第8話 巌67歳、趣味は日本酒ブログ(毎日更新中☆)

 

 俺たちは大きな灰色の鳥居をくぐり抜け、広い境内に進んだ。


 綺麗に敷き詰められた玉砂利をジャリッ、ジャリッ、と踏みしめる感触が心地良い。正面には大きな拝殿がある。一応、お参りとかした方がいいのかな?と思い、俺はお礼するようにペコリと頭を下げて一礼した。

 頭を上げた時によく見ると、装飾の施されたひさしの中央には鬼の面のような物が付いている。“なんで鬼?”と思っていると、


「正しくは【二拝、二拍手、一拝】よ」


 おおとりはそう言って俺たちの間に割って入ると、頭を二回ゆっくりと下げた後にパン、パンッと手を叩き、合掌して目を瞑り、しばし沈黙した後に最後頭を一度深く下げてからスッと後ろに下がり、俺たちにチラリと目配せをした。

 同じようにやれ、ってことか。


 俺とさとるは彼女にならって二回頭を下げ、パンパン、と二回手を叩いて合掌し、一回頭を下げた。


「作法には意味があるわ、何事もね。母屋はあっちよ」


 鳳は静かな口調だが満足げにそう言うと、身体を翻して境内の裏手奥に回って行った。俺たちも後を付いていく。そのタイミングで哲は思い出したように一旦鳥居の所まで戻って、拝殿を含むあちこちをスマホで写真を撮ってから付いてきた。


「広いな」


 哲は俺に追いついて小声で言った。俺も頷いた。


「学校の近くにこんなデカい神社あるなんて…知ってはいたけど、来たこと無いから分かんなかったなぁ」


 俺の言葉に哲も『ああ』と同意し、二人は母屋らしき場所、それはもう“屋敷”と言って過言の無い趣のある家屋の玄関口に立っている鳳の所へ行った。


 年季の入っている玄関の壁には【皇 巌 / 光一郎 / こだま】と達筆でしたためられた家族名が書かれた木札が打ちつけてあった。


 そういえばさっきから姿が見えないと思っていたが、家の奥から何やらキンキンと高い声が聞こえるので、ジャージ幼女は先に家の中にいるようだ。


 ガラガラと引き戸を開け、鳳は広い三和土たたき(既に六畳くらいあるんじゃないか?)から進んで上がりかまちで靴を脱ぎ、膝を着いて向き直ってからきちんと履物を揃えて端に避けた。

 所作のいちいちがキッチリしている。


「どうぞ、遠慮はいらないわ。上がって頂戴」


 って、めちゃめちゃ遠慮するわ!


 と突っ込みたいくらいピカピカに磨き上げられた床、広い玄関、そして鳳の背後には屏風と長い槍のようなものが壁面に立て掛けられていて、俺は完璧なまでのアウェー感に面食らっていた。


「じゃ、お邪魔しまーす」


 だがそんな俺の杞憂をよそに、哲は飄々ひょうひょうと靴を脱ぎ、家人に倣って膝を着き、靴を揃えて端に寄せ、俺に『ほら、お前も』とアイコンタクトを送ってきた。


 くっそー、さすがだな。内面は2次元こじらせオタクの癖にイケメンでコミュ力と適応力スキル高って、チート過ぎん??(加えて頭も良かったな・・・)

 俺はフツメン中のフツメンだしな・・・と、秒速で落ち込んだ事は内緒だ。


 とりあえず俺も同じように靴を脱ぎ、きちんと揃えて端に寄せてみた。

 母ちゃん、これで俺も、いつの日か晴れて嫁いでも恥ずかしくない息子でしょうか。


 家の中へ上がった俺たちは鳳に案内された部屋に通され、暗い木目の長テーブルが置かれた和室で、用意されたフカフカの座布団に腰を下ろした。

 ここへ来るまでに結構な距離の細く長い、庭に面した廊下を歩いてきた。全体で何坪くらいあるんだろう?


 通された部屋は至ってシンプルな内装で、床の間に掛け軸と、青い花瓶(なんとか名前があるんだろうけど俺に分かる筈も無く)に季節の花っぽい物が生けてある。

 子供の頃に一度だけ連れて行かれた、本家のおじさんとかで年始の挨拶で見かけたぐらいの記憶しかない、所謂いわゆる『ちゃんとした和室』で所在無く俺はもじもじしていた。


“ーーーーてか、何しに来たんだっけ?”


