隣の部屋

山田 マイク

第1話 1


 ピーピーピーという音がして目が覚めた。

 どこから聞こえているのか分からなかったが、とにかく部屋中に鳴り響いていた。

 古ぼけた和室には似つかわしくない機械的で無機質な音だった。

 身体を起こすと、友人たちはまだ寝ていた。

 俺はしばらく音が止むのを待ったが、ピーピー音は鳴り止まなかった。

 俺は少し怖くなった。

 俺たちの泊まっているこの宿には曰くがあった。

 呪いがあるとか幽霊を見たとかネットに書かれていた。

 俺たちにとっては好都合の民宿だった。

 何しろ格安だった。

 素泊まりでどうせ寝るだけだから雨風さえ凌げればどこでもよかった。

 明日は朝一から山道に入り山の中腹にあるキャンプ場で女の子たちと合流する予定なので、俺たちは宿に着くとすぐに酒を飲んで眠りについていた。


 ピーピー音はまだ鳴っていた。

 俺は近くに寝ていた山本に声をかけた。

 しかし、全く起きなかった。

 揺すっても声をかけても起きなかった。

 おかしいと思って立ち上がった。

 みんなに声をかけた。

 手塚も吉岡も起きなかった。

 どんなに揺すっても目を開けない。

 ピーピー音が段々と忌々しく思えてきた。

 どうやら音は隣の部屋からしているようだった。

 隣の部屋とは襖で仕切られているだけだった。

 家主からは隣の部屋は倉庫代わりにしてるので絶対に開けるなと言われていた。

 もしも開けたら罰金を取るとまで言われた。

 

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 時刻は午前2時。

 この時間に家主のところに行くのは気が引けた。

 しかし、隣の部屋に行くことは躊躇われた。

 ピーピー音は癪に障るが、家主からきつく止められていたからだ。

 スマホを見ようと電源を押したが点かなかった。

 どんなに操作しても動かなかった。

 昨日までは使えていたのにおかしいなと思った。

 俺は面倒臭かったが階下の家主のところへと向かうことにした。

 踵を返して部屋の入り口へと向かった。

 扉を開こうとノブを捻った。

 すぐに違和感に気付いた。

 ドアノブは動かなかった。

 まるでただの出っ張りであるかのようにびくともしなかった。

 俺は扉をドンドンと叩いた。

 焦っていた。

 何かがおかしいと感じていた。

 いや、この部屋は何もかもがおかしかった。

 ピーピー音は相変わらず鳴っていた。

 俺は部屋のほうに取って返し、他に出口はないかと目を巡らした。

 しかし、この部屋には窓も無く他に出入口も無さそうだった。

 それから再び仲間たちに声をかけた。

 しかし、誰一人目を覚まさなかった。

 次の瞬間、ぎょっとした。

 彼らは眠っているというより気を失っていた。

 白目を剥き、口の端っこから泡を噴いていた。

 その時、別のことに気が付いた。

 山本と手塚のいる場所が就寝時と変わっていた。

 体勢もおかしかった。

 彼らはまるで出口の方へと向かう途中で倒れたかのようにうつ伏せに倒れていた。

 俺は冷静になるように努めた。

 その時には既に恐怖が頭の中を占めていた。

 ピーピー音は鳴り止まない。

 うるさい、と思った。

 とにかくこの音を止めたかった。

 俺は襖の前に立った。

 震える手で引き手に手をかけた。

 その瞬間、ぞわりと全身が総毛立った。

 悪寒が身体中を走った。

 俺は構わず思い切り襖を開いた。

 バリバリと何かが破れる音がして襖が開かれた。

 ピーピー音が大きくなった。

 やはり音はここから聞こえているのだと思った。

 こちらの室内灯からは部屋の3分の1程度しか光が届いていなかった。

 どうやらこちらと同じ畳間のようだった。

 部屋の中央には椅子が置かれていた。

 それ以外には何も見えなかった。

 俺はゆっくりと部屋に足を踏み入れた。

 音は部屋の一番奥から聞こえてきていた。

 恐怖で頭がどうにかなりそうだった。

 しかし、俺はこのピーピー音を止めたかった。

 この音さえ消せばこの空間から逃げ出せるような気がしていた。

 心臓が痛いくらいに脈打っていた。

 俺は部屋の中ほどまでやってきた。

 椅子には小さな箱が置いてあった。

 なんの意匠も施されていない正方形の黒い木箱だった。

 音はそこからしているわけでは無かったが、俺はそれを手に取った。

 その瞬間、再び身体に悪寒が走った。

 今度のは強烈だった。

 身体の奥底から震えが来るようだった。

 背後に気配を感じた。

 すぐ間近だ。

 いる。

 何かが、いる。

 俺の背中のすぐ後ろに。

 俺は振り返りたい衝動に駆られた。

 しかし同時に、絶対に振り返るべきではないと感じた。

 振り返ると死ぬ気がした。

 殺される気がした。

 まるで事実であるかのように、そう感じた。

 俺は木箱を見た。

 これのせいだと思った。

 そして、ゆっくりとそれを椅子に戻した。

 すると気配は消えた。

 俺は額の汗を拭い、息を整えた。

 それから意を決して振り返った。

 誰もいなかった。

 しかし、床に長い髪の毛が大量に落ちていた。

 俺ははあはあと大きく肩で息をした。

 ピーピー音はまだ鳴り響いている。


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