第4話 あの男は故郷に帰りました


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 トップ画面のアニメーションが数回現れて繰り返された後、ようやく意を決したように『☆ココをクリック☆』の部分をタップする、小さなささくれのある中指。

 爪はどの指は短く切られている。


 タップされた部分は凹んだような画像になり、画面全体が白くなると、数人の人影が逆光で浮かび上がり、窓辺のレースカーテンのような映像が現れる。


 ひらひらとリアルな揺れの動きをするカーテンが風でめくれるように開くと、その向こうの人影も全て光に飲み込まれるようにホワイトアウトした後に、今度はタロットカードのような絵柄の3枚のカードが並び、左から順番に自動で裏返る。


【お悩みは何?どれか一つをタップしてね☆】


 裏返った箇所にはそれぞれ違う文句が書かれている。


 左から【現在の恋の悩み】【過去の恋の悩み】【未来の恋の期待】


 ささくれの指は迷わず一番左のカードをタップする。


【現在の恋の悩み】のカードの色が濃いブルーになり、カードが渦巻状になると全てのカードが中央に吸い込まれた。


現在いまの恋に悩んでるんだ…辛いよネ!一緒に考えるから、絶対に諦めちゃダメだよ!まず、状況を教えて?』


 この文字が現れると同時に、画面中をピョコピョコと跳ね回る小さな女の子の妖精のようなキャラクターが登場した。


 ここから、チャット画面に移行する。


 妖精が画面の中で自在に飛び回るアニメーションで存在しながら、吹き出しに言葉が送られる。


『私は、【現在いま恋の妖精、<is>】。アナタの名前は?』


 ささくれ中指は慣れた調子でフリック入力をする。



『 は こ 』



 顔にかかる緩いウエーブ髪をかき上げ、瀬戸内せとうち 葉子ようこはやや緊張の面持ちでスマホの画面を凝視している。


『はこちゃん、ヨロシクね!』


 妖精が少し大きめに現れ、こちらに近寄ったような感じで笑顔のアニメーションになる。


『はこちゃん、イマ恋はどんな状況?彼には『はこちゃん』って気軽に呼ばれる仲?』


 吹き出しに出る言葉とアニメーションはリンクしているようだ。妖精は指を自分の頬に当て、頭をゆらゆらと揺らして考えるような仕草をしている。


 ハコは少し考えた後、フリック入力をする。


『 呼ばれてるけど、そうじゃない時の方が多い 』


『 そうなの?なんて呼ばれるのが多いの? 』


『 <マネージャー>。彼の部活、サッカー部でマネージャーしてるから 』


『 そうなんだ!彼は、サッカー部なんだね。はこちゃんは『マネージャー』としか呼ばれないの? 』


『 時々、はこちゃんって呼ばれるけど・・・でも、後は苗字かな 』


『 そうなんだ。なんて苗字なの?良かったら氏名(ふりがな)←読めない漢字多いんだw も教えて! 』


 妖精は両手でグーを作り、まるで応援するようにニコニコと笑顔に変化する。

 まるで友達とやり取りしてるかのような自然な文面と流れに、ハコもだんだんと入力する文面が砕けてくる。


『 瀬戸内 葉子(せとうち ようこ)。はこ、はあだ名なの。でも、気に入ってる! 』


『 瀬戸内って、珍しいね!生まれはどこなの?アタシは妖精の国!CPUで作られた夢の国・・・なーんてね☆ 』


 妖精がペロッと舌を出し、メタっぽい冗談まで言ってくる程打ち解けた雰囲気に、ハコも思わず軽く笑みを漏らし、リラックスしたように頬杖を付き、この後も更に入力を続けていた。




 ※※※




 トゥルルルルルルルッ・・・トゥルルルルルルルッ・・・


 薄汚れた雑居ビルの使い古したデスクの上にある、若干旧い型の業務電話が鳴り響き、外線使用の箇所の緑色のランプが点滅する。


「…はい」


 電話を取ったのは、<背中に大きく翼を広げた鷹が札束を咥えて、噴火する富士山をバックに飛ぶ図柄>の刺繍を施された、派手なスカジャンを羽織った若い男だった。


『ーー西のモンや。お疲れちゃんやなぁ…って、言葉通じるやん!?』


「あぁーー、お、お疲れっす!…あの野郎、生意気こいたみたいで須佐さんにイキられて、ビビッてションベン漏らして消えちまったみたいスわ」


 電話の向こうでけたたましく笑う声が響き、スカジャンの男もついでに笑った。


「ははっ…でも、お陰でまだ臭いが残ってるんで、今、他のモンに消臭剤とか買わせに行ってるんスよ。…ったく、須佐さん帰ってくる前に綺麗にしとかないとで、大変なんッスよ」


 聞かれてもいないのに、スカジャンの男はここぞとばかりに電話の相手に愚痴った。


『なんや、リーダーおらへんのかいな。…しゃーないな…ほんなら、ちょぉ聞きたい事あるんやけど』


 しかし須佐が不在と聞くと、電話の相手はあからさまにがっかりした口調になった。


「あー、すんません。んで、用件はなんっスか?」


 別に自分がミスをした訳でも無いのに謝るのはどうかとも思ったが、スカジャンよりも電話の相手は格上なので、一応言葉だけの謝罪をしたようだ。


『例のアプリの開発してるっちゅう、ぼんちの連絡先教えてや。なんや報酬の引き上げ交渉しとるんとか、なんやろ?事と話次第では、俺がそっち行ってあたってもええんやが?』


 スカジャンは一瞬机の上を探したが、情報は全てPC内にあると思い出して、慌ててマウスを握った。


「えと…ちょっと待ってく…下さいね。…えー…あっ、あった。『えす」


 スカジャンは電話を左肩に挟んでPCを見ながらマウスとキーボード操作をして、見つけた情報をそのまま読み上げようとした。


『あー、あー、口頭で言われてもアカンがな。そこに俺のメアドがあるはずやから、ソイツに名前とアドレスから住所やら、まるっとコピって送ってや』


 すかさず電話口から指示が被ってきた。


 スカジャンは余りPC操作に慣れてはいないようだ。おろおろしながら、PCのデスクトップ上のあちこちのフォルダを開いたり閉じたりして、ようやくそれらしいフォルダを見つけた。


「…あっ、見つけたッス。じゃあ、今すぐ送るんで、確認してく…下さい」



           agita_kannsai_01@*****.com



 送信マークに矢印が置かれた状態で、<送信しますか?>のアイコンが出て、スカジャンはそこにカーソルを合わせてマウスをクリックした。


 電話の向こうではメールの通知音とマークがスマホの上部に表示され、素早くそのアイコンをスワイプして中身を確認する。


『おう、確認したで。あんがとさん!…あと、今後はそのぼんちからの電話ぁ、こっちの支部に繋いだり。』


「あ、マジっすか!ありがとうございます!もう最近やたら多いんでマジむかついてたんで助かりますっ!」


『ははっ、そら難儀やったな。ほんじゃおおきに~』


 阿魏汰はスマホに向かって労いの言葉を放ち、通話終了ボタンをタップする。

 スマホに送られた情報をしばし眺め、すぐに上着のポケットにしまう。


「<ゼキ>ぃ、<ウラ>から連絡来たらすぐに教えてや。後でちょろっと買いモン行かんとあかんねや」


 小柄な男はゲームから目を離し、「はい」と言って大きく頷いた。


「…さーてぇ、リーダーになんぞ土産でも、選ばんとなぁ~」


 そう言って大きく伸びをする阿魏汰はとても嬉しそうな表情で、<二カッ>と笑うとクリスタルの前歯がキラキラと輝いた。


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