第8話 その映画は割と本気で観てみたい


 鳳家の美味しい夕飯を食べ終わった俺達は、哲と一緒に後片付けを手伝い(響に遠慮はされたが、シャワーも借りて飯までご馳走になってるのに何もしない訳にはいかない)、再び客間に集まっていた。

 幼女こと<こだま>は風呂へ入る為に祖父と母親と一緒に母屋へ連れて行かれた。


「実地でのミコトの対応スキルの低さは良く分かったわ。明日からは、【仮想次元フィールド】においての空間操作と、基本的な知識の構築などをより深く進めていくわね」


 台所から戻り、テーブルの前に“キチン”とした姿勢で正座した響は、俺の顔を真正面に捉えると前置きもなくそう言った。

 俺は夕飯前の道場での、一方的なやられっぷりの自分を思い出して納得いかない。


「スキルの低さって…そりゃないだろーが!あんなん誰だってマトモに受けれるワケ無いだろーが!俺は別に武道家でも何でもないんだからさ…」


 俺は頭を振り、首から提げてたタオルを振りほどいて言ってやったぜ。

 ついでに怒りを表そうとタオルを畳にぶん投げようとか思ったが…いやコレ借りたタオルだよな、と思い直して軽く畳んだ。くっそ。ちいせぇな、俺。


「こいつがスキル低いのはまあ分かるが、その仮想なんたらてのは何なんだ?VRみたいなモン?」


 立て膝ついて寛いでいた哲が、右手を軽く差し込むように上げて会話に入りこんだ。

 その、『スキル低いのはまあ分かる』ってなんだシツレーだ。


 哲の言葉を受けて響は少し考え込むような顔をして俯き加減に目を瞑っていたが、やがて意を決したように顔を上げ、目を開いて言った。


「そうね、ここに伊勢原君が居る時点でこれは新しい分岐点の一つだと思うから、情報と経験の共有が必要なのかもしれない…分かったわ、お話します」


 そして響は【仮想次元フィールド】の簡単な仕組みと【アウェイクド・クォーツ=トルマリン】の役割などを説明し、ついでに俺からも授業中の戦闘の事など、話せる事は全部話した。


「…マジか、なんぞこれ胸アツすぐる!ヤバい無いはずの邪眼が疼きそうだ」


 そう言って顔の良い幼馴染は、一見まるで似つかわしく無い言葉を吐いてツヤツヤと鼻息荒く興奮していた。まあ、俺からすれば物凄い哲っぽい発言でしか無いが。


 正直、俺もまだ良くは分かってはいないが、こんな急展開で色々あり過ぎて、独りで抱え込むのは余裕無くて絶対無理だったから、哲がいてくれて有り難かった。

 そしてコイツなら俺よりサラッと理解出来るんだろうなー…悔しいけど。


「…ここまでお話したと言う事は、当然の流れで同じように【仮想次元フィールド】へもアクセス出来るように望むとは思うのだけれど」


「ああ、勿論だ!!」


 響がいつになく勿体ぶるように切り出す、すると語尾に被せるように哲が食い込んだ。

 キラキラと眼鏡を輝かせて前のめりに発言する哲に対して、響が頭を左右に振る。


「…でも、そうすると伊勢原君も敵から視認され、攻撃対象となってしまう。さすがに同級生を命の危険に晒す訳にはいかない、ここは遠慮をお願いしたいわ」


「マジか~~~~……ざ、残念極まる…」


 哲は顔に両手を覆い被せて仰け反った。

 彼からしたらこんな面白い状況で、聞くだけ聞いて蚊帳の外でいるしかないのは何とも酷な話だろう。


 俺からも何とかしてやりたいが、こればかりはどうにも出来ない。

 とりあえず、話の方向を変えてみるか。


「…ところで、お前昨日からずっと何やってたんだ?さっきも電話とか言ってたけど、一体独りで何企んでるんだよ?そろそろちゃんと教えてくれないか?」


 俺の言葉を受けて、頭をクシャクシャにして悔しがっていた哲の動きが止まり、渋々と鞄からノーパソを取り出した。


「…まあ、もうソフトは完成してるからな…実はコレだ。コイツを改良していた」


 と言って、ノーパソを立ち上げてプログラムを呼び出した。

 この段階では、延々とただの英数字やカッコの羅列がスクロールするだけで全くサッパリだったのだが、全てのコードが流れきった後に哲が「enter」を押すと画面の中央に小さな黒い画面が立ち上がり、次の瞬間には倍の大きさの画面が展開された。

