第7話 コス衣装を作る人を心より尊敬する
俺は
まぬけな挨拶をして、高まる鼓動を気取られないように振舞っていたつもりだった。そして、仁王立ちで俺を待ち受けていた
「あなたーーーー」
と、言いかけた時だった。
突如、辺りの空気の温度が変わり渦を巻くようにザワっと動き始め、周囲の茂みの下から無数の黒い影が
「!?」
「『……。』」
俺がただ
するとその瞬間、一気に周囲の空間が霞がかったように灰色の空間になり、黒い影それぞれの姿がはっきりと見えるようになった。
それらは、ホラーゲームに出てくるようなクリーチャーなんて及びもよらない、青黒く腐乱した水死体よりもおぞましくグロテスクな、
霊感なんて俺には多分無いし、一生霊とか悪霊とかの類は見るわけが無いと思っていたが、もしかしてこれが
ーーだとしたら正直<怖い>なんてモンで収まらない!!!
悪寒というよりも、剥き出しの憎悪や
そして見ちゃいけないと本能で分かっているのに、何故かそのおぞましい物体の黒や緑や紫に変色した体表や奈落の底のように
逃げ場の無い悪感情の
「…旧い建物があるからかしら。よく集まったものだわ」
鳳ひびきはそう言うと、両手を広げ、ふわりと宙に浮いた。
彼女の姿だけ、この空間で白く輝いてるように見える。そしてよく見ると、いつの間にか着ている服が違う。白い着物姿に甲冑と制服を合わせたような、よく分からんが、アレだ。
ゲームやコスプレで見るようなアレに似ている!
しかし、何しろ着用している当人がモデル並みの容貌だ。発光している事もあって、神々しいくらい美しく見える。
俺がそんな彼女の姿に見とれている一瞬に、ブワッと膨れ上がるような悪意が激烈な悪寒となって頭から降り注ぎ、禍々しいモノ達は一斉に彼女に敵意を集中させて来た!
『 悪しき迷いし古き
鳳ひびきは空中で静止したまま360度回転(ーー回転、とは言うが実際には静止画像のように全ての方向を一瞬で彼女が同時に見ているように見えたーー)しながら、空間を支配するように鋭く通る声で唱えた。
その刹那、空気が氷のように張り詰めるのを感じた。
彼女は更に素早く両手を何度か合わせて組み直すと、前歯の間からスーーーッと鋭い息を長く吐いてから何かまた早口で呟いた。
『
最後にとりわけ響く声でそう言い放ち、両肘を水平に上げると、自分の口の前で両手の指をピンと伸ばして親指と人差し指で三角で作った。
するとその三角の間から細かな銀粉のような、何かキラキラと光る粒子を含んだ、ダイヤモンドダストのような霧が凄まじい勢いで発射され、あっという間に周囲の異形の物体達を包み込んだ。
なんだろう、その一瞬にうっすらと、異形の物体それぞれが人の形のように見えた。
パァァァァァンン!!!
鳳ひびきの両手が勢いよく合わされ、大きく
すると、その瞬間に全てが光に包まれ、周囲の物体がまるで一本の線のように水平に
同時に俺の身体の強張りも解けたが、心臓だけが恐ろしい早さで収縮運動を繰り返している。全身が冷や汗でびっしょりだった。
気づいたら辺りの景色も普通に戻っていて、俺は思わず周囲を見渡した。
そして、転校生もまたいつの間にか元の制服に戻っており、俺の前に無表情で立っている。俺は旧校舎の陰に隠れているはずの
すると、彼がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
俺は、思わず哲にしがみ付いて今の様子を見たかと訊いたが、変な顔をして逆に何をと訊かれてしまった。
どういうことだ??
「…どういうことなんだ?」
哲は俺たちにスマホの画面を見せて、転校生に詰め寄った。
だが彼女は自分が
あの恐ろしい空間にいた事さえ、どうでもいいことのように見える。
俺はまだ冷や汗も引いていないというのに。
「…
哲はスマホを下げながら言った。
やはり彼も違和感に気づいていたようだ。転校生は少し目を細めた。
長い睫毛が頬に影を落とした。そして、もう一度目を見開いてこう言った。
「そうね。ここにあなたが居る、という時点でそれが
コンジョウ?ヒツゼン?何言ってるのこの人?
