第5話 インラインスケートが正式名称ですが問題ナシ


  廃墟となった、とある頃は栄えていたであろう街中。


 半壊したビル、折れた信号。ひび割れた交差点の途切れ途切れになった白線。

 その街中を、段差や障害物をすり抜けて巧みにローラーブレードで進む白パーカーの少年、須佐の姿があった。


 ここは彼の創ったオリジナルの【仮想次元フィールド】。


 【仮想次元フィールド】と言うものは、そこを支配する者の意思が強く、尚且つ創造する力が強く働けば、小物は勿論、世界すら構築する事が可能だ。

 ただし、それを構成する物質の本質そのもの、もしくは普段から慣れ親しんでいて細部まで脳内で思い出せるくらいの物質ならば具現化が可能と言う、一部条件は必須である。


 須佐はその仮想空間の使い方が非常に巧妙だった。


【K】に見出された当時、秘蔵っ子として【K】自身に鬼人力の使い方や製造方法を入手したばかりの【アウェイクド・クォーツ=トルマリン】を使用した拡張能力をレクチャーされたが、元々彼には物心付いた頃からその鬼人力の元となる存在が既に視えていたようで、ものの数日でことわりを理解し、仮想空間を自分で構築するどころか、あっという間に鬼人力と己の身体能力を同化させる術まで身に付けた。


 須佐は複数のピアスやタトゥーという容貌とは裏腹に、独りを好む性格だった。


 幼い頃から孤独だったせいか、普段は余り感情は表に出さない。

 ただし、直接危害を加えて来たり自分の行動を阻害するような相手には容赦が無い。瞬間的に炎が付き、一気にその溜め込んだエネルギーを暴発させる弾薬のようなタイプだった。


 その危険な弾丸の如き瞬発力とパワーは、鬼人力と同化させる事により、小さな身体からは想像も出来ない程の圧倒的な破壊力と威圧性をもたらした。


 その為に彼は一時関西ブロックの制圧に借り出され、お陰で【組織】は関西での拠点作りに2年かからなかった。

 だが、彼らの一番の障壁である、本当に打ち壊さなくてはならない【存在】は東に居るそうだ。


 神奈川県の出身だった須佐には東京支社を与えられ、こちらで活動する事を望まれているーーーー


“…本部の思惑なんか正直どうでもいい。…だが、俺自身がこんな国、ブッ壊したいのは事実だ。だったら、その為に強くでも何でもなってやる。…まずはあの、蛇を消したあいつらを…ブッ潰す…!”


 須佐は何かの衝撃で亀裂が入り、めり上がったアスファルトを利用して高くジャンプをするとそのすぐ近くにある、斜めになった電灯をキックすることで空中で身体を反転させ、向かいの建物めがけて飛び込んで行く。

 そこで更に宙返りをし、右足を頭の上へ上げると踵落としの体制で、一気にブレードの後輪を建物の縁へ振り上げた。


 ズッ…ゴ…ゴゴゴゴゴォッ!!バリン!バリン!ガシャァァァン!!!


 激しい轟音を伴い、彼の右足で建物が一直線に分断される。

 建物の天辺から分断され、内側に働く荷重でYの字状に構造が崩壊し、歪みで窓ガラスが割れ、そのまま落ちてくる建物自体の自重に耐え切れず、構造物そのものが沈むように崩壊していく。

 辺りには粉塵が立ち込め、倒壊の反動で振動が木霊する。


 須佐は地上に降り立ち、瓦礫の山となった建物を虚ろな眼差しで見つめた。


 そこは、彼が幼少期を過ごした古いマンションと寸分違わず構成されたもので、また、こうやって彼自身によって倒壊される事も既に数百回にも及んでいた。

 辺りの光景が廃墟なのも、彼が幾度も破壊する度、徐々に街自体に廃れたイメージが固有記憶として濃厚になってしまったがゆえだった。


“・・・もう、現実じゃこんな玩具スケートなんか専用の場所か、ウェイ系みたいなウザ野郎が集まるトコしか出来ねぇもんな・・・”


 彼は履き慣れたローラーブレードを履いている自分の足を見た。

 仮想空間で履いているその靴はボロボロで、本来の彼の足はとうにそのサイズより成長して大きくなってしまっており、もう現実世界で履く事は叶わない。


 彼の母親が、自分の6歳の誕生日にくれた、最初で最後のプレゼントだった。


 その母親はもういないし、見た事も無い父親が買ってくれたという話も、多分嘘だ。




 ーーーー俺には・・・<本当しんじつ>なんて何一つ持っちゃいねぇ・・・






 ※※※






 ッズダァァァンンンッ!!!!


