第4話 昼休みは90分くらい欲しいよな?

 

 午前中最後の授業のチャイムが鳴ると途端にざわめき合う校舎の中で、生徒たちは待ちわびた昼休みの時間を有効に使う為、一斉に各自行動を取り始める。


 今日やってきた隣の席の転校生は早速大勢の陽キャグループに取り囲まれている。

 あれだけの美人だ、自分とこのグループに引き入れたら色々映えるから早々にID交換を狙っている様子だ。


 俺はSNSにはあんま興味無いし、うるさいの苦手だし、集まってきた面子の誰かがすげー香りの強いコロン(もしくは柔軟剤か?)付けてるみたいで鼻がもげそうだったからすぐに鞄を持って席を離れた。

 すると教室の外からデカイ影がヌッと俺に近付いてきた。


「よう心詞みこと、購買行く?今日晴れてるし屋上だよな」


 校内でもガタイの良い方で(いや一番じゃね?ひょっとして)俺と同じサッカー部の島根しまね 寛志ひろしだ。

 身体がめちゃデカくて無愛想だからと誤解されやすいが、本当は人一倍心優しくて細かい気遣いの出来るおとこだ。


「あ、じゃあ俺、先に屋上行って場所取るわ。カレーパン残ってたら俺のも頼むー」


 島根は同中おなちゅーの同級生で、その頃からサッカー部だった事もあり、大体一緒につるむ友人の一人だ。隣のクラスにいるが昼休みは大抵一緒に飯を食っている。

 島根は『OK』のハンドサインをしてきびすを返すと俺の教室を後にして購買部へ向かった。


「あれ、お前今朝カレーパン買ってなかったか?」


 島根の背中を見送り、俺が教室を出た後から声を掛けながら付いて来たのは、同じクラスのスラリと細身で長身、茶髪(地毛)に眼鏡がトレードマークの自称『妄想の錬金術師ヲタクですがなにか』、伊勢原いせはら さとるだ。


 コイツとは幼稚園の頃からの幼馴染で、実はかなりのイケメンなのだが極度の二次元偏愛嗜好の持ち主だ。

 リアルで付き合うのは面倒臭いからモテ過ぎないようにわざわざ伊達眼鏡を掛けている…が、それすらも逆に似合ってしまう、残念で面倒な男だ。

 アプリ開発やゲーム攻略・制作が趣味で特技だが、故に普段はゲームやアニメに電子漫画コミックと、一日中タブレットやノーパソにスマホ画面を追うのに忙しい。


「買ったし食ったんだけど、ほぼ取られたような…」


 俺達は並んで歩いて、屋上へ向かいながら話をする。


「取られたってなんぞw 二次元幼女でも画面から出てきて取られたってかww」


 さとるは移動中でも勿論スマホの画面から目を離さない。

 こうして話しながらも常に親指はスイスイと画面をなぞっている。

 最近は美幼女育成ゲームにハマってるらしい。


『 <こ、困りますぅ~~ッ> 』


 哲の手にするスマホからケシカラン系のアニメ声が小さく聞こえる。

 校内を歩きながら堂々とナニやってんの?こいつ。


「ん~、…近いかも?」


 俺がそう答えるといきなり、


『ダン!!』


 と哲はスマホを持っていない方の手で、俺を階段の踊り場の壁に叩き寄せた。


 周囲で状況に出くわした女子たちから一斉に『キャー!』というハートマークが語尾に付いた喚声が上がる。


 待て待て!男と壁ドンはやめれ!!


「kwsk【くわしく】!」


 と、無自覚に外野に養分を与えた哲の伊達眼鏡が光っている(伊達なのに遮光付けてんのかよ…)。



 ※※※



 屋上に着いた俺たちは適当な場所を確保して座り、間もなく購買部から戻って合流した島根と三人で各々弁当を広げながら、俺が一時限目の休み時間に遭った出来事を二人に話した。

