第15話 4時限目は地理の授業でした

  

  4時限目の移動教室は視聴覚室でこの近辺の歴史や民俗資料などを映像で学ぶ、という事だった。


 最初、教師がスクリーンの用意してたから、なんか面白い上映会かと思ってちょっと期待したので、がっかり感は半端無かった。

 せめて寝ないように努力するしかない。


 遮光カーテンをビッチリ閉めて、部屋の電気を消したら真っ暗になり、周囲から『おっ』と小さく反応する声が上がった。

 この束の間の非日常感は悪くないが、資料映像が流れ始めると、淡々としたナレーションに味気の無い映像の連続で、一気に退屈になってしまった。


『“…この時代では周辺地域で養蚕業ようさんぎょう、つまり蚕を育てて絹糸を産出すると言う仕事が行われ…おかいこ様と呼ばれて珍重されておりましたが現在では廃止され…また、このような珍しい鬼を祀る神社と言った…つまり歴史上大変価値のある…”』


“…なんか、一瞬、おおとりが…いやお祖父さんちだっけ、が映ったような…気…がす…”


 俺は努力も虚しく、またも盛大に舟を漕いでしまっていた。




“…”


“…!”


“…がくん、…きながくん!”


息長おきなが心詞みこと君、けて!!」


 鳳の鋭い声でガバッと目を開けると、その目の前に巨大な蛇が迫り、ぬらぬらと生々しく輝く肉色の大口に、禍々しく尖った牙を開けて俺に向かっていた!


「?!わっわわわ!!!」


 俺は慌てて身を引いて蛇の口から逃れたが、危うく右腕をかすりそうになり、ほんのちょっと触れそうになった所がチリチリと焼けそうに感じた。

 なんだこれは?俺は右腕を押えて辺りに気が付いたが、ここは学校の上空じゃないか!?


「な、なんだよーー!?これ、また夢か!?」


 目の前に白金に輝く衣装をまとった鳳がふわりと舞い降りて、両手を広げて俺と大蛇の間の壁となった。

 手には長い棒のような…薙刀に似ている武器を持って。


「残念だけど、夢じゃないわ!意識をしっかり持ちなさい!喰われたらそのまま魂を持って行かれるわ!!」


 再び凄い勢いで大蛇が口を開けて襲って来るが、鳳が薙刀のような物を高速で振るい回して跳ね返しながら叫んだ。

 まるで墨を叩いたような澄んだ金属音が響いた。


「なんなんだよ、いきなり!これが夢じゃなかったらどうなんだよ!!」


 俺はまだ状況が信じられずに言った。


 ぎゅっと目を瞑ってから開いたら、元の視聴覚室に戻って…いない。

 何回かパチパチと目を閉じたり開けたりしたが、依然として俺たちは空の上に居るし、目の前には例のコスプレ鳳と大蛇のバトルが繰り広げられている。


「だから、さっきチャットで伝えたじゃない!あの石を身に着けてるから、逆にもこっちにアクセスされる可能性があるって事をーーーー」


 大蛇の執拗な攻撃を薙刀で防ぎながらだから、ハァハァと息継ぎしながら鳳は説明したが、はた、とこちらを振り返り、


「…見てないの?」


 と、冷めた目で言われた。

 しまった、そういえば全然スマホ見る暇が無かったーー


「す、すまん!!…その、見る暇が無くて…!あ、危なっ!!」


 鳳がこちらに気を取られてる間に大蛇が大きくその体の向きを変え、真横から鋭く飛びかかって来た!

 鳳は身体をひるがえしながら俺の胴体をガッシと掴んで、大きくその場から一気に跳躍した。

 風の音が『ビュウゥゥゥッ』と耳の側でうなる。


「分かったわ。なら、今はまず身を守る事に専念しましょう」


 鳳は状況優先で思考した。デキる女だ。


 そして、あの化け物とかなり距離を広げたが、大蛇はこちらを狙う事を諦めていないようだ。

 遠くからでも真紅の目が光り、長い二股の舌をチロチロと出し入れするのが見える。


「あれは、なんなんだ!?大きな蛇…に見えるけど…??」


 俺は訊いた。鳳は今度はよそ見せずに前を向いたまま言った。


「そうね。私にもそう見えてるわ。おそらく、蛇に由縁する【鬼人力】使いが操っている可能性が高いわね」


【キジンリキ】って、昨日聞いたアレか!こんな風に化け物操るのか?…なんか昨日の話聞いた感じではまじないとかでこう、陰湿にジンワリと苦しめるイメージだったが、こうも直接的な物なのか!…いや、でも待てよ。


