第16話 カレーパンは便利なアイテムです
俺達は学校の遥か上空で二人、相対して座り(空中なのに座るというのもおかしなものだが)、
鳳も気が付いたら白金のコスプレから制服の姿になっていた。
自由に出し入れ出来るもんなのだろうか?
「なぁ…、その服装ってさ、さっきと違うけど…その、自分の好きに出来るモンなの?」
その言葉を聞き、ここで初めて鳳はブワッと耳まで真っ赤に染まった。
あれ?もしかして気付いて無かった…のか?
ヤバイ、なんか俺、要らん事指摘して恥かかせた系?
「あっ…!あの、ごめんごめん!!その、ちょーーっと格好が気になったから…てか、いやその、似合ってるよ!カッコ良い服だったよ!ただその、何て言うか、あんま見ないってか、コス…プレみたいな格好だった…から…さ」
なんか言ってる俺の方が恥ずかしくなるくらい、鳳はこっちを真っ直ぐ見据えたまま、ユデダコみたいに真っ赤になっている。
やっちまったなー…と、俺が痒くも無いのに頭をボリボリしていると、鳳は口元に手を当てて『コホッ』と小さく咳払いをした。
「いえ、えっと、ご指摘ありがとう…私も、ずっとあの格好だったので、気にするのを忘れていたと言うか、気にもして無かったのだけれど…そうよね、驚くわよね普通。…説明不足で、ごめんなさい」
鳳は真っ赤な顔のまま、やや俯き加減でそう言って頭を下げた。
「そうね、では説明ついでに、この次元の操り方を教えておくわ。まず、ここは私達の肉体が置かれている、普段生活している3次元ではないわ。何となくそれは分かっていると思うけど、大丈夫?」
話しながら彼女の赤い顔はやや落ち着いてきたようだった。
そして俺は頷いた。
ココが普通でないのはまあ、明らかだわな。
「今、ここに居る私達の存在は、【アストラル
鳳は自分の身体の胸に手を置いて指し示した。
「あっ、【幽体離脱】ってヤツ?…だと、現実の俺は気失ったり、半分死んでたりとかじゃないのか?」
【幽体】の言葉に反応して俺は言った。
じゃあ、現実の俺は今、視聴覚室でグースカ寝てる…?
なにそれ授業ヤバいじゃん!!終っても起きなくて皆にツンツンされてたりしちゃうじゃん!!
「半分合ってるけど、半分間違いね。さっき、あなたは現実で眠りに入った瞬間にこの次元に飛ばされたけど、それはほんの一瞬なのよ。だから、次に現世に戻るのも眠ったと感じてから1秒もかからないくらいの間なの。まず教えておくけれど、本当は【時間】という物は存在しないの。3次元の世界に肉体を縛り付けておく為に、便宜上設けられた、地球上でしか通用しない物差しだと思っていいわ」
衝撃の言葉が耳に入ってきた。
『時間なんて存在しない』だ…と…?
マ…マジか!
だとしたら、今までの常識が全て紙切れ以下になるのだが…俺はこのまま話を聞いてしまっていいんだろうか?
さっき覚悟を決めた筈だが、また一つゴクリと唾を飲んでしまった。
「まず、細かい事はおいおい学習してもらうけど、かいつまんで言うと、ここは何層もある次元構造の中の一つで、本来生身では入る事はおろか、視る事も感じる事も出来ないエリア。でも、私達はここをさっき渡した石、【アウェイクド・クォーツ=トルマリン】を開発し、それを身体に触れさせる事に依って【仮想次元フィールド】として移行可能エリアに実現させたわ。体感として、この世界は基本【念ずれば大概の事は出来る】事を覚えておいて欲しいわ。例えばーーそうね、座るならソファが在って、テーブルが在ってーーお茶も在ると尚いいかしら?」
鳳がそういう度に、座り心地の良いソファが出現し、ちょうど良い高さのテーブルが現れ、湯気も立つ香り良い紅茶が出てきた。彼女はソーサーを持ってティーカップを口に運び、美味しそうに一口啜った。
「えっ!すっげぇ!!何でも好きなモン出てくんのか?じゃ、じゃあーー、えと、あ、アレだ!【すげーー美味い超高級ステーキの、超超分厚いヤツ】!!」
俺はそう言ってテーブルの上を指差した。
だが、そこには一瞬だけモヤモヤした煙のような物がちょこっと現れただけで、すぐに霧散してしまった。それを見た鳳がクスッと笑う。
「残念ね。実現出来るのは、【自分で具体的に知っていて、構成する物がおよそ何で出来てあるかを理解出来ている】場合に限るわね。私は、このソファやテーブルは自分の実家の物だし、紅茶はいつも好きで良く飲んでいる銘柄よ。ティーカップは同じ物を、今住んでる祖父の家にも持って来てるわ。つまり、構成する物質そのものの組成を知らなくても、それぐらい具体的に把握していれば実現可能という事よ。あなたも、食べた事の無い理想のご馳走では無く、いつも食べている馴染みある食べ物だったら出せると思うわ」
なるほど。一理ありそうだ。
腕組みをして、少し上を向いて考えた。
俺の馴染みある、良く食べてる食べ物つーたら…
「…カレーパン?」
すると、目の前に昨日も買った特売の揚げ立てカレーパンが出現した!
