第12話 黒電話音は営業職が割と多い(ような気がする)
ーー僕は急に足元から冷たい雪が逆に降り注がれるような感覚に陥り、立っているのが辛くなって、作業をしていた机の前に座り直した。
目の前のデスクトップPCにはコーディング中のプログラムが表示されたままで、さっき中断した最後の行で、白いカーソルが点滅しながら僕からの次の会話を待っている。
僕は、“まさか”と思いながら、新規の画面を立ち上げて検索バーにカーソルを置く。
名刺を見ながら、記載されている会社名と住所を打ち込む。
オフィスの棟番号まで入力した所で、
『リリリリリリリンッ、リリリリリリリンッ』
と、昔の黒電話音に設定している僕のスマホが着信を知らせた。
そこに表示された登録相手の名前は、
『 K企画 鈴木 太郎 』
鈴木さんだ!
僕はパァツと胸の内に広がる雲が開けるような思いで、スマホを取った。
「もしもし!すみません、何度も。あの、ちょっと確認したい事がありまして」
『…もしもし、ゴホンッ、…あー、どうも、初めまして』
堰を切ったように電話に出た僕に対して、明らかに聞いた事の無い相手の男の声は、かなりの温度差を持って挨拶してきた。
「??あれ、あ、鈴木さん…では、無いんで、しょうか…」
僕はうろたえた。
またゴホンッと咳払いをする音を挟んで、相手が話す。
『すいませんね~、鈴木は異動になりまして…急な事なんで、連絡が間に合わなくて、ねぇ。今度から私が担当させて頂きます。“ 田中 次郎 ”と申します。電話口で申し訳ないですが、ひとつ宜しく』
鈴木さんよりはかなり年上のような重たく低い声の相手は、何だか横柄な態度を感じさせる独特のリズムで喋ると、おかしくも無いのに<ムフッ、フッ、>と笑うような息遣いをした。
『…それで、どうですかね、進捗状況は…』
やはり上から目線の相手の話し方にちょっと嫌な感じを覚えたが、取り敢えず片手でマウスを操作してプログラム画面を選択し、コードを見ながら確認するべき点を話した。
『あー、はいはい、そいじゃ今、別の者に変わりますね』
僕は < エッ!! > と言う思いのまま電話を待つと、程なくまた別の若い男が電話口に出て、さっき話した事をもう一度最初から話す羽目になった。
今度の男はちゃんと内容が分かるようで、確認事項と改善点まで意見を貰って安心した。
しかし、専門的な話が終るとまたさっきの<田中さん>に変わってしまい、
『んー、じゃあ、順調みたいなんで、頑張って。納期は○○日だからね、あと何日も無いよ、しっかり頼みますからね』
と、更に上からな感じの物言いでまた変な笑い声を含んで勝手に電話を締められた。
僕は作業に対しての疑問点は消えたが、それ以外の疑念と苛立ちで頭がいっぱいになってしまった。
マウスを操作し、さっきの検索画面を選択して< enter >を押した。
そこに表示されたのは、名刺に記載されたのとは全くの別の企業だった。
“…だから、どういう事なんだよ…!”
僕はもう頭がこんがらがってしまって、たまらずシュンに電話した。
『…お、おっつー…』
シュンはいつものテンションでは無かった。
寝起きだったんだろうか、と思い僕は構わず話した。
「あのさ、こないだの鈴木さんって人、異動になったらしいんだけど、何か聞いてる?僕がさっき電話したら全然違うオッサンみたいなのが出てさ、それで俺、ちょっと調べたんだけど、あの会社…実在しないみたいなんだけど?…どういう事なんだ?…お前、何か知ってるんじゃないのか?」
『……』
一気にまくしたてた電話の向こうで、シュンの何か気だるそうな鼻息しか聞こえなかった。
「…おい、何か知ってるんじゃないのかって、聞いてるんだよ?」
『…知らねー。俺っちが知る訳ねーじゃん…てかさ、今ちょいメンドい時なんで、後にしてもらってい?』
「!…知らない、って、話を持ってきたのはそっちなのに?」
『…っせーな…いいから早く仕上げちまえよ、納期守んなきゃどのみち何もなんねぇんだろ?金も入んねぇし…んで俺ぇ、今ちょいムリなんで、わり。またな』
そう言って、シュンは電話を切ってしまった。
流石に頭に来てもう一度リダイヤルしたが、すぐに切られてしまった。
何なんだ、何なんだ、なんなんだ一体!!