「…なあ!昨日の放課後にキューナカで、一瞬であの変な黒いヤツら、消したじゃんか!あんな風には出来ないのか!?」


 俺は訊いた。


 だが、この時、向こうで大蛇が一度大きく上空にバウンドしたのが見えたと思うと、反動で大きく胴体を左右に揺らしながら猛スピードで突進してきた!


 鳳は瞬間移動のように高速で武器で交わしながら、また俺を抱えて高く跳躍して距離を置いた。そして高速で移動しながら答える。


「無理よ!昨日のはただの雑霊で、であそこに干渉しやすくなったのを、祓っただけ。でも今、私達に向かっているアレは、もう何百年もられた怨念や想念が、実体に近い程の妖力ようりきを得ている、紛れも無く強力な【鬼人力きじんりき】そのものよ!同等の妖力で祓うか、もしくは遥かに上回る【鬼神きしん】の力で滅するか・・・あるいは!」


 鳳は言葉を区切って構えた!


 その時大蛇もまた、大きく跳躍してこちらに向かってくるのが見えたからだ。

 鳳は素早く薙刀武器を横一文字に構え直して叫んだ。


「ーー今は闘って逃げ切るか、の三択よ!」




 ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンン!!!!!




 斜め前方から物凄い勢いで大蛇が襲いかかり、この場で花火が暴発したかのようなまばゆく強烈な光の波動と空間を引き裂くような金属音が二人の身体を貫いた。


 俺は一瞬自分が死んだかと思った。

 それぐらいの大きな衝撃だったが、痛みは全く無かった。


 恐る恐る目を開けると、俺達二人と大蛇の間に巨大な何かが壁になって攻撃を防いでいる。


 そこには、大蛇と同じ位の大きさの、金色の瞳をした闇の様に黒く巨大な獅子が、全身の毛を槍の様に尖らせて、大蛇の前に立ち塞がって攻撃を阻んでいた。



  『『 ヴォオオオーーーーーーーーーーウウゥ!!! 』』



 どこからか突然現れた漆黒の獅子は、強烈な威圧感と大地が轟くような大きな波動を伴う咆哮を上げると、その巨躯からは想像も出来ない程の凄まじい速さで大蛇の頭に飛び掛り、鋼鉄のような鉤爪で首を引き裂くと同時に、一気にその頭部を喰い破り落とした!!


 激しい轟音と共に大蛇の頭が落ちた所から黒い霧の血飛沫ちしぶきが、まるで間欠泉のように『ドオオオォォッ!!』と噴出した。


「や、やった!!」


 思わず俺は拳を握り締めて叫んだが、黒獅子がくわえた大蛇の頭をブゥンと大きく振り回すと、その中から一回り小さい大きさの、真っ青な狛犬が黒いガスのような残滓ざんしをその身にまといながら飛び出し、真紅の瞳でこちらをギロリと睨んだかのように一瞥してから、疾風のごとき速さで飛んで消えてしまった。


 同時に、喰い破られた大蛇の頭部と離された胴体も黒い塵となって消え失せた。



「消えた・・・?た、倒した?って事でいいん・・・だよな?」


 俺は素直に喜んでいいか迷ったので鳳に訊いた。

 青い狛犬が消えた方向をじっと見つめていた彼女は、厳しい顔で首を振った。


「いいえ、逃げただけだわ。恐らくあれが本体なのね…大蛇の層は後から取り込んだ別の【鬼人力】あるいは【妖霊】だったようね。それにしても、この黒獅子は…?」


 鳳は漆黒の獅子を見て、顎に手を当てて首を傾げた。


 彼女が分からないモノは、俺だって分かる筈が無い…と、思ったが。

 はれ?なんか懐かしいと言うか、安心する気がする。


 突然、雷のように腹に響く重低音の『ゴロロ…ゴロロ…ゴロロ…』と言う音が響くと、黒獅子はノタリノタリと歩いてこちらに来て頭を下げ、身を屈めた。


 すると、みるみる黒獅子の身体が小さくしぼんで、あっという間にハンドボール位の大きさの黒い仔猫に変化した。

 ーーその姿は!