 ちなみにカレーパンはもう跡形も無くなり、敗残者の舌打ちだけがその場に取り残されていたようだ。


「…なんだーツインテ幼女はアリだが三次元かー、没だ却下だやり直し」


 哲は片手でコンビニのサンドイッチを食いながら、やはり目線はスマホから離さない。そして予想通りだが現実だと判明した瞬間のバッサリ感。


 なんでこんな奴がモテるんだ。


「何言ってんだ、おかげで午前中腹減ってたまんなかったぜ~」


 俺は弁当をあっという間に平らげた後に、島根がカレーパンの代わりに買ってきてくれた明太子マヨパンをむしゃむしゃ食う。


 因みにウチの学校の購買部は電子マネーが使えるから、その分はちゃんと島根に送ってある。

 家の小遣いは基本、毎月母ちゃんが電子マネーで決めた額を送金してくれる。その方が履歴も見れるし、管理が楽だからだそうだ。どうしても現金が必要な場合には都度相談するシステムを採用している。


「ははっ、どうりで怪我が増えてると思ったけど猫助けたって、さすがだよ。お前、昨日もツバメ助けて怪我したのになー」


 島根の方は幼女が圏外のようだ(良かったフツーだ)。

 そう言って笑い、その身体の大きさに合わせるかのような特大のおむすびを美味しそうに頬張っている。タッパーにおかずも持たされているが、やはり足りないのでいつも安くてボリュームのあるパンを2,3個追加する(時々俺ら三人でまとめ購入して割り勘したりして、育ち盛りに足りない昼飯事情をお互い凌いでいる)。


 『昨日の』とは、昨日の部活後に俺と島根の二人で道具を片付けている時の出来事の事だった。


 用具入れに向かった時、倉庫の軒先にツバメが巣を作るのを防止する網に、何かが見えた。

 良く見るとそれは恐らく巣作りの偵察に来たのであろうツバメが1匹、網にがんじがらめに絡まってブランと垂れ下がっているのを発見してしまったのだ。


 校舎で用務員さんから梯子を借りて俺が昇り、島根に足元を支えてもらった。

 せめて遺骸だけでも地面に降ろしてやろうと俺がそっと網に手をかけると、死んでいたと思ったツバメは突然バタバタと羽を動かした。


 最期の時までに体力を温存していたらしく、驚いた俺は体制を崩して張ってある網ごと引きちぎって梯子から落ちてしまったが、何とかツバメだけは潰さないように、両手でお腹の上に守ってドシンと背中から思いっきり落ちた。


 お蔭で網もすぐ外せて、ツバメはすぐに元気全開で羽を広げて大空に飛び立ち、それを見て一安心したのだが…結果俺は背中と腹筋を痛め、落ちる時に脚立に引っ掛けた脚と網の切れ目で手を負傷する羽目になったのだった。


「…へぇー。…じゃあアレだ、その内ツバメが可愛いになってお礼に夜這いの一つもシに来るんだろ?


ほどいて頂いた貴方にだけは…また…縛られても…いいんですよ』(裏声)


 …的な展開もアリの。やったぜ卒業おめでとーww ひゅーひゅー」


「どこのラノベだそれw」


「…お、俺の所にも来るかな?梯子支えるの手伝ったし…縛らなくていいから」


 俺たちはその後も適当な妄想話をしてゲラゲラ笑いあって昼休みを過ごした。


 そろそろ教室に戻ろうかとする時に、不意に哲のスマホから普段聞いたことの無い変な音階の通知音が鳴る。


「なんだこれ…あっ!!見ろ、初めて反応したぞ!」


 哲はスマホを親指で操作しながら片手で眼鏡を額にずらした。

 これは彼のテンションが一瞬あがった時に見られる仕草だ。


「??なんだ?」


 俺と島根は哲の両サイドに詰め寄ってスマホを覗き込んだ。

 魚影探知機のレーダーのような画面で、ある方向に一つの赤い点が点っている。


「前に、攻略にど~しても必要なアイテム取る為、やむなく入れたアプリが余りにもクソ杉たんで、俺様が改良加えたら全く反応しなくなったんだが、それが本日、遂に目覚めたようだ」


 そう話す哲の表情は一見変わらないが、内心明らかに高まっているようだった。


「なんのアプリなんだ?」


 俺が訊く。


「【心霊探知】。喜べ諸君、どうやら周辺になにがしかが出没しているようだ」


 哲はそう言って俺たちをニヤァっと見比べた。

 俺たちはワーキャーと大げさに叫び声を上げ、三人でもつれ合うように笑い転げながら、屋上から教室へと走って行った。

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