と、俺がようやく少し落ち着いた鼓動の中でそう思っていると、
「どの道、順序だてて説明しないといけないようね。分かったわ。長くなるから、二人とも今からうちに来て頂戴。必要とあらば泊まりも覚悟なさい」
鳳ひびきは俺と哲を順番に見てそう言った。
ナン…ダ…ッテ?
「と、泊まりぃ!?」
俺は
初対面でいきなりお泊りとか、どんだけステップ飛ばしてんだよ!…ってそういう事ではないんだよな、落ち着け、俺。
「言っておくが、俺は3次元には興味ない!ハニトラは無効だからな、覚えておけ!」
哲は伊達眼鏡の真ん中を中指で抑えながらそう言った。
すげー良い声で言ってる風なんだけど、全然カッコ良くないよ、うん?
「『はにとら』なるものが如何な物かは
残念な幼馴染のキメ台詞を真顔でサラリと受け流した彼女は、そう言って身体を翻した。
俺たちはお互い顔を見合わせたが、もう彼女は振り返りもせずに旧中庭を出る所まで歩いている。ここは言う通りに付いて行かないといけないようだ。
仕方なく、俺たちも彼女の後を付いてこの場所を離れる。
幸い、余り人目に付かずに校門を出ることが出来た。
ずっと歩きのようだが、駅の方角ではないので、ここから近いのだろうか。
彼女の姿勢の良い後姿を追いながら、ふと思い出したように哲が口が開いた。
「さっき見せたアプリなんだが、実は更に改良を加えようと思ってる…まだ途中だが」
「あー。もしかして、見せたい物ってそれの事だったのか?」
俺は放課後の会話の場面を思い出していた。そういえば、話しを聞きながらずっとカタカタ打ち込んでいたな。
ところで、今通過しているここは学校の裏手にある公園で、その先には確か大きな神社がある。
前々から知ってはいたけど、鬱蒼とした木々に囲まれていてなんとなく気持ち悪い感じだったのと、それを抜きとしても何故か余り行く気にならなくて行った事の無い場所の一つだった。
鳳ひびきは歩くのが早い(脚が長いからか?)。
一度も俺たちを振り返らず、どんどん進んでいく。
「そうだ。精度はかなり上がってるはずなんだが、もっとこう…なんというか、楽しくなるように改良したくてな。それの意見を聞きたかっ」
「おっ、!おかえりなのじゃ~~!!」
大きな灰色の鳥居が正面に現れるとその前で鳳ひびきは歩みを止め、と同時に元気な幼い声が飛び込んできた。
この声はもしかして…
鳥居の影から、緑色のジャージと白い紙で束ねられた黒髪が揺れるのが見えた。
間違いない、俺のカレーパン泥棒がそこに居る!
「ただいま戻りました、
鳳ひびきはジャージの少女に対し、サッと
彼女が何か言ったかは俺には聞こえなかったが、いきなり屈んでお辞儀しちゃったりして、あの喋り方も踏まえて何かのお遊びに付き合ってるんだろうな、という認識だった。
長身の鳳が身を小さく屈める事で、少女の姿も、俺たちの姿も、お互いに視認することが出来た。
少女は俺の顔を見るや、パァッと明るい表情を浮かべた。
「おーーーーっ、お主は!先ほどは世話になったのじゃ!」
少女は跪いた鳳越しに、そう言って満面の笑みで俺にぶんぶんと手を振った。
隣では哲が眼鏡を上げて食い入るように少女に見入っている。
「幼女…ツインテ…そしてジャージという強力布陣……だがあれは三次元…いやしかしこれは逸材」
ブツブツとそう呟くと、
「アリ寄りの……アリだ!」
と、伊達眼鏡を夕陽の乱反射を全て受けて輝かせた。
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