 磨き上げた漆材の床がしなり、衝撃を吸収しながらも広い道場の壁面には音の波が響き渡る。


「…そこまでッ!!勝負ありぃッ!!」


 審判役を務めるひびきの祖父、おおとり いわおの鋭い声が通る。


 艶のあるピカピカの暗い色の道場の床に、息長おきなが 心詞みことはまるで非常口のサインの人型マークのような格好で倒れていた。

 はだけた胴着を直したいが、背中が痛くてしばし身体が動かない…くそ。


「ありがとうございました」


 鳳ひびきは面を取り、後ろにまとめた長い髪を揺らしながら深く一礼をした。汗もかいてないとは、本当に腹立たしい。


「いやいやいや、ちょっと待てよ!大体、そっちが面とかフル装備の練習薙刀で、こっちが胴着だけの素手って前提がおかしいでしょーよッ!!」


 俺は手を付いて立ち上がりながら不服を述べた。


「まず、礼ッ!!」


 じいさんに怒鳴られる。くっそ。


「…あざっ、いや…ありがとうございますッッ!!!」


 頭を下げて礼をし、向き直ると同時に胴着を直した。

 なんなんだ、この不公平試合は。



 この日、サッカー部の練習は部長が休むと宣言した通り、部長は不在。副部長の指揮でいつものランニングやドリブルなどのセット練習のみになった。


 なので、俺は四時限目の間に仮想次元フィールドでひびきと約束した通りに(明日からとは言っていたが、その後チャットですぐに始める事となった)、部活が終わるやいなや早速鳳家に行き、敷地内に併設してあるという道場で、身体能力の向上としてまずは実践練習を行ったという訳だ。


 だが…実際は先の通りの、余りにも不平等な仕様だったのだ。


「何を言ってるの?戦闘には不平等も不公平も無いわ。どんな手でどうやって来るかも全く予測が付かないのだから、どんな状況でも戦えるような柔軟性が必要となるわよ」


 相変わらず澄ました顔でトウトウと正論ぽい事を抜かす。

 さっき名前呼んで照れてたみたいなのは少し可愛いかも、とか思ったのはナシだ。ああ、ナシだ!!


「そうだぞー、心詞ー。どんな状況でも強くあれよー」


 道場の隅っこで胡坐かいてノーパソ叩きながら棒読みで野次るさとる

 くっそ、次はお前もヌッ殺す。


「…大体、なんで哲も居るんだぁ?お前なんかずっと忙しいみたいだったじゃんかよ」


 俺は道場の端へ行って、部活で使ったタオルを取って汗を拭い、持ってきたスポドリをゴクゴク飲んだ。


 哲にはとりあえず『なんか敵と戦わなきゃヤベェ』とだけ伝えてあったが、ひたすらゲーム脳の彼にはそれだけで十分理解出来たようだ。


『リアルに戦闘!!たぎるぜぇぇぇ!!』と鬼のようにキーを打ちまくっていた。



「まぁな。閃きを大事にする性分なので、思いついた事は全てその場でやる主義なんだ」


 そう言うと、ノーパソから顔を上げて眼鏡を中指で押さえ、ニヤリと笑う。

 俺にキメ顔してどーすんだ。アホか。変態か(いやそうだった)。


「二人とも、夕飯の用意があるようだから、身支度を終えたら手を洗って客間へどうぞ。心詞君はシャワー、案内するから使って」


 ひびきはそう言うと、母屋へ通じる廊下へ先だって立っていた。

 うーーーん…シャワーは、その、女の子の住む家だしなぁ…


「い、いや、俺はシャワーはいいよ!ひびきだって使うだろうs」


「うちはシャワー室と別にお風呂場があるの。私がそっちを使うから、問題ないわ」


 ーーーーうぬぅ。そうなのか、しかし。


「…あー…で、でもタオルとか用意g」


「バスタオルくらい、貸すわよ。どうぞ」


 ーーーーそんなに入らせたいのか?…でも正直言うと メ ン ド ク サ イ


「いや、俺は帰ってから入るから、その」


「…汗…」


 ひびきはポツリと小さく言うと、恥ずかしそうに自分の肩の方に顔を向けた。

 そこでツンツンと、哲に肩をつつかれた。


「…お前、部活も終わってそのまま来てんだろーが。汗臭いんだよ!…言わせんなよ、女の子に」


 と、コッソリ耳打ちされた。


「あっ」


 ひびきが目を合わさずに気まずそうに立っている。




「…すんません、シャワーお借りします…」




 俺は頭を深く深く下げた。

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