第11話 ↑ は?違ぇし、ロッドですが何かww


 「……」


 ここまでの話を、呉峡ごきょうには部屋の勉強机の椅子に座らせ、自分は畳の床にペラペラになった座布団を敷いて胡坐をかき、腕組みをして島根は黙って聞いていたが、ここでどうしても確認したい事があった。


「あの、すいません、…俺、あんまり詳しく無くてアレなんですけど…<アプリ>って言うのは、誰が作ってもいいもんなんですか…ね?」


 実はそもそも、島根自身には<アプリ>なるものがフワッとしか分かっていない。


 いつもスマホの画面にある<アレ>位しかイメージが湧かないのだが、それで合ってるのだろうか?--でもそれでお金になるってどう言う事なんだろうか?


 ましてや彼とミコトには<伊勢原 さとる>と言う、こちらもプログラムやゲーム・アプリ開発には長けた変態がいるのだが(まぁそれも正直島根には良く分からない)、彼がそれでお金を儲けているような話も、またそうしようとした事も全く聞かないので、いまいち話が結びつかないようだ。

 呉峡ごきょうに質問しながら、頭の上には小さなハテナマークが浮かんでいる。



「…通称、<恋愛ガチャ>ってチャットアプリ、知ってるかな?」



 ーー知っているーー



『ドクン』と心臓が強く打ち、島根は思わずビクッと身体を揺り動かした。


 何故なら、一般的に広く出回るのはあくまでメインターゲットが女の子に限定されていたが、少し前から『男の子ver.』もあるとの噂を耳にしていて、実際にクラスの友人が彼女から送られたと言うリンクを開いて見せて貰った事があり、自分もそれをスマホに送ってもらい、ダウンロードの仕方などをこっそりと聞いていたからだ。


 ーーまだ勇気が出なくて落としてはいないが今夜辺りやってみようと考えていた


        ----勿論、ハコちゃんとの相性を聞くつもりで。



「ーーあれを作ったのは、僕なんだ…」



 島根はポカーンと口を開けて驚いた表情のまま固まってしまった。

 今やメディアでも取り上げられるくらいの、全国規模で流行しているという噂の恋愛チャットアプリを、目の前に居る冴えないイチ高校生が作っていたなんて!


「…でも、今では後悔しているよ。何であんなモノ作っちゃったのか…」


 呉峡ごきょうは下を向き、膝を掴んで続きを話し始めた。




 ※※※




『 なあ、売れるアプリ作ってみないか?トモだったら出来る! 』



 いきなりシュンから送られたメッセを見て、どう返したものか考えてる所に、彼から着信が入った。


「ーーもしもし」


『----よっ、俺。おっつ~~☆』


「…あのさ、今くれたメッセってどういうーー」


『どうって、まんまだぜ?売れるアプリ作って稼がねーか?ってコト。トモだって前から商品化狙ってんだろ?』


「んー…商品化、とは少し違うかな。収益化を目指してるのには違いないけど、アプリだけでそうそう稼げるようなモノではーー」


『まぁ聞けよ。それがさ、見つけたんだよ!トモと俺にピッタリの案件をよ!』


 電話の向こうのシュンはやや興奮気味に話してるのが分かった。

 でも、ここで僕は妙な気持ちになったんだ。



 < トモと俺にピッタリの案件 >



 コレ、どういう事なんだろうって。


 そもそも、僕がアプリやゲームを開発をして収益化を目指してる、なんて話はしてはいたけど、そこに彼が関わる要素は今までに一切無かった。

 いつも隣で僕のプログラミングを見てはいたけど、『へぇ、すげーな、頑張れよ』ってレベルで、自分はスマホで彼女とか友達へのリプとか適当に回遊してるだけで、あくまでも他人事って感じだった。


 それが、なんでいきなり、まるで『一緒に稼ごうぜ』みたいなノリで声を掛けてきたのかなー、…ってさ。


 だから、本当だったらこの時点でこの引っ掛かる部分を突き出して、納得するまできっちり話を聞いて、そこから精査するべきだったんだ。

 でも、僕はもうその頃2年に進級が迫り、もう進路で医大に行くなら準備をする前の最終選択期間みたいな空気で、焦っていたんだ。


 今、何かしらアクションを起こさないとこの先の道はもう永遠に決まってしまうーーーー


 そんな焦燥感も手伝って、まずはとにかく会って打ち合わせしよう、となり、後日僕はとある場所に呼び出された。


 指定された場所に行くと、そこはビル中にある普通のチェーンの喫茶店だった。

 階段を上がって自動ドアが開き、中をぐるっと見渡すと先に来ていたシュンが奥の方から長い手を振って呼んでいたので、店員さんに『待ち合わせです』と言ってそっちへ行った。


