第6話 哲はスマホ2台持ち

 

 放課後のチャイムが鳴り響く。


心詞みことー、行こうぜ」


 島根が教室のドア越しに部活に行く為に俺を呼んだ。

 ドアに頭がぶつかりそうなので少しかがんでいる。


「あっ…と、俺、えーと、そうそう!し、職員室呼ばれてんだ!だから、その…後で行くよ」


「ははぁ、さては遅刻以外にもなんかやらかしたか?たまにはちゃんと怒られてこいよ」


「あ、はは、は!ソウナンダよー!はははー」


「OK、部長には俺が言っとくよ。じゃ後でなー」


 咄嗟に付いたでまかせを島根は疑うことなく信じてくれた。

 まあ、普段もある意味アホな行動してるからな…(俺は至って真面目だが)。

 島根は気の善さそうな笑顔で軽く手を振ってその場を離れた。


 さて、俺は人生初の女子(しかも美人!!)からの呼び出しに戸惑い過ぎてどうしたらいいか分からない。

 ここは経験豊富な先輩に助けてもらいたい。


 窓際の自分の席でノーパソのキーボードを叩き続けている伊勢原 さとるの所へ行き、おおとりひびきの事を話した。

 哲は顔も上げずに俺の話をふんふんと聞いている。

 暫くしてからエンターキーをタンっと叩いてようやく顔を上げた。


「なあ、これって…なんだと思う?まさか転校初日でこっ告白…とかないよな?」


 俺は渡された一筆箋を見せて言った。ヤバイ顔が少しにやけている。

 哲はつまらないものでも見るように紙切れに目を通してこう言った。


「てかお前、初対面でいきなり告白されるとかだったら逆にヤバイだろ。こんなの闇ルート選択でバッドエンド真っしぐらだな。俺なら行かない」


「じゃあ、すっぽかす…いやいや、それは無いって!悪いじゃん」


 こんな綺麗な紙に書かれた呼び出し、行かないのは申し訳なさ過ぎる。

 ただ、なんで呼び出されたのかが分からんから相談してるのだが…しかし、あれだけの美少女からの呼び出しでもコイツは全く動じないのか、さすがだな(正直ちょっと得意げだったんだけどなぁ)。

 俺の返答に哲はハァー、とため息を付いて額に手をやった。


「お前、ほんっとお人好しなー…まあ、告白でなければ今朝、彼女の自己紹介の最中に遅刻したお前が来たから、それでイラついてシメとこうとか、そんな可能性もあるな。何となく完璧主義っぽそうだしな」


 ーーーーマジか。いやでも、


「あー!それはアリっぽいなー…え?じゃ俺シメられに行くの?仲間がいてボコられる?」


 俺の返答に哲はのけぞって笑った。


「ははっ、そっちのほうが可能性大だろ。あの取り囲まれ方だと既にFC(ファンクラブ)位出来ててもおかしくなさそうだしな」


 どっちにしろバッドエンドじゃないか…くっそ。俺は項垂れた。


「マジかよーーーーやべ…なあ哲、一緒に付いて来てくれない?頼む!」


 俺は手を叩いて伊勢原大明神にお願いした。

 伊達眼鏡をかけたちょっと変態生き神様は少し考えるような素振りをした。


「んん、まー…いーか。でもバッドエンドなら俺は先に逃げるぞ。あと、俺からも見せたい物があるんだが、それは後で」


「おー!マジさんきゅーー!!恩に着るよ~」


「そだな、レベ上げ50くらいで許してやんよw」


「お、おぅ……」


 大明神は明日からの俺の休み時間をご奉仕の代償で承諾してくれた。

 哲はノーパソや机の上に出てるものを鞄にしまうと、スマホを手に立ち上がり、俺もそれを機に一緒に教室から移動することにした。


 旧中庭は今日、あのカレーパンをとられた所だ。

 歩きながら、俺はずっと頭をかすめていた疑問点が形を伴って浮かんできた。


“…あの場所は割りと分かりづらい場所だと思うんだけど、今日転校してきた人がすんなり行けるもんなのか…?”


 そうだ、何か違和感があったのだが、そもそも『旧中きゅうなか』なんて名称もすぐに出るものなのか?(浮かれていたから気づかなかった)

 それとも、休み時間ごとに陽キャ共に囲まれてたから、その中の誰かから聞いたんだろうか?