僕の周りの何もかもが、一気にどんどん信用出来なくなった。
でも、もう後戻りは出来ない。
契約書は交わしてしまったし、とにかくさっさと納品して金を貰ったらそこで終わりにしようーーーーそう心に誓って僕はプログラムの完成を急いだ。
かいあって、納期より少し早めに仕上げる事が出来たので、早速例の<鈴木さん>の後任だと言う<田中さん>にメールを送り、一応一緒に契約を交わしたシュンにも連絡をした。すると今度はこないだとは打って変わって二人からの返信は早かった。
そして遂に納品の日。
メールで指定された場所に行くと、今度は別の喫茶店だったがその店の前には背の高いニット帽を被ったイケメンが立っていた。
シュンだった。
「…よ。トモっち…おっつー」
少し伸びた髪の毛が帽子からはみ出してるが、そんな適当さ加減も絵になって、まるでどっかの雑誌のモデルみたいだった。少しまた痩せたみたいで、それもまた彼のバランスの良い身体のラインを綺麗に出していて、悔しいけど格好良かった。
対照的に僕はと言うと、休み中ずっと机の前に噛り付いてプログラミングしていたので、腹が減ったら適当につまめるお菓子ばかりで食事を済ませてしまっていたせいか、気にはしてなかったがどうやら少しふっくらしたようだ。
シュンが背にするショーウインドーに映る二人の姿の落差にゲンナリしながら、僕も軽く手を振って彼に近付いた。
「…やあ。…元気してた?」
「…まぁそこそこw …てか早く入ろ。
何だかやっぱり元気が無いように感じたが、こないだの電話から何となく気まずくてそれ以上会話も切り出せず、そのまま無言で二人とも店に入った。
僕らが店に入ると店員が「いらっしゃいませ」と言いメニューを持って近付く前に、グレーのジャケットを羽織った茶髪の若い男が客席からツカツカとやって来た。
「伊能さんと
と言うと、目をパチクリさせている学生アルバイトのような女の子を押しのけて、僕達を目的の席へと手で案内した。
その声には聞き覚えがあり、もしかして前に<田中さん>と電話を代わり、僕と具体的なやり取りを交わした相手では無いかと思った。
声だけでやり取りした時はソフトな印象だったが、実際に見ると意外にゴツイ体格で鋭い目付きをしていた。
通された席は壁際にある四人掛けのテーブル席で、その奥の席にガッチリした体格の四十過ぎ位の男がホットコーヒーを目の前に両手を膝に置いて座っていた。
僕らを目の前にすると、ちょっと面倒そうに椅子の背に片手を付いて立ち上がり、固い笑顔で挨拶をした。
「ああ、どうもわざわざご足労頂きまして。私が<田中>です。名刺はちょっと今、切らしてまして、すいませんね」
そう言ってまた<ムッフ、フ>と咳をするような笑いを挟んで僕らにも椅子に腰掛けるように促した。
店のアルバイト店員が近寄ると、先にグレーのジャケットの男が僕達に飲み物を聞き、寒かったので二人ともホットコーヒーでいいと言うと、店員に『同じものを』と伝え頼んだ。
「…それじゃ、早速納品をお願いします」
コーヒーが来ると口も付ける前に<田中さん>はそう言い、僕は砂糖に伸ばしかけた手を引っ込んで、鞄から封をした二重封筒を取り出して渡した。
その中には昨日何度もテストランをして問題の無い事を確認したプログラムの入ったUSBが入っている。
「……確認が必要でしたら、PC持ってきてるんでーー」
と、いつもの持ち歩き用のノーパソを取り出そうとすると、それをグレーのジャケットが手で制し、テーブルの下から僕のより薄いラップトップを取り出した。
封筒を小さなナイフのような物でスッと開くと、そこからUSBを取り出して慣れた手つきで外付けハブに挿して確認作業をする。
隣にいる<田中さん>は何もせずにただ見てるだけなので、本当にどうやら名前だけの担当のようで、変な気持ちになった。
「…これ、本当に君が作ったの?」
カチャカチャカチャとせわしないキーを叩く音が止んだ後、暫くじっと画面を見つめていたグレーのジャケットが唇を触りながら僕の方を向いて言った。
やはりこの声はあの時の人で間違いない、と確信を得た。
「…はい」
僕は頷いた。
何か問題があったんじゃなかろうかとドキドキしたが、そこでグレーのジャケットは隣の<田中さん>とアイコンタクトを交わした。
「ふむ」と頷いた<田中さん>はピチピチのスーツの内ポケットから封筒を二つ取り出しておもむろに僕とシュンの前に差し出した。
「…この度は、ご尽力頂きありがとうございます。こちら前金になりますので、お納め下さい。問題が無ければ残金は後ほど、それぞれの口座にお振込みさせて頂きます」
そう言って、座ったまま腰に手を付けて頭を下げ、グレーのジャケットも同じようにした。僕達もお礼を言って頭を下げ、そのまま封筒をしまおうとしたらグレーのジャケットに「この場で中身を確認して下さい」と言われて、袋を覗いて中身を見た。
そこにはザッと見で5ミリくらいの厚さがあり、恐らく50万円位入っていると思われた。こんな人前で大金を見てるだけで怖くなり、僕はコクコクと頷くとすぐに鞄の中にしまった。しかし、シュンの様子は違った。
中身を確認した後に顔を上げて<田中さん>を見ると、
「…これ、残金って今日中に入るんスか?」
と訊いた。
<田中さん>は顎を上げ、少し眉を寄せた。
「…本社に戻り次第、報告しますんで…経理には早めに処理するように伝えます」
重く低い声は有無を言わせないような圧力を伴っていた。
隣のグレーのジャケットが睨んでいるような気がして、僕は思わず肘でシュンを突いた。シュンは仕方無くそれで引き下がると、
「…分かりました」
と渋々承諾の言葉を口にし、それを潮に自称<K企画>の二人は立ち上がりテーブルの伝票を取って再度お辞儀をした。
「では、また何かありましたらお願い致しますので、宜しく。…振込みの件に関しても、どうかこちらからの連絡をお待ち下さい」
グレーのジャケットが二人分のコートを荷物入れから取り出し、<田中さん>の鞄も全て彼が持って会計へ進んだ。
店の外へ出ると<鈴木さん>の時とは違って、二人とも軽く会釈をしただけで僕達を置いてこの場を去ってしまった。
二人がいなくなって初めて、僕はシュンに言った。
「…なあ、こないだ電話でも言ったけど、この件って一体どこがどうなってるんだ?あの会社だって、本当は実体の無い所なんじゃないのか?もしかして、これ、ヤバイ事に巻き込まれたりとか…なあ、お前がこの話持って来たんならちゃんと教えろよ!じゃないと、今後は二度と協力しないからな!」
僕はたまらず彼に詰め寄った。
シュンは暫く黙ってそっぽを向いていたが、「…ハァ」と溜め息を吐くと、やがて諦めたように言った。
「…実は俺さ、……ガキがいたんだよね」
えっ
エエッ???
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