアによる予言の間に流れる空気は、異様に心臓を締め付けるようだ。

 カルトレアの抜いた藍色の刃が生んだ斬撃が、頭上を覆う。金属音を自然に反響させ、その正体を周囲へ散らせた。

 針。ブラキュールのものに似ているが、血などではない。なにか、もっと人間の根幹にある恐怖を生み出すような、そんな不穏さを纏っている。

「アストラル、奴は何者だ⁉︎」

「多分一番ヤバい奴が来た。一撃食らったら死ぬと思え」

 アストラルは告げる。幹部の中で、一番危険な人物であると。針の出所、はるか上空。月を背景に、大きな蝶の羽が佇んでいる。

「フランクリン……いや、今はアストラルか。こんなとこでなにしてんのー?んん?」

 爽やかな顔をした青年が、蝶の羽を背負い構えていた。先程の針の群れ、蝶の羽。そして根源的な恐怖とは。

 恐らく『あらゆる虫の力を使う魂』だろうか。人工物ではない、虫の一部が持つ針というのなら、散乱するこれらに対するわけの分からない畏怖にも納得がいく。

「ベルフェゴゥル……テメェ殺す気で来やがったのか」

 ベルフェゴゥル。先ほど告げられた残り幹部五人のうちの一人と考えるのが妥当か。殺す気、ということは、あの針は何かしらの毒を持っていた可能性が高い。

「当たり前じゃーん。シェルデンとブラキュール殺されたし、アストラルは裏切り者だし、殺さない方がおかしくね?」

 繰り返すようだが、一番危険な敵。恐らくかすった程度で死に至る毒と、それを躊躇せず撃てるその冷酷無比な性格。双方を併せ持つこの男ベルフェゴゥルを眼前に、我々は何ができるだろうか。

 

 否、何もできない。

 先程カルトレアの弾いた毒針が、突如として移動を始める。まるでそれぞれに意思があるかのように、それは人間の目で追うのも難しい程までに。

 背後から、ちくりと痛みを感じる。じわじわと焼けるように、その部位を中心として身体を蝕み始めたのだ。想像を遥かに超える、激痛の雨に打たれるように。

 視界が段々と消えていく。耳には、アストラルとカルトレアの絶叫が響く。

 月明かりが刺殺するように、我々を照らす。突然の絶望に支配され、段々、思考すらも動かなくなっていく。

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