第17話 エクスカリパーはダメージ1のパチモン

 

 「あと、戦闘に関しては、命に関わる事だからもう少し具体的に話しておくわね」


 名前呼びをする事ですっかり機嫌が良くなったは、話を続けた。


「昨日みたいな雑霊に関しては、印を組んで簡単なことばがあれば、効果は出るわ。と言うより、そもそもあなたであれば、本来覚醒したら手を合わせるだけでも祓える筈よ。ただ、今の段階ではまだ難しそうだから、基本の【タオ】と【コウ】を覚えてもらうわ。」


 そう言って、ひびきは両手を前に差し出し、掌を外側に向けて、指を全て真っ直ぐに伸ばして人差し指と親指を付けて三角を作った。


「これは雑霊やただその場の歪みに集まってしまった霊体など、【ことわりが同じなモノ】を祓う為の【タオ】で、この三角の窓に向かって【ヲン】と強く念じて詞を発する。その後に、大きく柏手を一回打てば大概祓う事が出来るわ。ヲン、とは天を表し、魂が思念体だと言う事を気付かせる為の詞でもあるわ」


 こう、三角にしてヲン、ね。

 俺は同じように手で型を作って見た。

 その様子を見てひびきは頷き、続きを話す。


「次に、【鬼人力】とまではいかないけれど、半妖程度までの妖力の付いた【妖霊】と呼ばれるような、既にヒトであった魂の枠から外れたモノや、もしくは本来は別次元に棲まうモノ、つまり【妖怪】などと言った【理が異なるモノ】への型はこう」


 今度もやはり同じように両手の指を全て伸ばしたまま掌を外側に向けるが、ここで片方だけくるっと自分の方へ掌を向け、ちょうど写真を撮る時などに風景を切り取るように四角を作った。


「これでこの四角の窓に向かって【バク】とやはり強く念じて詞を発する。ここも同じように柏手を打つけど、強く二回打つ必要があるわ。バク、とは大地を意味するけれど、この場合、元の地へお戻りするように説く事になるの」


 ふむ、四角を作ってバク、で柏手二回か。

 また同じようにやって見る。

 ーーだがちょっと気になるので聞いてみた。


「なあ、今フツーに言ってたけど、その【妖怪】なんてモノ、本当にいるもんなのか?」


 俺の疑問にひびきは事も無げに頷いて言った。


「勿論よ。でなければ、大昔からそんな存在が認識されないし、いきなり漢字で表記されても、振り仮名無しでも大抵の人はすぐに読めるでしょう?」


 何だろう、メタい発言をされたような気がするので、聞かなかった事にしよう。

 彼女も、俺の質問なんて全く意に介さないような感じで先に進んだ。


「どう?基本の型自体は全然、難しくないでしょう?」


 俺は大きく頷いた。何ていうか、拍子抜けと言って良いぐらいだった。

 そこで、当然浮かび上がってくる考えが出てきた。


「てかさ、こんなに簡単なんだったら、誰でも出来ると思うんだけど…そしたらそもそもの話だけど、昨日の、あの沢山集まってきた黒いヤツ等みたいなのが、あんなに大量に居る訳が無いんだよな?」


 思った事を率直に言ってみた。ひびきはそれを聞いて少し困ったような顔をした。


「そう来ると思ったし、正論ね。…そうなのよ、でもそれが実は問題なのよ。…あんまり簡単だから、誰もやらないと言った方が分かるかしら?」


 小さなため息混じりに説明するひびきの言葉に、俺は首を傾げて、それから左右に振った。


「もっと分かりやすく説明するわね。例えば私が、あなたの目の前でこれをして【祓え】だと言った時に、あなたは心から感謝してまた困った時に頼もうと思うかしら?更に言えば、私がこれを仕事にしているとして、お金を出して次も頼もうと思うかしら?」


 ちょっと想像して、ピンと来た!片手を皿にして、片手の拳でポンと叩いた。


「そっか、簡単過ぎるから、金出すくらいなら自分でやろうと思うし、逆にやる方はこれじゃ簡単過ぎてお金が取れないと思うのか!」


 ひびきはコックリと大きく頷いた。


「そうなのよ。だから、【祓え】を生業にしようとする人達は、普通の人が簡単には真似出来ないように、どんどん複雑に手順を加える必要があったのよ。そして、その都度、どんどん金額は上がって行く。結果、本当は誰でも出来ていい筈のものが、ごく一部の界隈だけの特殊職業の様になってしまい、誰でも気軽に頼めない様な料金体系やシステムが出来上がってしまったのよ」


 物凄く…納得した。

 結局金儲けって事か。俺は腕組みをしてコクコク頷いた。


「そうか…なるほどな。食ってく為には、それもそうかー」


 だが、ひびきは人差し指を立てて、注意を喚起するようにして、更に続けた。


「お商売なんて、基本似たり寄ったりだけどーーでもね。逆にだからこそ、一般の人々を守る意味合いもあったりするのよ。中には、そのモノが雑霊なのか妖霊なのか妖怪なのか、こちらからはことわりの区別が付かない程に巧く溶け込んで油断を誘う危険なモノも居る。その場合一歩間違うと大変な事になるから、それを防ぐ目的もあったりするのよ。物事には何でも一方向だけの回答は無いと言う事ね。因みに、強力な【鬼人力】はまさにそのタイプよ。狡猾で、簡単には正体を掴ませないわ。今、話した事を今後も良く覚えておいて頂戴ね」


「うん…分かった。しっかり説明してくれたからな、覚えておくよ」


 ここで、ひびきは安心したように頷いて一旦ソファに座り、お茶を飲んだ。

 仮想のティータイムと言ったところか。

 ここでは思った物は大概出てくる、だがあくまでも自分がしっかりと思い浮かべられる物に限るのか。

 あのコスプレ衣装も現物があるという話だが、ではあの薙刀のような武器はどうなんだ?


