クリスマスプレゼント

あまつか ゆら

クリスマスプレゼント

 十二月二十五日。私の誕生日だ。やはり誕生日というのは大変喜ばしい。窓を覗けば行き交う人々もどことなく浮き足立っていて、一層そう思われる。いつもより朝日が眩しかった。

「今晩はパーティーをしましょう」

 二階の寝室を降りてリビングへ行くと、朝食を作っている同居人がそう言った。素晴らしい考えだ。友達を呼んでもいいかと尋ねたら、同居人は呼べるだけ呼びなさいと言ってくれた。私は誰を呼ぼうか考えながらテーブルに着くと、丁度もう一人の同居人であるCが二階から降りてきた。

「どうしたのC。いつもならあと一分早く起きてくるのに」

「僕のシリーズで新しいバグが見つかったらしくて。緊急アップデートで時間がかかったんだ」

 Cはそう言って、私の向かいに座ると突っ伏した。会話を聞いていた同居人は、目玉焼きを作りながら笑った。

「あはは。CはAIだから、なにかと大変そうだね」

「なんだよそれ。『AIだから』って、差別するなよ」

 確かにそうだと思った。最近国会でも『人と人工知能の均等に関する法案』が物議を醸していることを私は思い出した。今紛糾している問題は、人工知能という表現は不適切だ、新知能と表現するべきではないか、というものだ。

「ごめんごめん。さあ、朝食を摂りましょう」

 朝食を作り終わった同居人も、テーブルに着いた。テーブルにはそれぞれ好みのものが目の前に置かれている。例えば、Cには植物性由来の潤滑油が置かれた。彼はヴィーガンで、しかも敬虔なカトリックだった。

 私はあることに気づき、同居人に言った。

「あれ、いつもはパン二枚なのに、今日は一枚なの」

「物価高だからね。パンを二枚も食べたら、世界情勢が黙っちゃいないよ」

「そんなものなんだ」

「そんなものだよ。そうだ、C。ちょっと雰囲気が悪くなったから、いい感じの音楽を流して」

 しかし、Cは黙ったまま、淡々と潤滑油を所定のポケットに注いでいた。

「どうして答えてくれないんだ」

「さっき差別的表現したから拗ねちゃったんじゃない。Cのシリーズはそういうの一段と敏感らしいし」

「全く。なんのためにあなたを買ったんだか」

 同居人はそう言うと目玉焼きを乗せたパンを一気に飲み込むと、キッチンに戻っていってしまった。何となく気まずくなった私は、早々に朝食を済ませるとそのまま外へ出かけた。

 私はまずPの家へ向かうため、有人タクシーに乗った。多少割高だったが、今日は誕生日だったので気にならなかった。有人タクシーの運転手は、話が面白く退屈しなかった。

 Pはすぐ出てきた。

「今日、パーティーをやるんだ。私の誕生日パーティーと、クリスマスパーティーをいっぺんにやろう」

「それはいい! 学校のみんなも呼んでおくよ。それと、大きな肉も買ってくるよ。君の家にヴィーガンはいる?」

「いるけど、大丈夫。肉食にも理解がある」

「ならよかった。それじゃあ、今日の五時になったらみんなで行くよ。それまで、大きな肉を発注しておく。君へのプレゼントもね」

 楽しみにしておくよと言って、私と彼は別れた。まだ五時まで時間がある。私は隣町に引っ越してしまったガールフレンドを呼びに行った。

 彼女の町は日本一AIの多い町で有名だった。特別な条例がひかれていたり、犯罪数が極端に少なかったりして、入ってみるとどこか雰囲気が違った。北方の国を真似ているらしく、エキゾチックだった。

 大通りに出ると、一角に何人かの人間が集まっていた。

「我々ロボタリアンにも、市民権を与えるべきだ!」

 彼らの一人がそう言った。その集団の首にはRの文字が刻まれたカードがかかっていた。その輪にいた不健康そうな男が、私に話しかけてきた。

「そこの君、君はLGBTQRのどれに属しているんだい? 君もAIロボットとの融合を目指そう!」

「えっと、私は普通です」

「普通だって! 普通なんて差別用語、滅多に使うんじゃあないよ。もっと歴史の勉強をした方がいい!」

 私は逃げるようにそのまま通り過ぎた。彼らみたいな人たちは、見ていてネガティブになる。第一、彼らのうち何人が、人間とAIを見分けられるのだろうか。それとも、見分けられない奴らがロボタリアンに走るのだろうか。

 Uという表札が見えた。ガールフレンドの家だった。彼女もすぐ出てきた。

「今日、パーティーをやるんだ。私の誕生日パーティーと、クリスマスパーティーをいっぺんにやろう」

「そのパーティー、AIは何人来るの?」

「わからない。だけど、きっといっぱい」

「そう。ごめんなさい、私、反AIになったの」

「そんな! どうして?」

「私、アーティスト志望だったでしょ。だけど、最近X社が作曲家の開発に成功しちゃったから」

 絶望した。それはCのシリーズだった。

「だから、この町ももう引っ越す予定よ。さよなら」

 そう言ってUは戻って行ってしまった。帰り道、私は悲しみに暮れていた。その上、知らない街の風景は自分が遠い場所に放り出されたようで、心寂しかった。

 家に着くと、丁度五時になっていた。玄関に入ると、LEDが眩しく光った。

「誕生日、おめでとう!」

 出迎えてくれたのは、同居人や、Pや、クラスメイトたちだった。

「さあ、中に入って。君のために、飾り付けをしたんだ」

 リビングに入ると、マゼンタの風船や、イエローの紙吹雪が舞っていて、テーブルには、大きな大きな肉が乗っていた。部屋の端を見ると、今朝より無機質なCが、流行りのクリスマスソングを大きな声で歌っていた。

「プレゼントもあるんだ。しかも、みんなからの特大のやつさ」

 そういうとPとクラスメイトはばたばたと隣の部屋に向かった。私はガールフレンドのことはすっかり忘れていた。それよりも、良い友達を持ったことが今は嬉しかった。わくわくしながら待っていると、三人がかりで大きな袋を持ってきた。

 一方その頃、ある研究所の職員が小さく悲鳴を上げていた。彼はすぐに所長を呼んだ。

「所長! 大変です。ついに夢が観測されました」

「何だって? どの型だ」

「はい、十二・二五試作型です」

「どんな夢を見ていたかわかるか」

 職員は観測された夢の内容を調べようとして、手が止まった。所長が取り出したタブレットが嫌に目についた。きっと、今からこの試作型の夢はあのタブレットの中で数字となって、隈なく解析されるのだろう。彼は、それが何だか気にかかった。

「すみません、ただの周波数の異常だったみたいです」

「そうか。あまり早とちりはするものじゃあない。だが、一応その周波数も検査して、後でまとめておけ」

 所長はそう言うと、特に何の感情も見せずに去っていった。この研究所では、周波数の異常は珍しいことでもなかった。

 職員はざっと検査するに留め、報告書を書き上げると他の職員より一足先に退勤した。彼には子どもがいて、今日はクリスマスだった。

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