第19話 ハコちゃんはお弁当も自分で作ります

 

  ーーーープルルルルルルル、プルルルルルルル、プルルルルルルル、プルルルルルルル、プルルルルルルル、プルルルッツーツーツーツーツーーーーー


 伊勢原いせはらさとるはスマホを耳から離した。


「…やはり出ないな。まあ、普通そうか…、さて」


 学校の敷地内は校門より手前から、1年校舎、2年校舎、3年校舎、と配置されており、奥の方には校庭とは別に中くらいの中庭が広がっている。


 学校の敷地を取り囲むフェンスの向こうにはつい最近知った事実である、1-Bの転校生の美少女、おおとりの祖父の家がある神社の敷地の広大な森林地が在り、芝生に敷き詰められた中庭と周囲にも緑が多く、天気の良い日などは中庭で弁当ランチするグループなどがいる、校内の人気スポットの一つだ。


 しかし、そこに入るには3年校舎の間の通路を通らないと行けないので、上下関係を気にしたり、部活の先輩後輩の軋轢などを考慮する1年生はまず入らない場所である。


 だが部活にも所属しない、上下関係なんか気にする訳が無い妄想の錬金術師しつこいけどヲタクですよ(自称)は、そんな中庭の中でもとりわけ大きい木陰のある芝生地帯に堂々と独り陣取り、某カフェのなラップサンドを片手にタブレットとノーパソを開いて、ほぼ完成したプログラムのバグチェックに取り掛かった。


「ふむ…概ね大丈夫そうだな。後はテスト動作して…」


 ラップサンドを食べ終わると、ホットの缶コーヒーを一口飲んだ。

 眼鏡を外す。木陰は気持ちが良いな。


「…良い、天気だ……」






 チチ、チ…(小鳥のさえずり)




             コォォォォ……(飛行機の音)




     (女子達の笑い声)



                     (男子達の笑い声)






      クワァァァ~~~(カラスの鳴き声)

 


         





 ※解説しよう!


 今さっき遂に完成を迎えたオリジナルアプリのプログラム作成の為、哲は昨晩、正確には昨日、心詞みことを自宅前に送って自宅へ帰ってから今の今まで、不食不眠、不授業(聞いてるフリ)でコーディングをしていたのだ!!


 実に丸24時間ぶりの食事と糖分で、働きっぱなしだった彼のグレー過ぎる脳細胞は今、急速に満たされ、ちょっと一休み☆モードになっているのだ!


 木陰で幹にもたれかかり、ノーパソを閉じた彼はそのまま目を閉じる事も忘れて白目を剥いて眠りに落ちてしまった!


 ところが、うっかり眼鏡を外して寝落ちしてしまった為、何人かの女子生徒にその恐怖の寝顔を写真に撮られてしまい、彼の【激レア!伊勢原恐怖の呪い寝顔画像】をスマホの待ち受け画面にする事が一時、一部女子達の間で流行ったと言う事は知る由も無かった!!




 ※※※




 哲が3年校舎の向こう側の中庭で、ただのしかばねのように寝落ちしているとは全く知らない心詞と島根は、屋上で二人で弁当を食べてる途中だった。


「…ああ、そうだな。確かに昨日部長は来てなかったな」


 島根はでっかなバクダンお握りを食べながら言った。


 中身は粕漬け焼き鮭に、高菜漬けに、梅干と焼きタラコだ。

 食堂を営む彼の母親が、朝の仕込みをしながら合間に握る特大おむすびの中身は、食堂の常備食とその日の日替わりメニューの中から形の崩れた物などを適当に入れている(おかずタッパーの中身も同様)。


 心詞も、そういえば昨日、最初はちょっとした呼び出しだと思い、遅れて行くつもりだったのを島根から部長に言伝てる、と言っていたのを思い出した。


「部長、今日も休むらしいけど、夏休みの試合、大丈夫かよ…?」


 心詞は卵焼きを食べながら言った。

 因みに本日の弁当の中で唯一の手作りで、他のおかずは全て冷食だったが、どれも彼の好きな物だったので不満は無かった。

 それに、母ちゃんの作る卵焼きは、甘さ控えめで俺の好きな味だ。


 うちのサッカー部は決して強豪チームなんかでは無い。


 では無いが、もし、万に一つでも夏休み中の地域対抗戦で勝ち抜く事が出来たらば、あのプレミアリーグに出場する事が可能になるのだ。


 そんな夢のような挑戦、本当に夢でしかないけれど、挑戦出来るんならしてみたい。

 何より、入部した時からの絶対的先輩である3年生達とのプレーは、もう引退するまでの短い間でしか一緒に出来ないのである。


「…まあ、俺達が気にしてもしょうがないからな。心詞も、今日は元気そうだけど無理すんなよ?また具合悪かったら、俺がおぶって帰ってやってもいーんだぞ?」


 そう言って、島根はガハハと笑った。


 俺も、昨日酔っ払った時に側にいたのが哲ではなく島根だったら、きっと軽々運んでくれたのかも知れないな、と想像して笑った。


 あっという間に弁当箱は梅干の種を残して空になった。


 俺は蓋を閉めて元通り包み、さっき屋上に来る途中の購買で買ったピーナッツコッペを食べ始めた。

 島根は、いそいそと今朝のハコちゃんお手製クッキーのタッパーを開け、一枚一枚、手にとっては眺め、大事そうに食べていた。


 そうか、島根のやつ……ああ見えてクッキーが大好きだったんだな!


