第18話 先輩のピアスはK18WG

 

 その言葉は俺に衝撃を与えた。


「今までずっとって…まさか、その、前回の…とか?」


 ひびきは神妙な面持ちで頷いた。

 そしてその刀を手に取り、鞘の付いた状態で両手の上に乗せて俺の前に差し出してくれた。


「これには代々のミコトが使ってきた【えにし】が既に紐付いてるから、そのまま武器として使う事が出来るわ。どうする?」


 俺はひびきから慎重にその剣を両手を受け取った。


 同時に不思議な感情が湧いて来た。

 ああ、なんだろうこの気持ち…この重さ、感触、確かに俺は

 突如浮かんできた自分の前世の実感に、いつの間にか涙が溢れていた。




    【 ……姉さん…… 】




 俺はハッとした。何だ?今の感情は?


“姉さん”って、誰だ!?


「…じゃあ、これで決定ね。それはもう、あなたの持ち物だから背中にでも掛けて置くといいわ。勿論本体はこちらにあるし、現世に戻った時には手元には無いわよ。でもアストラル体に移行した時にはそのまま一緒に出てくる事になるわ…」


 何かを察したひびきはそっと俺から離れて、静かに続けた。

 俺は人前で涙を流したのが恥ずかしくて、慌てて後ろを向いて袖口で涙を拭った。


「…本体には手入れと鍛え直しをするように伝えておくわ。現在の状態が常に反映される仕様システムになっているので、大至急、取り掛かって貰うわね」


「お、おう!…さんきゅー!」


 俺は少しはなすすって言った。


 やべやべー、カッコ悪いなぁ、もう。

 しかし、気付いたらひびきも斜め向こうを向いて、それとなく片目に手を当てていた。

 あれ…?ひょっとして、彼女も泣いて…?


「…さあ、それじゃそろそろ学校に戻りましょうか?こちらで費やした時間は現世とは全く関係無いから影響されないけれど、授業中や何かしている最中に行ったり来たりはギャップが大きくて混乱するわ。くれぐれも、『次元ボケ』しないように気を付けてね」


 努めて冷静に彼女は言った。

 しかし『次元ボケ』なんて言葉があるとは…。でも、今戻ると言う事は、さっきの視聴覚室で映像を見てるとty


「…ぅわあぁあーーーーっっ!!!」




 『 びゅぅっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ 』




 前置き無く、俺は再び『く』の字の格好で秒速で運ばれた。


 て言うか、移動の際には声掛けてくれ、頼む!

 むしろこれで寿命が縮まりそうだ!!




 ※※※




 全身がビクッッと震え、俺は上半身を起こした。


 辺りは真っ暗な視聴覚室。

 目の前のスクリーンにはさっき途中まで観ていた、資料映像の続きが流れている。

 改めて周囲を見回すと、暗い室内に並んだ段々畑のような傾斜になっている扇形の机には、他にも数人が睡魔に負けて突っ伏して寝ている姿がちらほら見られた。


“…本当に一瞬なんだなぁ…”


 物凄く長くて濃い時間を過ごしたようだが、こちらでは全く変わりない日常の続きが繰り広げられるのだ。


 俺は、拍子抜けするくらい退屈な映像とナレーションを観賞しながら、さっきまでの仮想次元フィールドでの出来事を思い返した。


 大蛇との闘いや、黒い獅子ーー俺の【鬼神力】という名の守護神ーーは天井の染みとなって身を潜めていて黒猫として転生、逃げた青い狛犬、基本の型、そして前世の俺がずっと使っていたという愛刀ーー俺はハッとして背中をまさぐった。

 しかし、やはりそこには何も無かった。すると後ろから俺の肩をツンツン、と誰かに突っつかれた。俺は振り返る。


「寝ぼけてんのか、心詞みこと?」(小声)


 それは頬杖つきながらニヤニヤしている幼馴染だった。

 暗い室内で伊達眼鏡にスクリーンの映像が反射している。


「あっ!さ…(小声)さとる、お前休み時間どこ行ってんだよ、話がーー」


 幼馴染は片手で手刀を切り、小声で言った。


「スマン!もーーちょい、やる事あってな…悪いが昼休みも用事があるんだ。島根にヨロシクな」


 と言うと、またしても暗がりだからと堂々とタブレットブックに打ち込みを始めた。伊達眼鏡に今度はタブレットの画面が反射している。


 俺にはさっぱり分からないが、何かのプログラムコードのような、アルファベットと数字の一定の規則性を持った羅列が物凄い速さで流れている。

 とりあえず今はコレが終わるまで放っておけ、って事か。


 俺は前を向いた。チラッと壁面の時計を見たが、終了まではまだあるか。

 当分の間、哲は放置するとして、まあ俺も暫く部活の後におおとりんち(正確には祖父の家で神社だが)に行かなきゃだし、大筋はさっきの仮想次元フィールドで聞いたから大丈夫か。


