第2話 転校生が美少女という古典はカレーパンに勝てない
キィーーーンコォーーーーンンン……カァーーーンコォーーーーンンン……
始業の
反響は平日の閑散とした住宅街の家々の屋根や建物の壁にぶつかり、少しずつ形を変えて街の耳に届いて消える。
「はーい、おはよう~!」
教室のドアがガララと劣化の始まった引き戸のレールの存在感を出しながら音を立てて開き、その
このクラスの担任で英語の教師、
教師にしては全体的に髪の色が明るめだが、これは『ネイチュネル』、自然なのだと無駄に良い発音で言い続けているのがクソむかつく。
地毛ではそんなメッシュにはぜってーならないと皆思ってるが、もう面倒なので
「おはようございまーす」
「ざいやーす」
「あーーーーす」
ぶわっと集団の言葉の塊だと「おはようございます」と聞こえるが、その内の3割くらいは後半の簡素なワードで占められている。
森の中では木は目立たない…っていうのはこの例えでも合ってる?
「はーい、では出席を…取-るー前に~~、今日は!転入生の紹介するぞー」
瞬間、教室内の空気がザワついた。
いつでも<転入生>という存在は新しいムーブメントの代表格なのだ。
正しい反応乙。
「はい、入って~」
野洲多はドアの方へ手を差し出し、それを合図に開かれたドアから一人の少女が入室する。
教室のザワついた空気はハッキリと感嘆の言葉や驚愕の息遣いに変わった。
「ヒュ~~ッ ♪」
「超かわ…てか大人っぽーーーー」
「…ヤバない?」
賞賛と珍しさに見開かれた複数の瞳に映っているのは、長く艶やかな黒髪を頭部の
誰かが呟いていたが、確かに同い年よりも大人びた風貌に見える。
凛とした
「はーい、じゃ自己紹介、お願いしようか」
教師に促された少女は頷くと、おもむろに黒板に向かうとチョークを取り、カツカツとその
< 鳳 ひびき >
「
細いが艶とハリがあって良く通る声ではっきりとそう告げたが、少女は『お願いするわ』とは言いながらも頭は下げなかった。いやむしろ、反り返っていた。
そしてどこか疲れたようなため息を小さくつき、その身長に対してかなり小さな顔を教師の方へクリッと向けると、
「私の席の案内は?」
と、妙に冷め切った表情と完全に上からの態度で言い放ち、教室全体をポカンと呆気に取らせた。
思わずうろたえた教師が次の言葉を探していると、廊下をバタバタと走る音がこちらに近づく。何人かの生徒が後ろを振り返るのと同時に教室の後方のドアが『ガララッ!』と勢い良く開いた。
「…っはよーざいまーーすっ!!」
ハァハァと荒い息遣いをしながら現れたのは、絆創膏の貼られた手に購買の袋を提げた、ヨレヨレの制服に汗だくの男子生徒だった。
教室内の固まった空気がほぐれ、途端にあちこちから安堵の笑い声が上がる。
「あーー、すません、遅れ…チャッタ?」
「おはようさん!遅刻したのは確かだが、幸い出席はまだこれからだ」
教室の空気を変えてくれた事には教師にも有難かったようだ。
自分の権威を取り戻したかのように一つ咳払いをして背筋を伸ばし、片手で出席簿をペン、と叩いて見せた。
「ひゃー、ラッキー~…ってあれ?…誰?」
ペタペタ歩いて自分の席へ向かおうとした男子生徒は、そこで初めて教師の隣にいる少女の存在に気がついた。
ーーそして瞬間、凍りついた。
彼女が一瞬、責めるような冷たい目線で睨んだように見えたからだ。
「あ、えーとじゃあ君、
少女は教師に
「よぉし、じゃ~出席取るぞー。アイダー…」
出席の呼応のやり取りの中で、転入したばかりの少女は誰にも気付かれないくらいの小声で隣の男子生徒に向かって、
「そろそろ本気出して頂戴ね」
と、呟いた。
「次ー、オキナガー」
教師が男子生徒の名を呼んだ。
「えっ?」
少女が何か言ったような気がしたが、出席を取る声に被さってしまった。
「え?じゃないだろ、
教師の言葉にまた教室中から笑い声が上がった。
「あ、は、はい!」
“なんだって?…ホンキダシテ?みたいな事言ってたような…??”
だがこのような美少女とは生まれてこの方、お知り合いになった記憶は残念ながら全く無い…と言いたいが、あれ、なんかどっかで見たような気もする…か?
物凄い美人だから、どこそこの芸能人とかモデルさんとかに似てるのかも知れない。…そんな綺麗な女の子にいきなり本気出せなんて言われるようなお付き合い、是非とも物凄くしてみたい…じゃなくて、いやいやいや、なんなんだ一体。
“……気のせいだな、うん。…てか俺腹減ってたんだよな、そうだ次の休み時間にカレーパン食おうそうしよう”
この瞬間、
全ての生徒の出席確認が終わり、そのまま一時限目の英語の授業は始まった。
本日転校してきた
「じゃ、今日は前回の続きから…えーと、どこまでいったっけな」
と言う言葉の間に、教科書を出して既に正確なページを開いていた。
メッシュヘアー野洲多が教科書の構文をまたクソうざい発音で読み上げる声と、黒板に板書するチョークの音がカツカツと響く中、鳳ひびきは無表情のまま心の中で噛み染めるように呟いた。
“……今度こそ…これで終わりにしないと……”
“ 私達…もう、後が無いわよ、……ミコト…… ”
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