第2話 2
音だ。
とにかくこの音をどうにかしないと気が狂いそうだ。
俺は頭を掻きむしった。
このピーピーと一定のリズムで鳴り続ける正体不明の音のせいでまともに頭が働かない。
この音が。
異常な状況をより狂気にしている。
俺は室内灯の届かない部屋の奥へと足を進めた。
目が慣れていないせいか目の前は完全な暗闇だった。
何がどこにあるのかも分からない。
音の響き方から察するに、それほど広くは無さそうだが、それ以上は何も把握出来なかった。
俺は喚き散らしながら暗闇に手を伸ばした。
しかし手は何にも触れることなく虚空を切った。
それでも俺は前進した。
音が鳴る方に進んだ。
すると突然、バキッという音がして、右手に鋭い痛みが走った。
反射的に手の甲を触るとぬるりと湿っていた。
ガラスか何かに当たったらしかった。
痛みは感じなかった。
それどころではなかった。
俺はさらに前へと進んだ。
すると、今度は足元に何か当たった。
柔らかい"なにか"だった。
或いは巨大な土嚢のようにも感じた。
だが次の瞬間、俺は危うく恐怖で叫び声をあげそうになった。
足首を何者かに掴まれたのだ。
俺はとっさに無理やり身体の向きを変えた。
上半身を強引に捻ったせいで体勢が崩れて俺は思わずたたらを踏み、そのまま背後に倒れ混んだ。
その場所には先程の椅子があり、俺は雪崩れ込むようにしてそこに倒れた。
すぐに仰向けになり、先程の"なにか"がこちらに向かって来ないか注視した。
何も見えない暗闇に目を凝らした。
しかし、幸いなことに奴が向かって来ることはなかった。
つと、右手に感触があった。
そちらに目を向けると先程の黒い小箱が手のひらの下にあった。
ひっ、と悲鳴をあげて、俺はその箱を払いのけた。
またあの悪寒が身体中を走ると思った。
またあの、髪の持ち主が現れると思ったのだ。
俺は身体を強張らせた。
が、"彼女"は現れなかった。
今度は何も起きなかった。
それどころか――あの忌々しかったピーピー音が、止まった。
俺は目を見開き、慌てて部屋を出ようとした。
もうこの部屋に一秒足りとも居たくなかった。
ほうほうの体で這うようにして部屋を出た。
その刹那、目の端に何かが落ちているのに気が付いた。
それは端が千切れた吾平札のようだった。
俺は夢中でそれを拾い、そのまま部屋を出た。
即座に立ち上がり、襖を閉め、お札をべたりとその境目にべたりと張り付けた。
部屋には静寂が訪れた。
心臓がどくどくと五月蝿かった。
訳が分からなかったが、とにかくやったと思った。
何が起こったのかはともかく、ようやく音が止んだ。
これでこの部屋の異常も解けるはず。
なんの根拠もないのに、俺はそんな気がした。
俺は立ち上がり、山本の方へと近寄った。
そして声をかけた。
頼む。
目を覚ましてくれ。
そう願いながら身体を強く揺さぶった。
しかし、山本はまるで壊れた人形のように力なく揺れるだけだった。
同時に、俺は奇妙な感覚に襲われた。
山本の様子がおかしいと感じた。
なんというか、さっきとは明らかに違う。
何がどうとハッキリとは言い難いのだが。
身体の揺れ方。
雰囲気。
肌の色。
俺は恐る恐る山本の顔に自分の顔を近付けた。
呼吸をしていなかった。
慌てて脈を測ってみた。
血管の蠕動を感じなかった。
山本は死んでいた。
俺は今度こそ悲鳴をあげた。
そして、出口へと走った。
慌ててドアノブを捻った。
開いてくれと祈った。
しかしやはり、ノブはびくともしなかった。
この部屋の"異変"は解けてはいないようだった。
俺は絶望してその場に崩れ落ちた。
死の恐怖が現実のものとなった。
山本が、友達が死んだのだ。
俺はその場でうずくまった。
そして次の瞬間。
ピーピーピー。
また、あの音が鳴り始めた。
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