 に戻って来てからの授業の終盤は、何故か全く眠く無かったし、不思議と疲れも取れていた。

 であれだけ動いていたのに、不思議なものだと思っていた。




 ※※※




 やがて4時限目も終わり、生徒達は教室に戻って各々の昼休みに走った。


 俺は隣のクラスの島根に用事を済ませてから行く、と告げて後で屋上で落ち合う約束をした。

 そして急いで3年生の校舎へ向かった。


 目的は勿論、サッカー部の部長へ、無断で休んだ謝罪の件でだ。




 ※※※




 3-Dのクラスの前に来た。


 上級生ばかりの校舎は、皆大人っぽいし、背も高い奴が多いから緊張する。

 少し咳払いしてから、思い切って開いている後ろのドアから顔を出し、声を出した。


「えと、お疲れ様です!1年B組、息長おきなが 心詞みことと言いますっ!サッカー部部長、伊能いのう 俊介しゅんすけさん、すません、お願いしまっす!!」


 教室で弁当を食べていた何人かの生徒達が一斉に心詞の方を見た。


 脇の下がじわぁっとなる感覚を堪えながら、心詞は両手を身体の横に揃えてピシッと立っている。


 すると、教室の隅で4人ーー正確には1人がノーパソを前に机に座っているのを囲んでいた3人の内の1人が、逆光で黒い影となりながら、ひらひらと手を振って近付いて来た。


「おーーーっす、ミコト!おっ疲れちゃん~」


 緩いパーマのような長めのショート、左耳にピアスをしたスラッと長身で垂れ目のイケメン、サッカー部部長の伊能 俊介は、心詞の頭をくしゃくしゃと撫でて言った。


「なぁ、そんなに固くなんなよ~。今時ガチの体育会系、モテねーぞっと ♪ ーーんで、何か用?」


 いつも気さくで運動部部長らしからぬ軽やかさと、この優しげな見た目に加えてモデルのような長身とスタイルの良さで、校内でも人気の高いモテ男だ。

 だが、こう見えてサッカーの技術も素晴らしく、俺も憧れの先輩だ。


「はいっ!あのー、俺、昨日ちょっと…その、体調崩して部活休んでしまって、何も連絡しないで、本っ当にすませんっした!!」


 俺はガバッと身体を二つ折りにして頭を下げた。

 自分の上履きを見ている俺の頭の上から笑い声が降ってきた。


「あはっははは~!!ほーんとにミコっちゃんはクッソ真面目だな~!お前、チョー可愛いぜマジで!ははっ、OKOK!気にすんなし~」


 そう言って俺の頭と背中をポンポン、バンバンと叩きまくった。俺はホッとした気持ちで顔を上げた。


 ーーその時何故か一瞬、妙な気配がした…ような気がした。


「てかさ、俺っちも実は、昨日用事あって部活行ってねんだわw だからホント、マジで気にしなくてOK~。ミコトもさ、もっと気楽に行こうぜ、なっ!」


 逆光を受ける部長の顔が黒く影になってしまっている。

 左耳のピアスだけが妙に眩しい。ーーそうか、逆光だからだな。


「はいっ、あーっざまっす!!で、今日は勿論、部活行くんで、また宜しくお願いしゃっす!!それでは失礼しまっす!!」


 俺は礼をしたまま後ろに下がってそこから離れたが、帰り際に部長の声が俺を振り返らせた。

 そこには、ドアの上部を懸垂するみたいに長い両腕で掴んでもたれる先輩の姿があった。


「あー、あとさー、俺っち今日も出れねんだ、わりぃ。フクブの森田に任せてっからさ、あとはヨロな~ ♪」


“えっ…?”


 俺はちゃんと謝罪も済んですっきりした筈なのに、何故かまたモヤモヤを抱えてしまったような気持ちでいっぱいになった。


“ーー伊能先輩、元々チャラい雰囲気ではあったけど…ああ見えてサッカーにはすげー真面目に取り組んでたし、遊んでてもメリハリは付ける、みたいな感じだったのに…”


 何だろう、この落ち着きの無さは。


“いやいや、もう3年だし、夏休み中の試合で最後って話だったけど、きっと塾とか予定が詰まってーー”


 ーーーー違う、だからこそ尚更、今の内に部活やっとこうぜって、先月言ってたじゃないか…?


 考えれば考える程、モヤモヤが溜まっていくようだった。


 そうこうしている内に、一年校舎の屋上へ着いてしまった。

 そこには俺の鞄と自分の鞄やらで陣地取りして、弁当も開けずに胡坐をかいて律儀に待っていた島根が、大きな身体で手を振って俺を呼んだ。


 ああ、なんかすげー安心するわ~…


 この時俺は、心から思った。


「島根ぇ、俺ーー、お前が…大好きだ!!!」


 島根の動きが止まった。


「…ご、ごめん…俺、他に好きなコが…」

           

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