「なあ、衣装が実物も存在するのは分かったけど、そういえばあの、あ・・・、が持っていた薙刀みたいな武器はどうなんだ?もしかしてあれも・・・どっかに存在するのか?」


 そして今後また、さっきみたいな化け物相手に闘うとしたらさすがに素手では怖すぎる。出来れば俺にも、何がしかの武器があると心強いが…。


 ひびきは名前を呼ばれて、無表情だが嬉しそうに(?)して飲んでいたお茶を置いた。ハンカチで口元を押さえると、


「普通の薙刀は祖父の家にもあるけど、戦闘用の【薙刀・改】は実家の敷地内の倉庫に安置されているわ。他にも色んな物が置いてあるし、あなたの使えそうな武器もあるかも知れないから、今から一緒に行って見る?」


 と言った。

 いやおい、ちょっと待て。


「今からって、実家って確か、高知とか言ってなかったか??」


「ええ。3次元の物理的には距離があるけど、この仮想次元フィールド内においては全く問題ないわ。ただし当然だけど、もし気に入った武器があっても、それを実際に持ち帰る事は出来ないわ。あくまでも参考として見学に行く感じね。それで後日、実際に工房へ発注して現物を手にしてから初めて、でも使用可能になる…って流れだけど、どうかしら?」


 ひびきは座ったまま足を組み、両手でその組んだ膝を抱える仕草をした。

 そうか、高知なんて行った事無いけど、ここは折角だから行ってみるか。

 それとついでに俺からも提案が。


「そうだな、まずは見てみないと、だし。行ってみるか!あとさ、俺の事も名前呼びでいーよ、心詞みことって。その方が俺も気がラクだし」


 ひびきは微笑んで頷いた。くっそ、やっぱ美人だな。

 普段無表情な美人が笑うと、こんなに破壊力あんのか…眩しいから逸らしとこう。俺は伸びをするフリをしてそっぽを向いた。


「じゃ、行くわよ。ミコト」



『 びゅぅっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ 』



「!?」


 声と同時に背後から片手で掴まれ、ちょうど『く』の字の格好のまま物凄い速さで後ろに引っ張られた俺は、風速で口を閉じる事が出来ずにヨダレが風に飛ばされそうな勢いだった。


「着いたわ」


 ひびきの声と同時に移動が終わり、俺は足を下ろした(空中だけど)。


 ものの3秒もかかってないようだが、物凄い風圧だったので、髪の毛はボサボサ…では無かった。

 気持ち頭を撫で付けて振り返ると、そこはもう白い壁に囲まれた蔵のような場所だった。

 そうか、瞬間移動みたいなものなのか…何となく、高知県まで遥か大空を飛んで行くイメージを勝手に抱いていた俺は、ちょっと残念な気がした。


 気を取り直して到着した蔵の中を見渡すと、大きな壁面に長槍や棒状の武器が無数に掛けてあり、刀身の長い剣のような物もあった。

 様々な甲冑や見た事の無いデザインのボディアーマーのような防具系もギッシリ並んで置いてあり、これは中々に男心を躍らせるワクテカ空間だ。


「おおお…!す、すげ~…!!」


 俺は嬉々としてあちこちの武器や防具を眺めに行った。

 気持ちはRPGの武器・防具屋巡りな感じだ!ココは是非、聖剣エクスカリバーを…いや冗談。


 でも男子たるもの、やはり剣は一度扱ってみたい!割とマジで剣タイプを物色していると、途中でひびきが隣に来て、壁にかけてある武器の一つを指差した。


「これが、今の私の主力武器の【薙刀・改】よ。何度か改良を加えて今の形に落ち着いた最新モデルになるわ」


 ひびきが指差した先には、確かにさっきの戦闘で使っていた、大蛇の攻撃をかわした武器だった。

 薙刀の形に似ているが、先っちょの刀部分がより大きくより湾曲して、更に刃の根元部分に刀身とは反対方向に反り返る、鎌のような、又は矢尻のような部分も付いている。

 良く見るとつかの所は丈夫な素材を編み込んだ様な作りになっていて、手元に当たる場所には透明な石が内部に埋め込んである細工になっている。


「手元と、刀身全てに【アウェイクド・クォーツ=トルマリン】を加工してあるわ。これにより、電磁力体ゴーストエナジーに双方干渉出来るーーつまり、次元の異なる相手にも攻撃を加える事が可能ーーになってるの。ミコトは何か、気になる武器や道具はあった?」


 俺は決めあぐねて腕組みをした。


“使ってはみたいけど…俺に扱えるかどうか…”


 すると、ひびきが一つの武器を指し示した。


「コレなんかどうかしら?」


「!」


 それは、俺がこの部屋に入ってすぐに最初から目が惹き付けられて、ずっと頭から興味が消えないものでーー刀身の先端が太く、全体的に長く湾曲した昨今あまり見ない形の日本刀のようだった。

 まるで心を読まれたように感じて俺が驚いて目を丸くしていると、ひびきが『フフッ』と笑って言った。



「今まで、私の知っている【ミコト】はずっと、これを使っていたのよ」

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