 そこには、なんだか見覚えのあるモノが。


「…コレって…あの、レーダーか!」


「そうだ、“心霊探知アプリ”を改良した、【シン・心霊探知・改】だ!」


 ノーパソの画面を俺と響に見せるようにして髪の毛を直しながら、得意げに哲は言った。そいや、なんか改良するとか何とか言ってたなぁ。

 けど、


「いや、どこが変わったんだ?前と同じにしか見えないぞ」


 俺は画面に近寄りながら疑問を口にした。

 昨日の昼休みにスマホで見せてもらったのよりサイズ感が違うだけで、相変わらず魚影探知機みたいなレーダーが表示されてるだけで何が変わったのか見た目全然分からない。


 俺の言葉を受けて、哲はニヤリと笑みを浮かべ、右手の中指で眼鏡の中央をクイッと上げた。


「フッ、…一見して分からないのも当然だ。これは内部に大幅に手を加えて、探知出来た霊体を3D映像で可視化する事が理論上可能になっている。更に音声すら確認する事も出来る!折角レーダーで反応したからって、赤い点々だけじゃ面白くも何ともないからな」


「マ?!すっげーーーなぁ!!……けど、どーやって??」


 俺は一瞬感心したが、いや待てよ。

「理論上可能」ったって、実際に映像をホログラム?みたいに出したりするのって他に何かしら設備とかが要るんじゃないの?知らんけど。

 案の定、哲の眼鏡から「スン」、と輝きが消えた。


「そこなんだよ。…肝心のデバイスと、映像面の問題がクリアー出来てない…正直専用デバイスは諦めても、せめて画像面ではAI合成じゃない、オリジナル感を出したくてプロの絵師さんに協力をお願いしたく、何件か当たっては見てるんだが…さすがにコネもツテも無いので誰も電話すら出てくれないって状況さ」


 哲はスマホをつまんでひらひらと手を振った。


「ちょ、待てよお前、プロの絵師にって無料でか??そんなん仮にもプロがお遊びに付き合ってくれるわけ無いだろうがよ!!」


 俺はさすがに呆れてしまった。

 頭の良い親友がそんな突飛も無い無謀な行動に出るとは…


「いやな、確かに今ならそう思うわ。俺も寝ないで作ってたから少しハイになり過ぎてたかもなー…けど、もしかしたら、なんてなー」


 哲は未練がましそうにスマホを操作して通話の履歴画面をスクロールしていた。


「そんな知り合いでも無いプロの絵描きにいきなり電話なんて、通報案件じゃねーの??大丈夫か?…因みに、誰に電話してたんだ?」


 俺は心配した。このご時世に、どこのお人好しがそんな電話に出れるやら。


「いやな、こっちも色々調べて『ギャラが些少でも楽しければ描きます!まずは連絡カモン☆』とかSNSのプロフでのたまう絵師さんがいてな。ギョーカイでもノリが良いと評判な【荒蹴アラキック☆ザキ】先生ならひょっとするかも、と…」


 俺は仰け反った。


「おいおい!!アラキックって…あの【~精霊戦争~ゆるぎ無いアイの旅】の人かよ?!」


 去年の夏に超大ヒットしたアニメ映画で、精霊界の戦いが今生きている人間達の思念とリンクして、精霊界の過去や未来が人間達の現世の行動によって変化する、みたいな内容の壮大なストーリーが物凄く綺麗なグラフィック映像で描き出される荘厳なファンタジー映画だ。


 そんなに漫画とかアニメに詳しく無い俺でも知ってるくらいの有名な作品だ!

 その作者のアラキックさんはテレビでもインタビューとかで見た事あるけど、意外にも良く笑う、気さくな感じの可愛い女の人だった。

 しかし、いくら気さくだからってシロートの遊びに付き合う訳ねーじゃねーか!!