 と、当初の目的を忘れそうになるくらい緊張していると、白い着物に水色の袴を履いた小奇麗な初老の男が、お茶と茶菓子を運んできた。

 鳳の紹介に依ると、祖父でここの神社の禰宜ねぎ(って、何ソレ?)を務めているそうだ。


「ひびきちゃんのお友達だね。古い家で恐縮だけど、どうか寛いで行って下さい」


 と、居住いを正し、穏やかな笑顔で彼女の祖父、“すめらぎ いわお”は挨拶をすると、スゥっと静かに障子を閉めて退出した。

 他の部屋の方から幼女の何か甲高く騒ぐ声と猫の鳴き声が聞こえる。


 何でも、ここは鳳の母方の実家であるという話で、先の幼女は母の弟、つまり叔父の娘で鳳の姪にあたるそうだ。確かに面影はあったような気がする。

 鳳の生家は高知県にあるそうで、家庭内の事情で彼女だけが先週からこちらの祖父の家に来ている、らしい(彼女の抑揚の無い説明に依ると)。


「見ての通り、ここは【咲玉東宮鬼鎮神社さきたまひがしのみやきちんじんじゃ】を代々祀らせて頂いてるわ。先程の祖父が先代の16代目宮司、現在は叔父が17代目宮司を継いでいるの。因みに、私の生家自体は神社では無いけれど、実家が管理している土地に【大津鬼西宮鬼鎮神社おほつきにしのみやきちんじんじゃ】と言う、やはり同様の神社が存在します」


 鳳はそう話した。

 由緒正しい神社なんだな、と思った所であの拝殿にあった鬼の面のような飾りを思い出した。


「あの、あそこの鬼の飾りってさどういうーーーー」


 そこで哲が『ストップ』と言って俺を制止するジェスチャーをして、テーブルの上にスマホを置いた。


「ちょっと待て。ここからは録音させてもらう。あと、最初に聞きたい。さっきの放課後の件だ。何があって、祓ったとか何とか言ってたのを教えて欲しい」


 鳳は無表情で頷き、俺は幼馴染の用心さに感心した。


「鬼の飾りは良い所に気が付いたわ。録音は承諾します。放課後の件は理解するのに時間が掛かりそうだけど、言葉にして伝えれば『アストラルボディにて別次元へ移行して、集まって来た雑霊ざつれいに祓えを行った為、次元移行を伴わなかった肉体のままのあなたには、それが認識出来なかった』という事になるわ。この件については後ほど詳しく説明します。そこで、今一度確認したいんだけどーーあなた、息長おきなが心詞みこと君は様子ね?」


 淡々と言葉を紡ぐ鳳の話は、日本語の筈なのに俺には理解できない。

 ただ一つだけ、何となく理解できるのは、『あなたーーーー』とさっき旧中庭で言いかけたのは、後半のその問いかけだろうか、という事だけだった。


 哲は珍しく腕組みをして片手で眉間を抑えている。

 真剣に考える時は無意識にこうしている。質問を効率良くする為に、言葉を発するタイミングを慎重に選んでいるようにも見える。

 その間、俺は聞かれた事に答えた。


「ん??その、覚えてないってのはどういう事?」


 何だろう、それはさっきの出来事の事か?いやもしかしてその前の俺の夢の事だろうか、でもそれはただの夢なのに今ここで話したってーーーーと、俺は今の自分が話すべき言葉を見失っている状態だ。

 現状、頭の中のクエスチョンマークがスマホの広告でよく見かける、落下ゲームのようにどんどん上から増やされた状態で、結局そんな言葉を選択するしか無かった。


「分かったわ、つまり振り出しからね。」


 鳳は理知的な瞳を一度伏せてから、意を決したように顔を上げた。


「ーーではまず息長君の一つ目の質問に答えるわ。ここの神社は鬼鎮神社、つまり【鬼】をお祀りし且つ鎮める役割を担っている、全国にも幾つかはあるけれど、比較的珍しい部類の神社ではあるわ」


 俺たちはふむふむ、と頷いた。なるほど、それで鬼の面ね。


「それで二人は、【鬼人力きじんりき】という言葉は知っているかしら?」


 俺たちは顔を見合わせて、二人ともふるふると頭を振るしか無かった。

 勿論知らん。


“【】??なんだそれは???”


 また一つハテナが増えてしまい、頭の中の落下パズルはもうデッドラインを超えそうだ。

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