“……そっか、ま、そうなんだろうな…”


 俺は頭の中の疑問を勝手にそう納得させて考えないことにした。

 それより、これからの展開の方が圧倒的に気になる所だ。


 ーーーー告白か、ボコられるのか!


 俺は前者だったらどうやってお付き合いすればいいんだろう、皆に嫉妬されて大変だなぁ、とか、ほぼほぼアリエナイ幸福な妄想をどんどん膨らませて勝手に期待する事にした。


 哲はやはり歩きながらスマホを操作している。

 廊下をすれ違う女子生徒達の何人かの視線は、みな俺の隣を歩く長身の眼鏡に注がれていた(俺だってチビでは無いん…だがなぁ?)。

 そこで、ふと聞いてみた。


「なあ、お前って散々コクられてるんだろうけど、毎回なんて言って断ってんだ?」


 幼稚園からずっと同じ学校に通ってるが女子と一緒にいるのを見た事はない。

 哲はチラッとこちらを見て足を止め、目線を左斜め上に向けてこう言った。



「『ヤりたいだけのメスには興味ない』。」



(うわ最低)(…それ真顔で言っちゃう?)



 と言う、俺の心のツッコミはしまっておいた。

 そしてまた哲はスマホを見ながら歩き出した。


 ああ、俺やっぱ人選間違えてんな……




 ※※※




 旧中庭に着いた。旧校舎の影に回りこんで二人でそっと様子を伺う。

 鳳ひびきは既に到着している。

 よりによって俺がカレーパン食ってた所で腕組みをして仁王立ちをしている。


 その立ち姿に俺達は目を合わせ同時に悟った。



 『 “ あ、コレ駄目なヤツだわ。 ” 』



「よし、俺はここで見守ってるからとっととボコられて来い」


 哲はそう言って俺の背中を軽く叩いた。


 とりあえず、他に人影は無さそうだから、ほっぺにビンタくらいで済むだろうか。

 いやいや、まだ希望は捨てないでおこう。

 俺はギクシャクと歩き出して今日転校してきた美少女の元へ進んだ。


「よ、ようー!えぇと、なななんの用かなぁ~ーー」


 努めて平静を装ってるつもりだが、慣れないシチュエーションに口の中が乾いて上手く言葉が繕えない。鳳ひびきは姿勢を崩さずにこちらを見据えている。

 じっと目を合わせた後、スゥと息を吸う後が聞こえて彼女の形の良い口が開いた。



「あなたーーーー」




 ※※※




 旧校舎の影から二人を見守っていた哲は二つの事柄に異変を覚えた。


 まず一つは、二人はその場に相対しているだけで、何も会話らしい言葉は交わしてなかったはずなのに、心詞が突然あたふたして周囲を見渡し始めたからだ。

 自分の方へ顔を向けて何か言いたそうにしてるので、哲も旧校舎の影から姿を現した。ついでに二つ目の異変を確認したい。


「どうした?」


 哲は心詞に聞いた。

 すっかり動揺した様子の心詞は幼馴染の手にしがみ付いて言った。


「な、なあ、今の…見たか?」


「今の?ってなんかあったのか?」


 さっぱり訳が分からないが、更に転校生も凛とした背筋のまま顔だけこちらを見て眉を潜め、こう言った。


「あなたもいたのね…あらかじめ人払いをすれば良かったかしら」


 哲は明らかにムッとした表情で鳳ひびきに向き直った。


「なんか分からんが、おかしな事が起きてるようだな。まず、コレを見て何か関係あるのか教えてくれ」


 哲は手に持ったスマホの画面を心詞と鳳ひびきに見えるように顔の位置に向けた。


 そこには今日の昼休みに見たあの魚影探知機のようなレーダーが表示されている。

 だが、画面にはレーダーは円の中にマス目のような地紋があるだけで、他には何も映っていない。


「こいつは【心霊探知】と言うアプリだ、俺がかなり改良を加えてるがな。で、こいつに先ほど、突然異常な数値の反応が現れていた。ちょうどお前らを取り囲むような勢いで、赤い点で埋め尽くされてた。ところが、一瞬でその反応が全てキレイに消え失せた。一体どういうことだ?」


 心詞その言葉を聞いてギョッとした表情になった。


 だが、美しい転校生はまるで表情を変えずに画面を見つめた。まとめてある長い髪の先が風にそよいでいる。

 腕組みしている片手で顎を掴み、涼やかな口元でこう言った。


「“はらえ”をほどこしたからよ。よく出来てるわね、それ」

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