第14話 趣味はピアスとローラーブレード

 

【  定時報告: アプリを使用しての“対象”を搾り出す作戦は順調。現在使用者は全国で述べ18万人に上る。ここから精査してより濃密な対象に絞って行くという過程をよりスムーズに且つフレキシブルに行う為、尚且つ更に多くの対象へと裾野を広げるべく、現在更に高度な内容にバージョンアップ中。改良が進み成果が上がった際には、報酬額の引き上げを要求する、以上。 アプリ担当 S.I 】


 都心のとあるビルの一室にある、薄汚れたデスクトップPCに新規メールの着信を知らせる通知音が小さく鳴った。


 そのビルの部屋のポストと看板には【総合オフィスメンテナンス/K企画】と書かれているが、実際にそこを出入りする者は少なく、室内にはまばらなデスクと椅子が乱雑に配置され、生きている機材は複合コピー機が一台、デスクトップPCが2・3台と電話が3台あるだけで、内1台しか常用されていない。


 本来そこにあった会社の持ち物で、置き去りにされた機材は隅っこにまとめて山となって固められている。


 その機材の山に寄り掛かって、頭まで毛布を被って寝ている少年が一人と、デスクトップPCと数台のスマホの前に座って作業をしている、草臥くたびれた黒のスーツ姿の男の二人しか、この室内に人はいないようだ。


「(S・Iから報告ねっ、と)」


 スーツ姿の男はPCのメールを見ながら他の国の言語で呟いた。

 目の前の灰皿にはタバコの吸殻が山のように溜まっている。


「(コイツ、高校生って話だろ?最近の坊っちゃん方はオツムの良い事で…。いいねぇ、どうやるんだか知らねぇけど、たかだかスマホをちょろっと弄くるだけで大金稼げるなんざ、ちょいと前じゃ考えらんねぇな…)」


 男は上着のポケットからタバコを取り出し、火を点けた。

 左の小指の先が欠損している。


「(こっちゃ、アホみてぇに集まる登録数から延々とデータの照合させられて、もう三日もろくすっぽ寝てねぇってのによ…!)」


 男はPCに向かって作業しながらタバコをふかし、貧乏揺すりを始めた。

 すると、すぐさま機材の山の方から舌打ちが聞こえた。


『(うっせぇ!くせぇし、タバコ吸う時ぁ、窓開けろっつってんだろ!あと、貧乏揺すりやめろや。ウゼェ)』


 男の頭の中に直接言葉が響く。


 男はギクッとなり、頭を抑えた。

 ギロッと機材の山の毛布の方を睨んだが、タバコの煙と共に息をフーーッと吐き出し、怒りを堪えて椅子から立ち上がり、部屋を歩いて乱暴に窓を開けに行った。


“(ケッ!こんな変な力持った奴が居るなんて聞いてねぇぞ、全く…【キジン】さんの手伝いすりゃあ稼げるって聞いたから来ただけだってのによぉ…クソッ!!)”


 男は心の中で毒づき、壁を叩いた。脆いコンクリのヒビの部分が剥がれ落ちる。


「おいおい、古いビルなんだ、やんちゃしてもらっちゃ困るぜ?せーーっかく、良い物件押さえたんだから、有効活用してもらいたいねぇ?なぁ、クソチンピラのおっさん?」


 まだ幼さも若干残る少年の声が日本語の肉声で響き、機材の山から毛布を頭から被ったままの少年が起き上がり、男に近付いて来た。

 男はガバッと振り向いて、タバコをブッと吐き捨ててファイティングポーズを取り、身構えた。


「(なんだ?ガキ!文句あんのかぁ?)」


 毛布の少年は男の吐き捨てたタバコを拾いあげ、男のすぐ近くまでやって来ると、一旦立ち止まり、毛布を片手で剥いだ。


 そこには、グレーのTシャツの上に白のノースリーブパーカーのフードを目深に被った、細身で小柄の12~3歳頃の少年の姿があった。


 袖から見える白い両腕には、ぎっしりとタトゥーが彫られている。

 サンスクリット文字のように見える。

 少年は、フード越しの顔を上げると男に向かってニッコリ、と微笑んだ。


「(…?)」


 男が笑顔に戸惑う仕草を見せると、少年はすかさず鋭い眼光を放ち吸殻をピンッと指で弾くと、一瞬で身を屈めて男の腹部に『ドゥッ!』と鋭いパンチを放った。


「(んぶぅっ!!)」


 男は身体を折り曲げて唾を飛ばし、苦痛に顔を歪めた。

 すると少年の足元の影から『ヌウゥーーーーーッ』と、巨大な影が少年の背後に立ち現れた。


 それは見る間に巨大な蛇のような形に変わり、男の頭を食らうかの様に虚ろな黒い口を大きく開けて、男の頭の上に振り被るように覆いかかった。


「(ひ!ぃいいひいーー!!)」


 男は咄嗟に逃げようとしたが、痛みと金縛りの為、身体が動かない。


 のような叫び声を上げ、大量の汗を流して海老のように身体を屈めたままガクガクと激しく震え、その場で失禁した。

 頭上の蛇は口を大きく開けたまま静止した状態だった。


「てめぇが何もしねえで、勝手に他国ひとんちに来て言葉も覚えず、ヤクザの真似事して稼ごうなんて考えてっから、いつまで経ってもクソチンピラのままなんだろ、おっさんよぉ!」


 少年はフードの下から軽蔑の眼差しを向けて、男の足元に出来た汚く生温かい池にぺっ!と唾を吐いた。

 汚物の池にはさっき弾いて捨てた煙草の吸殻が黄色く滲んでいた。


「オレの国はオレのもの、だから、壊すのもオレの自由!てめぇらはそれまで、オレ達の手足となって小遣い稼いでりゃーいいんだよ!…あとな、タバコはオレ、だいッ嫌いだ!!!」


 そう叫んで少年はフードを脱いだ。


 そこには、短い金髪ヘアーで碧の瞳、整った顔に複数のピアスを開けた、白い肌の綺麗な少年の顔が露わになった。


 頭上の大蛇の影はスルスルスルッと少年の足元に戻り、また、ただの影になった。


 そこで男はようやく金縛りが解けたようで、全身の力が抜けてまるで破けたゴムのようにその場にクタクタとへたり込んだ。


『(そこ、掃除しとけよ。後でまた来るからサボんなよ。サボったら喰っちまうからな)』


 頭の中でそう声が響くと、少年はキヒヒッと悪戯っぽい笑い声を出して部屋から出て行った。


“(…喰っちまうって…洒落になんねぇよ…)”


 男は滝のような冷や汗を拭い、湯気の上がる自分の汚物溜まりからのろのろと立ち上がり、掃除する為の用具を探しに行き、そこで深い溜め息を付いた。

 今更ながら、自分はとんでもない案件に足を突っ込んでしまったのでは無いか、と遅すぎる後悔をしたからだ。


“(…これが終わったら故郷くにに帰って、やり直すか…?)”


 一人深い自省の念にかられながら渋々掃除を始めた男の背後で、机の上にある数台のスマホの内の一台から、着信を知らせる音楽が流れた。

 その音楽は以前の持ち主が設定したままで、今では懐メロの部類になる当時流行っていた歌謡曲をDLしたもののようだった。


 画面には、【 着信中 アプリ/S・I 】と表示されていた。

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