「うん…まあ、冷静に考えなくてもフツー、無理だろうな。どうかしてたわ、俺」


 スマホをテーブルに置き、哲は妙にサッパリとした表情で言った。

 突然我に返ったようだ。


「ちょっと待って」


 だがここで、さっきからずっと俺達の話を、何か考えているかのように自分の顎をつまんで黙って聞いていた響が、ふと気が付いたように口を開いた。


「デバイスなら、うちの工房へ頼めば可能かもしれない。…そして、もしかしたら伊勢原君が【仮想次元フィールド】に直接身を置かなくても、何かしらアクセス出来るヒントがそこにあるかも知れない…」


 静かだが確信を得たような響の言葉に、俺達は同時に食い付いた。


『 マ ジ で ?!! 』


 その時、廊下からべったべったべったべった、と再び裸足の小さい足がこちらに向かってくる音がした。

 程なく「ガラリッ」と勢い良く障子が開き、まだ乾いていない頭に白いタオルを被った幼女が部屋に入って来た。

 ピンクの寝巻きに包まれた小さな身体からホコホコと湯気が立っている。


「いーー湯じゃったのだ~~~!…お?コレは何じゃ?ゲームかや?」


 石鹸の匂いのする小さな泥棒(俺はまだまだ許しちゃいない)は俺達の間にズカズカと割って入り、哲が広げたまんまのノーパソの画面に表示されている心霊探知アプリの画面に興味を持って近づいた。


「こらこらー、幼女だからって何してもイイとは限らんぞー。コレは俺が改良した【シン・心霊探知・改】と言ってな。霊体を検知して視る事が出来る!!…かもしれない!…という代物だ。勝手に触って壊すなよ」


 そう言うと、素早くノーパソをシャットダウンして閉じた。

 <こだま>は口を尖らせ、肩までかかる解いた洗い髪をブンブン振った。

 レモンのような子供用のシャンプーの香りが周囲に広がる。


「なんじゃ~~ケチなのじゃーーー!!わらわにも遊ばせるのじゃ~~!!」


「残念だが、コレはまだ完成してないんだ。デバイスは何とかなる見込みが持てそうだが、映像がどうにもなぁ…AIに頼るのもしゃくだが、絵師が見つからない事には…いっそ校内で絵の上手いヤツでも公募するか…?」


 駄々をねるこだまをよそに、哲はブツブツと独り言を続けている。

 しかし、その言葉に幼女が反応した。


「絵か?絵ならわらわも描けるのじゃっ」


 と言って、テーブルの上に上半身を乗せて反対側に座る響の手元まで手を伸ばし、先程、仮想次元フィールドの説明の際に響が使用していたメモ用紙とボールペンを手繰り寄せたこだまは、早速何やら歌いながら白い紙の上にペンを走らせる。


 ラクガキで遊べるなんて、そこはレッキとしたお子様なんだな。


「“ ♪ こ~のーー、コーコーロひーーとーーーつっ、アーイ~~をちーかーら~に~~ ♪”」


 少し調子っぱずれだが、聴いた事のあるフレーズ。

 あっ、コレは…


「おっ、さっき話してた【精霊戦争】のTVアニメ版第一期のオープニングじゃないか!」


 哲が嬉しそうに言った。


 昨年は映画にTVアニメに漫画に舞台にと、とにかく世の中どこもかしこも【精霊戦争】がメディアを隈なく席巻せっけんしていた。

 特にこの曲【ココロとアイと】は記録的な大ヒットソングとして注目を集め、街中あちこちで流されていた。

 そして上機嫌でこだまと一緒にアニソンを口ずさんでいた哲が、ふと幼女の背後からその手元を覗き込んでギョッとした声で叫んだ。


「…!ちょ、ちょっ…!!え?マ、マジで?!」


 伊達眼鏡を外し、目を見開き改めて幼女の手の下の紙を食い入るように見つめる哲の様子にただならぬ気配を感じ、俺も気になって一緒に幼女の背後に回りこんだ。

 そしてそこにあるものに俺も目を疑った。


「!!…えーー!?マ!…ジ…!!」


 フンフンと鼻歌に変わったこだまの手が走らせるボールペンは、何とあの【精霊戦争】の主要キャラクターを寸分違わぬ精巧さでサラサラと描き出しているのだった。


 まさか、とんでもない絵とも言えないシロモノを生み出す響の従姉妹いとこの事だから、どんな悲愴なクリーチャーが誕生しているのかと思いきや…!


すめらぎさまは絵が得意なのよ。見たもの、記憶したものをそのまま描き写す事がお出来になるの」


 響が事も無げに言う。

 いやいや、これちょっと物凄ぇ才能じゃね??

 天才なんて見た事ないと思ってたけど、実在してるよ、ココに!!


 俺が驚いて固まっていると、後ろで「バサッ」と音がする。

 振り向くと、哲が腰を折り両手を額の下に敷き、畳にべったり頭をつけて土下座の格好をしていた。


「<こだま様>、いや<こだま先生>!どうか不肖、私めのアプリのキャラデザを…謹んでお願い申し上げます…!!」



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