第二章 ~狛犬の左足~ 第1話 好物はグミ(チェリーコーク)
“…!まさか…俺の
白パーカーのフードを被ったピアスだらけの少年は、
目の前にあるPCのモニターにはオンラインゲームのフィールドが表示されている。
机の上には半分に減ったメロンソーダのスムージーと、グミやカルパスなど駄菓子が散乱しており、また利用伝票の挟まった細長いバインダーには印字された文字で、
【 フリータイム利用 ○○:○○~ 会員No.172××× 氏名: 須佐 Alex 臣 】
と、記載されていた。
少年は意識を現世に戻した。
イベントクエストのチーム集合までの時間は、さっき戦闘する前に見た時間と同じで、あと13分だった。
黒い獅子からの攻撃を受けてかなり精神を消耗した彼は、脂汗を拭い机の上の駄菓子を適当にガバッと片手で掴み、それを口に放り込んだ。
彼、【
最近、彼がハマっているオンラインゲームが来月まで【期間限定無料】で遊べると言う事で、わざわざ会員登録してこの一週間ほぼ毎日入り浸っている。
少年の主な仕事は、あの雑居ビルでのPCを使用しての情報収集と、このエリアでは彼しか出来ない筈の【鬼人力】を行使しての妖力抽出と、敵対勢力の【鬼人力】使いがいた場合の戦力だ。
最も、情報収集に関しては、先ほど失禁した外国籍チンピラや他に十数名程配置されている末端要員を使い、彼自身はその地区リーダーとしてまとめるだけで大して仕事はしていない。
そして、最も重要な指令は彼しか成し得ない、
【自分達の知らない鬼人力を喰らえ】だった。
1年前に手下の貰って吸収した【大蛇】は彼の鬼人力の絶好の
それなのに、こうもあっさり消滅してしまうとは予想しなかった。
「……っくっそ!!あいつら…ッ!!」
須佐は毒づきながら片手でフードを上げて短い金色の頭髪をグシャグシャと掻き毟り、『ガンッ!!』とPCが乗っている机を叩いた。
机の上のスムージーの入ったカップが大きく揺れたが、零れる前にキャッチして中身を『ズオオーーーッ』と勢いよく音を立ててストローで飲み干した。
「…ッせーーーよっ!!!」
と、隣のブースから男の怒声が飛び、同時に薄い仕切りの壁が『ドンッ』と叩かれた。
途端に須佐は青い目を大きく見開き、すぐさまストローを『ブッ』と吹き捨て、手の中のコントローラーを大きな音で放り投げて個室を出た。
『どガンンッ!!!』
裸足のまま声のした隣のブースのドアを思い切り蹴り上げて内鍵を浮かせ、無理やり引き戸を開け放した。
その室内には黒いヨレヨレの上下を着た無精ひげの男がだらしなく口を開けてヘッドホンを着け、胡坐をかいて座っていた。
モニターにはモザイクだらけの女の大股が開かれた画像が映り、男は浅い呼吸でズボンを半分下げて己の欲棒を右手で握り、激しく上下させている最中だった。
突然、大きな音と同時に現れた背後の須佐の姿に気付いて、男はギョッとした表情になった。
「…な!おま…ぇぶひゅえっ!!!」
何か言葉を発する前に須佐の素早い右手の拳骨でその頬がひしゃげ、反動で男の身体はブース横の壁に『ガシンッ!!』と思いっきり激突した。
その拍子に頭に付けたヘッドホンのジャックがモニターから外れ、
『…あ、あ、あん!ダメ、そこ…あぁぁぁん!!あぁん!!』
と、肉色のモザイク越しに白い股の中心を2人の男に
「は、…はわ、わぁ…ひゃ、ひゃめろよ…っ!」
ただ欲望に浸っていただけの、ツイていない男は頬を腫らして大量の鼻血を流し、恥ずかしさで情けない声を上げて小さく叫び、慌ててスペースバーを押して再生を止め、下げたままのズボンを引き上げた。
衆人監視の下に晒された彼の「相棒」はすっかり萎んで縮こまってしまっていた。
「…おぅ、あんちゃんよぅ。文句言うときゃ相手に気ぃ付けた方がいーぜ、…マジで」
小さな身体なのに須佐から発せられる迫力と凄味のある声、そしてその無数のピアスと両腕に刻まれたタトゥーという出で立ちを見るや、周囲の野次馬達は皆そそくさと各部屋に引き戻り、あちこちで『カチャ、ガチャ、』と内鍵を掛け直す音が一斉に響いた。
「ひゃ…ひゃい…ふ、ふいまふぇん…ひた…」
黒いヨレヨレの服の男は鼻血を抑えながら両膝をついて涙目で頭を下げた。
生まれて初めて他人に思いっきり殴られ、凄まれた彼は全身をブルブルと震わせていた。
「…ったく…大人しくシコってやがれ!包茎野郎が」
須佐はそう吐き捨てて自分のブースに戻った。
『バァン!!』と扉が乱暴に閉められたが、もう誰も顔を出そうとはしなかった。
隣の男も、安堵からドッと溢れてきた涙と、鼻血交じりの鼻水をグシュグシュと啜りながらソォッと扉を閉めた。
“お、俺…仮性だし……。てか、こんな状況で…出来るかよ…っ…!”
男は折角楽しみに借りた最新版のパッケージのコピー『ヌッキヌキ☆エロ活vo.16』を見ながら、息を殺して泣いた。
“…もう嫌だ、こんなヤバい輩が隣ならすぐ帰ろう…”
ーーーーと、思っていたが。
しかし、涙が収まり始まると、勿体無いのでせめて帰ったら自宅で出来るようにと、ティッシュを鼻に詰めて殴られて腫れ上がった頬をさすりながら、痛みを堪えて最初からもう一度観直す男は意外と図太い神経の持ち主だったーーーー。
一方、須佐はそろそろ集合の時間になる頃なので、気持ちを切り替えてヘッドホンを着け、コントローラーを握った。
『 【tAk@*1】:乙!皆、集まってる?? 』
『 【☆me~eナ☆】:来てるです~~☆おっちゅーー☆☆ 』
『 【七味変化(^O^)ニガァ】:はいな 』
『 【=1機10銭=】:はりぼー氏がおらんしwww 』
画面にアイコンと共にセリフが表示され、程なくフィールドには次々と、巨大な斧を担ぐ戦士や、ラメピンクのケープとフリルの服を着たネコミミ魔道士、眼帯をした真っ赤な忍者のような姿の者、甲冑姿の大きな獣人などが集まって来た。
須佐は慣れた手つきでキーボードを叩いた。
『 【h@r①暴】:すまぬ、参上_乙! 』
そしてフィールド上に鉄仮面の兜を被った羽織袴の大きな体躯の武士が加わった。
『 【tAk@*1】:OK!じゃ、皆、今日もよろしく! 』
フィールド上のキャラ達はピョコンピョコンとジャンプしたり、武器を掲げて旋回したりと楽しそうに跳ね回った。須佐のアイコン【h@r①暴】の武士は素振りをして意気込みを見せていた。
暗い室内でPCを見つめる須佐の顔は打って変わって嬉しそうな表情となり、この時ばかりは年相応のーー先々月13歳になったーーあどけなさがまだ消えない少年の姿となっていた。
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