「おっ、おおおおおお~~~~~!!!!」
俺はカレーパンを手に取った。
なんと、ちゃんと温かい!!購買のおばちゃんから
「はいよ、熱いから気を付けてね」と渡された時のあの感動がココに再現されている!!
口にすると、ちゃんとサクッとジュワッとあっつあつ!!!
「…ヤッバ、俺ちょっと、いや大いに感動したわ…すげーな、コレ」
俺は真剣な顔のつもりで、カレーパンをモグモグと、リスみたいに頬張りながら言った。昨日は食われてしまったからな、痛恨のリベンジじゃ。
俺の顔を見て、鳳が口元とお腹を押えて笑った。
「フッ…ウフフアハッ、あなた、ちょっとホッペが凄い事になってるわよ?ウッフフフ…」
ーーーーなんだ、フツーに笑うと可愛いじゃん…
俺はカレーパンのカスを袖口で拭いながら彼女の笑顔に見とれてしまった。
ここまで笑った顔見たの初めてだな。
まだ昨日今日だけだけど淡々と、どっちかと言えば上から目線の口調ばかりで、本当は人間じゃないのかも、何て思うくらい完璧で、ちょっと苦手かもと思ってたけど、こうやって見ると普通の女の子だな…ん?いや、…絵は死ぬ程下手だったか。
あの壮絶な画風を思い出して俺も笑い、二人でその場は少し笑った。
やがて笑いの虫が治まると二人して急に気恥ずかしくなり揃って咳払いをし、ソファに座り直した。
「…じゃあ、続きね。同じように服装なんだけれど、私のあの格好は戦闘用として実在してるの。私の実家…高知にある施設の中の特設工場で作られた物よ。最初は普通に制服や巫女装束や道場着だったりしたんだけど、やはり動き辛かったり、防御力が弱かったりなどがある為、都度改良を加えた結果があの格好に落ち着いた、という事よ。
そうなのか。・・・てか特設工場って、もしかして実家は凄いお金持ちなのかな・・・まあ、見るからにお嬢様って感じだしな。
そこはまあいいか。
「服装はよく分かんないから、とりあえず今はまだいいか…な?てか、それより俺はこれから具体的に何をどうすればいい?…そうだ、さっきの化け物みたいなのがまた来た時に、どうやったらアンタみたいに闘えるんだ?いっつも守って貰う訳にはいかないだろ?」
俺はソファの上に丸まって寝ている黒猫をチラッと見た。
コイツもいざとなったら、またさっきみたいにデカくなってくれるんだろうけど、俺ばっか逃げ回っててお荷物になるのはゴメンだ。
出来るなら俺だって皆を助けたい。鳳はそう聞いてニコリと頷いた。
「ありがとう。実は、その言葉を待ってたわ。闘うにはイメージだけでも可能なんだけれども、実際に身体に動きを覚えさせると飛躍的に向上するわ。明日から少しずつ、稽古を付けさせて貰うわね。具体的には、イメージトレーニング9に実技1くらいの割合で十分よ。少しでいいので、帰りに家に寄ってくれると助かるわ」
俺は頷いた。部活の後にでも、寄ってから帰ればいいか。母ちゃんにはテスト勉強とか何とか言う事にしとくか…。
「あと、…」
鳳は何だか少し口ごもったが、やがて言った。
「あと、私の事は“アンタ”ではなく、苗字か名前で呼んで貰った方が嬉しいかしら。その、“鳳”か、“ひびき”と呼んで頂いた方が…」
そう自分で提案しておきながら、鳳は照れて横を向きやがった。
わっ、ナニコレ恥ずかしい。
そんな風に急に照れ始めるなよ、俺が恥ずかしいっつーの!
まあ…でも確かに“アンタ”は失礼だよな。
けど、いきなり下の名前呼びもアレだから…
「んじゃぁ、…【おおとり】って呼ぶわ!コレでいいかな?」
俺は努めてカラッと自然に提案した。
しかし、彼女の反応は違った。
「…ええ、そうね、…分かったわ…」
なんか、急に彼女の顔色がスンと無くなった。
コレは…俺はまたやっちまったか?
鳳が下を向いてしまい、明らかに『違う』と言う空気を仕切り直すべく、俺はやり直した。
「あっ、いやー、やっぱ【ひびき】の方がいいかな!そっちで呼ぶわ!」
無表情ながら彼女の顔がぱぁっと明るくなったような気がした。
「ええ…勿論、どっちでもいいのよ、ええ。でも…それならそうね、うん。【ひびき】でお願いするわ」
正面を向いて急に自信に溢れたような顔色が彼女に戻った。
あー、やっぱこっちか。
……だったら最初から名前で呼んで欲しいって言えばいいのに。
ーーーー女ってヤツは本当に分からん!!
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