第11話 血の使い手

 焼け焦げた香りを纏うブラキュールの姿が、ゆらゆらと立ち上がる。怒りに満ちた眼差しを向けるが、それはこちらも同じであろう。

「テメッまさか洗脳が……」

「あぁ。俺の唯一の家族が助けてくれた」

 返答を漏らすアストラルは、ブラキュールの首元を掴み、脚を払って宙へ投げる。こちらへ向かい落下するその姿に、シズクから受け取った刃を突き立て構える。

「糞がッシェルデンの野郎何の仕事もせずに死にやがったのかぁ‼︎」

 ブラキュールの身体を覆うように、赤黒い液体が集まり半球を造る。カルトレアへの初動攻撃、ココロを人質にした『血を操る魂』だろう。

 金属の擦れる音が響く。血を固めただけの盾に、どれだけの強度を有しているというのだろうか。やはり幹部級、一筋縄で戦える相手ではない。

 盾の前面より、鋭利な形をした血の弾丸が飛び出した。その動きはあまりにも精密に、ホーミング弾の様にこちらを狙い、同時に、アストラルの方向にも飛散していた。

 ブラキュール本体を覆うドームを相手にしながら、この数を捌き切る事は恐らく出来ない。加えて、恐らくあの時のように液体となって物理を無効化する可能性すらあるのだ。

 いや、一つだけ、捨て身ながらの策があった。脳に浮かんだそれは、己の力でどこまでが可能なのか、それすらも分からない賭けだった。

「『黒焔こくえん』」

 こちらもブラキュールと同じように、自身の前面に焔で壁を作る。ゆらめく焔に防御の一手は無いが、これが最も簡単だろう。

 相対するブラキュールのドームから刃を離して、一歩引き下がる。それでも尚こちらに標的を捉えた血の弾丸は、焔の壁を通過した。当然燃え尽きたりなど、そんな都合のいい事は起こらないが、これでいい。

 七発。こちらを襲った弾丸は七発。あの時ココロを守れなかったのは、血が液体だったから。ブラキュールの魂は、簡単に弾かれないよう直撃する瞬間まで液体をキープし続けているだろう。だがそれなら、こちらから変えて仕舞えばいい。

 

 遥か遠い世界、医療が安定していない戦乱の時代。先人たちは、四肢を飛ばし、それでも尚国のために戦った。その時に、用いられた応急処置がある。

 『焼灼止血法しょうしゃくしけつほう』である。

 死を眼前にした戦士に施される、苦渋の延命法。欠損部を焼き、血液中のタンパク質に起こる熱凝固作用で傷口を塞ぐ。

 当然、火傷や傷口からの感染症等により、命は保証されないのだが。

 その作用を上手く使うことができたなら。魂の性質は分からずとも、血を操るというのなら、元々人間に流れる血の性質には相違ない。

 重力のまま落ちゆくブラキュールのドームが少し肩をかすめるも、大きな傷ではない。そのまま体制を立て直して、こちらへ向かうホーミング弾へ剣を振り翳した。

 きぃん、と。確かな感触を得た。焔の壁を潜り抜けた時点で血の弾丸が凝固していたとは、ブラキュールも思うまい。

「何だとぉ……⁉︎」

「残念だったな、お前は俺と相性最悪みたいだ」

 少し、勝利への希望が見えてきた。そんな事を考え、眼前の男と再び向き直り戦闘の再開を待つ。しかし、唐突に、ブラキュールの下品な笑い声が届いていた。

「あー……めんどくせぇ。よし決めた、あのガキ殺そう」

 ブラキュールは耳に小指を突っ込み、口角を歪ませ鼻で笑う。

「なんだと……」

「おーん、いやでも悪いのお前らだしなぁ……カルトレア、説明してやれ」

 アストラルに介抱され、部屋の隅にて佇むカルトレアに言葉を投げかける。ブラキュールの真意を、師の口から聞くことになる。

「ココロの首を絞めた血の塊、あれは未だ付着しているそうだ。悔しいが、ブラキュールはいつでもココロを——」

 諦めのような、自己犠牲の言葉が見えた。カルトレアがどれだけココロの事を想っているのか、そんなもの、手に取るように分かる。

 だが、カルトレアは知らない。それもまた、逆転の一手である事を。

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