 奥のボックス席にはやや緊張した面持ちのシュンが居て、その向かいには濃紺のスーツに黄色のネクタイをした感じの若い男の人が座り、二人ともアイスコーヒーを飲んでいた。

 僕が近寄るとその男はグラスを置いてスッと立ち上がり、ニコニコと愛想良く挨拶をすると、僕を一番奥に座らせるように、席から離れた。


 知らない人の隣の席は嫌だったけど、わざわざ席を立ってしまわれては嫌だとは言えずに、仕方なく奥の座席へ入った。

 腰掛けるとすぐに店員が来て水と紙おしぼりを置き、オーダーを聞いてきたので二人と同じアイスコーヒーを頼んだ。


 店員がその場から離れると、スーツの男は身体をこちらに斜めに向け、ケースから名刺を出してそのケースを下敷きにして、僕に渡してきた。



【  株式会社 K企画 


   関東地区IT開発部担当    

   関東支部部長        鈴木 太郎

   エリア統括マネージャー   Taro Suzuki

                         〒○○○-○○○

                         東京都○○区○○○町○○○-○○

                         ○○オフィス棟 G-17

                         Tel:○○-○○○○-○○○○

                         Fax:○○-○○○○-○○○○   】 



「どうも初めまして、私【K企画】の鈴木 太郎と申します。本日はお忙しい所にお時間割いてご足労頂き、誠にありがとうございます。」  


 そう言ってまた丁寧に頭を下げた。

 僕も名刺を一応両手で受け取って(確か片手はダメで、本当はなんかちゃんと受け取るやり方があったように思うけど、咄嗟には分からなかった)、


「あ、ど、どうも。あっ、えと呉峡ごきょう伴人ともひとって言います」


 と、覚束ない受け答えをした。

 就職したらこういう、所謂いわゆるビジネスマナー的な所作もいちいち覚えないといけないのかな、と思うと少し面倒に感じた。


 僕の分のアイスコーヒーが来た。

 今日は少し暖かいですね、お二人は冬休みですか、なんて他愛無い会話を鈴木さんとしている間に、ミルクとシロップを入れてコーヒーをストローですすった。


「今日のご用件なんですが」


 やがて空気が落ち着いた時に鈴木さんが切り出した。

 最初に会社の事業内容などを大雑把に説明したりと少し回りくどい表現もあったが、大体ザックバランに言うと、


『わが社の新しいジャンルを切り開くお手伝いとして、チャット要素を盛り込んだアプリの開発をやってみませんか?』


 という事だった。

 続けて制作の条件としては、


 ① AIチャットが流行の兆しを見せているのでそこはマストで組み込んで欲しい

 ② 無課金で楽しめるが、ガチャ要素を入れて欲しい

 ③ 無料で遊べるが、必ず基本情報を入力する項目を設けること


「特に③に関しまして、個人情報の問題などが昨今とみに騒がれてはおりますが、弊社としても今後のマーケティング的にここはどうしても!外せない所でして」


 鈴木さんはそこで苦笑いをし、『上司にも必ず!と念を押されてまして』と困ったような顔で額を叩いて笑ったので、僕達も釣られて少し笑った。

 清潔感の漂うサラッとした髪の毛は綺麗にセットされていて、前髪が上がった時に古い傷跡のような薄い線が見えたが、子供の頃にでも怪我をしたんだろうか、程度に思っていた。


 細かい仕様などは『あくまでも参考例ですが』と、何例か既存の占いアプリやマッチングアプリなどのスクショをプリントアウトしたものを見せられて、その場で僕も少し意見を出したりして、だんだんと気持ちが前のめりになって行った。


 鈴木さんは僕のちょっとした思い付きを受けて『それはつまり・・・』と、具体的に変換するのが上手く、今の段階では意見は小出しにしようかと思っていたが結局話が盛り上がり、そのまま小一時間くらいお互い意見を交わした所で、今度は契約書の写しを出してきた。


「まずは一読をお願いします」


 と渡されたその紙には、幾つかの誓約事項と共に、僕ら高校生にはおよそ似つかわしく無い金額が契約金として記載されていた。

 僕は驚くと同時に急に口の中が乾いてしまい、慌ててアイスコーヒーを口に含んだ。


 すると、足の先に何かが『コツ、コツ』と当たる。

 向かい側に座っていたシュンが靴の先で小突いている。僕が彼の方を見ると、


『 “ 受 け よ う ぜ ” 』


 と言う口の形をしてきた。

 僕の隣に座る鈴木さんにも当然見えたようで、こっちは『うんうん』とばかりに、にこやかに頷いている。


 金額に面食らってしまったが、どの道ここまで意見を出してしまったのだ。

 僕が作らなくてもアイディアを持ち帰ってそのまま他の人に作らせる事も有り得るーーーーそう考えると、俄然悔しくて勿体無い気持ちになって来た。


「・・・そ・・・うですね、それじゃ・・・」


 僕が曖昧な肯定の言葉を口にすると、素早く鈴木さんは契約書の本用紙を取り出して僕とシュンの前にボールペンと一緒に滑るように差し出した。

 この場で書かないといけないのかな、と僕はまだ迷ったが、シュンの方はもうペンを取って書き始めていた。


「はい、こことここにお名前を・・・住所はここで、あと、口座番号はお分かりですか?」


 など、鈴木さんにサインする箇所を指示してもらい、結局その場で僕らは二人とも契約を済まし、最後に「もう判子の時代でも無いんですが」と鈴木さんは苦笑いしながら朱肉を取り出し、契約書の名前欄の所にそれぞれの拇印ぼいんを押すように求めた。