 意外だな。

 母ちゃんがごく稀に大量に作る時があるから、作ったらお裾分けするか。

 幸せそうな友人の顔を見て、俺はそんな事を考えていた。



 ※※※



「えぇ…、ちょっと、本当に大丈夫…?」


 奥野おくの 美知みちはかなり尻込みな姿勢で、気乗りしない様子だった。

 一応、100均で買ったロゴ入りランチバックに入ったお弁当と水筒は持ってきたが、何なら今すぐにでも引き返したい感じが前面に出ている。


「だーいじょうぶだって!うちのガッコ、そんな怖い先輩とかいないって!」


 中山なかやま 聖美きよみはノリノリで進んで行く。

 早いとこ良い場所取って、座ってゆっくりお喋りしながらランチタイムを愉しみたいのだ。

 彼女の手に持つ、レースリボンをあしらった可愛いお弁当用の巾着袋は彼女とよく似た、派手めだが可愛らしい風貌の母親が、動画を見ながら一生懸命作ってインスタに挙げたものだ。


「アタシ、3年の先輩マネに見つかったらイヤかも…」


 瀬戸内せとうち 葉子ようこは部活で何かチクチク言われるのでは、と心配している。

 お弁当は夏場でも傷まないようにいつも保冷バッグに入れてある。

 部員の皆用に簡単な差し入れを作って持って来る事も多いので、いつも大きめのバッグになり、嵩張ってしまうのが悩みどころだ。


 三人は、以前から3年校舎の奥にある一面芝生の中庭の噂を聞いていたらしく、いつ決行しようかと前々から悩んでいたが、今日はハコに“何かイイコト”があったらしく、それを聞き出すと言うイベント降臨に合わせ、急遽決行が決まった…いや、聖美が強引に決めたのだった。


 身長の高さもさることながら、その身体の成熟さも圧倒的な3年生達だらけの校舎は、香水を使用する生徒も多い為、1年校舎とは空気感が全く違った。


 ネクタイの色で学年を分ける制服と小柄な二人のお陰で、1年生だと丸分かりの彼女らは3年生達からの少なくは無い視線を集め、はなはだ萎縮しながら通り抜け、三人は中庭に躍り出た。


「ぅわあ~~……っ!すっごい、一面ホントに芝生じゃん!やっば!」


「あ、すごい、青くて綺麗……」


「周りも木がいっぱいだね~、え~、いいかもー!」


 三人はそれぞれの喜びを語り、緑に囲まれた気持ち良さと、3年生しか通常来ない場所なので思ったより広々使える事に感動し、校舎を抜けるまで怯えきった様子だったのはケロリと忘れて、座り心地の良さそうな場所を探し始めた。

 あまり選びすぎると時間が無くなるので、ここは近場で手頃な木陰に決めた。


 ハコがいつも持参している小さな簡易レジャーシートを木の根元に広げ、三人がお尻だけそれぞれ入るよう、ハコを中心にUの字で座って、お弁当を出して見せ合いっこからお喋りランチタイムはスタートした。


 食べてる間は風景や授業の内容や先生の口癖など、他愛の無い事柄を話し、食べ終わった後、めいめいの飲み物で一息ついてる時に、


「ねぇねぇ、そんでなぁにぃ、どーんな事があったの~?」


 と、口火を切ったのは勿論、聖美だった。

 ハコに詰め寄り、ついでに二人のアップを写真に撮り、早速SNSに挙げた。


【お昼休み☆ウチとハコっち ♪ #ランチ#可愛い#制服】


「うーー、べ、別にイイコトあったって訳じゃなくってぇ、今朝ぁ…」


 ハコはどう言ったら巧く伝わるかをを真っ赤になりながら必死に言葉を探す。


「「今朝ぁ??」」


 美知も、ニヤニヤと顔を寄せて来て、聖美と一緒に両側からハコをサンドイッチしながら声を合わせて訊いた。


「んと、今朝ね、…渡せたの……君に…」


 肝心な所が小さくて聞こえない。

 と言うかハコはまだ言っていいか迷っている。


「きーこーえーなーい~~」


 しかし聖美は容赦無かった。

 そのわざとらしい言い方と、両方からぎゅうぎゅうに押されてる自分がおかしくて、ハコは笑い出し、美知と聖美も一緒になって三人は大笑いした。


「あはぁ、もー!じゃ、ゆーね!あのね!えと…クッキー渡せたの!息長おきなが君に!」


 大笑いしたら肝が据わったのか、あるいは自棄やけになったのか、ハコは思い切って暴露した。言ってしまったら急速にスッキリした。

 しかし裏腹にまた恥ずかしくなって、顔中真っ赤になったのを慌てて両手を覆い隠し、


「あーっ、でもね、でもね!渡せたんだけど、別に告白とかそんなんじゃなくって!!そのあの、昨日、彼、部活休んだから、あたしちょっとすごく心配して!」


 恥ずかしさを覆い隠す為に、真っ赤になりながら逆に口早に色々話すハコの様子とは裏腹に、聖美と美知の二人は顔を見合わせて首を傾げた。


「…オキナガ君?」


「って……誰だっけ?」


 急に、ハコの頭の上にピュウと風が吹いたようだった。


「…えっ、……ええ~~~……」




    “…息長君、…影、薄くない……?”




 ハコは涙目になった。




              第一章  ~息長 心詞~  終  

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