「あっ!!お前、今朝うちに居た黒猫!!」


 『うにゃあ』、と鳴いた黒い仔猫は、琥珀色の瞳を輝かせてゴロゴロと喉を鳴らしながら、俺の足元に擦り寄ってきた。

 そうか!ひょっとして、さっきの雷みたいな物凄い重低音は、黒獅子の時の喉を鳴らす音だった?…ようだ。


 しかしこの猫は一体なんなんだ?


「…まさか、それがあなたの現在の【黒王こくおう】…?」


 鳳が目を見開いて驚いている。

“コクオウ”って確か、母ちゃんが俺が名付けたとか言ってた名前だが。


 俺にはそんな記憶無い!どういうことだ?


「…【黒王】は、前回の転生時にあなたと共に散った筈の【鬼神力きしんりき】、つまり、あなたの守護神よ!まさか、今生こんじょうにも転生していたのね…」


 え?どういうこと??

 俺の【キシンリキ】って、守護神て、どういう事よそれ!



「あなたは、最もいにしえの原初の【鬼人力】を最初に上位互換と言える【鬼神力】として守護神にまで昇華させる事の出来た、稀有な魂の持ち主なのよ。故に、【鬼人力】に対抗し得る、唯一にして最大の切り札なの」




 ……ナ ン ダ ッ テ……?




 これが漫画のコマだったら、俺は恐らく真っ白な線だけになってる筈だ。


 それぐらい、俺はこの言葉を聞いた瞬間、何も考えられなくなった。


 鳳はそう言うと黒猫を抱き寄せた。

 ゴロゴロと鳳に額を寄せて甘えている姿は、そんな守護神なんて大層なモノには全く見えない、小さく可愛らしい普通の子猫でしか無かった。

 彼女は猫を撫でながら言った。


「…そう、天井に影として存在を潜ませていたのね…。息長君、えるわよね?」


 どうやら鳳が読み取った猫の記憶ヴィジョンが共有出来るようだ。

 俺の頭の中というか、今、目の前で実際に見ているかのように、映像が広がる。



 ーーそこには俺が子供の頃、サッカーボールを天井に蹴り上げて作った痕だと丸い染みが、昨夜の内にそこからまるで影が滴り落ちるような感じで黒猫が形成され、朝には俺の布団の上で丸まって寝る猫が完成された様子、…そして更に巻き戻して、どこからか飛んで来た黒い影が天井の平面に入り込み、そこにただの染みとして完全にカモフラージュされていく様子…。


 そして、次元の一部が歪み、そこに『上書き』として記憶が追加されていく様子まで、全てが映し出された。


「なんてこった…全部、ただ思い込まされていたのか…」


「違うわ」


 俺は少し絶望したような気持ちになった。

 だが、そこで鳳が間髪入れずにピシャリと訂正した。


「思い込まされていたのでは無く、隠したのよ。それは、そこまでしないと計画が漏れて破綻してしまうからよ。あなた自身が記憶を殆ど無くしているのも手段の一つよ。下手に記憶を持ったまま行動して、私と合流出来るまでに潰されてしまったら、全てがお終いだから」


 俺自身が、意図的に全て仕組んだ…?


 そう言われても、俺にはまだピンと来ない。

 鳳はふと、和らいだ表情になり、一度大きく瞬きすると、またすぐに引き締まった表情になり、こう言った。


「そうね、いい機会だから今、話せるだけの事を話しておくわ。ここの次元に居れば現世の時間は変わらないから大丈夫よ。さっきの狛犬も、あの様子では暫く攻撃は無いと思って大丈夫よ」


 俺は、ゴクリと唾を飲み込んで、話を聞く覚悟を据えた。


 だが、しまった。


 さっき聞こうと思ってた質問事項を書いたメモがここには無かった…。

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