 親指の平が真っ赤に染まって、鈴木さんが出してくれたティッシュで拭き取ったが赤い色は少し残っていた。


 無事に契約を済ませた鈴木さんは満面の笑顔で資料をしまい、サインをした控えをその場で茶封筒に入れて僕達に渡すと、三人分のアイスコーヒー代も一緒に精算してくれて、そのまま僕らも店を出た。


「本日は誠にありがとうございました。どうぞ今後とも宜しくお願いします」


 店の階段を降りきった所で鈴木さんは深々と頭を下げ、納期は必ず守って欲しい事や今後の連絡は名刺の裏にある携帯番号とメアドにお願いします、と付け加えて再度お辞儀をしてこの場を去って行った。


「・・・やったな、遂にトモっちのプログラマーデビューじゃん!ヒュ~ッ!!」


 鈴木さんの背中が雑踏に消えると、そう言ってシュンはハイタッチをしてきた(と言っても僕の方が背が低いから彼からしたらロータッチなんだが)。


「いや、まずは納期に間に合うかだよ」


 そう言って僕も笑ったが、契約書なんて交わしたお蔭で、まるで人生初のビジネスチャンスの成功を既に手にしたみたいで、胸の内はかなり熱くなっていた。


 二人ともこんな事は当然初めての経験で、しかも破格の報酬額を提示された事でかなり舞い上がってしまい、まだ実際に金を手に入れた訳でも無いのに、その後は焼肉屋に行き滅多に頼まない上等な部位の肉を惜しげもなくオーダーしたり、ほんのちょっとしか時間も無いのに水族館に行ったり、ゲーセンのクレーンゲームで絶対取れるまで挑戦する、なんて、普段は絶対にやらない無駄遣いをして遊び倒した。


 しかし、気持ちが大きくなっただけで財布の膨らみは出る前と同じなので、当然だが手持ちはあっという間に無くなってしまい、その日は二人ともいつもよりは早く家に帰ることにした。


「トモっち~!今日、引き受けてくれてサンキュな~!俺っちお前のジャーマネになるからさ、なんかして欲しい事あったらいつでも言ってくれよな☆」


「そうだな、仕事とって来たんだから立派なジャーマネだよねw それじゃ、またね」


 と言って僕達は握手して別れた。


 こうして僕は、念願の十分過ぎる報酬のあるアプリ開発に携わる事が出来てホクホク気分で帰ったんだけど、独りで電車に乗ってる内に冷静になった所でふと気になるのはこの話の出所だった。


 そもそもシュンが何でこんな話を持って来たんだろう?

 しかも割としっかりした会社みたいなのにどこで繋がりがあったのか?

 ーーよくよく考えるとおかしな点がどんどん湧いてきたんだ。


 けど、一度仕事として受けてしまったからには納期までに仕上げないといけない。

 報酬の方も納品後に口座振込み、と言う事だったので兎にも角にも作らないと始まらない。

 そこから僕は、ひとまず疑問は一旦横に置いといて、それこそ昼夜を分かたず夢中になって開発に勤しんだんだ。


 その間、冬休み中ではあったけどシュンは部活や練習に打ち込んでたみたいで、元々サッカーは得意だったらしいが、更に上達して次期部長の話も出てたのがこの頃だった。


 もう八割方の構築が出来た所で、どうにも確認しないと前に進めない部分が出来てしまい、契約の際に鈴木さんが言っていた通りに名刺の裏の携帯番号に電話した。

 ところが忙しいのか、一向に電話に出ないし留守電にもならなくて困ってしまった。


 仕方なく、“確認したい事があるので折り返し連絡下さい”とメール送信はしたが、やっぱりすぐ続きに取り掛かりたくてソワソワしていた。

 それから更に時間を置いて掛け直してみたが、やはり出なかった。

 呼び出し音だけが虚しく続く。


“会議が長引いているのかな?”と思い、このままだと時間が勿体無いので名刺の表面に書かれている本社の番号に掛ける事にした。

 部署名を言って、鈴木さんをお願いします、と言えば繋いでくれるだろう。

 そう思いながら会社に掛けるなんて初めてだからちょっと緊張して、押し間違えないように名刺を見ながら慎重にスマホをタップした。


 コールボタンを押してスマホを耳に当てると、





『--こちらの番号は現在使われておりません。番号をお確かめになって、お掛け直し下さいーー・・・・・・こちらの番号は現在使わ』





 自動アナウンスが流れるだけのスマホを僕は呆然と見つめた。




 ーーーーこれは、どういう事だ?

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