(完結)エピローグ 〜魔王への攻撃は不意打ち過ぎる〜

              ※ ※ ※ ※



 ドニカナル王国より、遥か遠くにある荒廃した大地。

 天空を闇黒が支配し、モンスターの唸り声が大気を揺らし、幾多に降り注ぐ稲妻の閃きだけが、建造物の外観を照らし出す。

 魔王城、魔王が封印されている場所である。


「はぁはぁはぁ……くそっ……くそっ……これは一体何なのだ……」


 五人の勇者たちが学校の体育館で拍手喝采を受けている頃、魔王城では問題が起きていた。

 玉座に座る魔王が、息苦しそうに手で顔を覆っているのだ。


「ま、魔王様! 大丈夫ですか? さっきからモンスター総出で治癒魔法をかけてはいるのですが!」


 玉座の前で片膝を付いているのは、魔王の側近であるゴブリーダー。

 ゴブリン達をまとめる知略家である。

 日本から魔王城に戻り、ゴブリーダーの活動報告の最中、魔王の体調が悪くなった。


「ゴブリーダー……貴様、私に何かしたのか?」

「そ、そんな! とんでもない! 私は魔王様にこれ以上ない忠誠を誓っております!」

「なら……これは何なのだ! 貴様が戻ってきた瞬間に、はっ、はっ、はっくしゅっっんん!」

「ああ、魔王様!」

「あぁ! 目が、目が痒い! 鼻が、鼻が、息苦しい! あーっくっしゅ! 私はもうダメかもしれない……魔石を取り戻して復活するはずが……」


 玉座から前方に倒れ込み、うつ伏せで魔王は苦しそうに息をする。


「魔王様! 魔王様ーっ!」 


 ゴブリーダーが駆け寄ると症状はより一層ひどくなり、魔王は今まで経験した事のない倦怠感によって意識を失った。

 魔竺麻帆がかけた魔法で、ゴブリーダの両肩には「ミモザ」という黄色い花が咲いていた。

 動き回るゴブリーダーのせいで、魔王城の中にはミモザの花粉が蔓延している。

 

 魔王は重度の花粉症だった。



               ※ ※ ※ ※



「私がお勧めするのは、この動物クッキー! ほら、これジャムにそっくりでしょ?」


 カッターシャツを第二ボタンまで外し、動物クッキーを食べるマニル。


「私はこのペロペロキャンディー! とっても甘いよー!」


 左耳のピアスを揺らしながら、嬉しそうに杖の形をしたペロペロキャンディーを舐める麻帆。


「えっと、私はこのグミです。弓の弦みたいに伸ばせる所が好きです」


 恥ずかしそうに伸縮性のあるグミを手で伸ばしている射奈。


「私はこの煎餅です! 理由は勿論、盾みたいだからです!」


 駄菓子屋で買った大きくて丸い煎餅を食べる盾石。


「……お、俺はこのチュロスです。理由は……その、特にありません」

「はい、一回止めます! ちょっと剣賀くん、真面目にやってもらえますか?」

「またかよ! ちゃんとカメラ目線でお菓子紹介しただろ!」

「それだけじゃダメです! ちゃんと自分の武器に絡めて、アピールして下さい! これは遊びじゃないんですよ?」


 剣が抜けてから一ヶ月、俺たちはABILITIESというチャンネル名で動画配信をするようになった。

 日替わりで各々がテーマを決めて、勇者に関連した情報を提供するといった趣旨のチャンネルだ。

 マニル、麻帆、射奈も盾石に無理矢理誘われたのかと思ったが、結構乗り気で取り組んでいる。

 俺に関しては半ば強制的に加入させられたため、仕方なくだ。


「今回は私の企画なんだから楽しもうよ!」


 未だにキャンディを舐め続けている麻帆が、俺の背中をぽんぽんと叩く。


「なにが『勇者パーティーでお菓子パーティーやってみた』だ! これのどこが啓発活動なんだよ!」


 企画書と書かれた落書きみたいなルーズリーフを破り捨てる。


「あー! ひどーい!」

「剛も人のこと言えないって。昨日の剛の企画、何だっけ? 確か『市場で買った魚を剣で捌いてみた!』だったよね?」


 マニルとジャムが俺を見て、くすくすと笑う。


「それはまだ役に立つだろ! モンスターに襲われてサバイバル環境に陥った時、武器の剣で料理をしないといけない時があるかもしれないだろ?」

「ならお菓子パーティーも役に立つもんね!」

「ほう、なら説明してみろ」

「……射奈、お願い!」

「え? 私ですか? ……そうですね。勇者が好きなお菓子を知ることによって、いつか同じ武器を持った別の勇者が現れた時に、お近付きの印としてプレゼント出来る、みたいな……」


 話しながら次第に声が小さくなっていく射奈。


「やっぱり、この前ボツにされた『異世界に行ってみた』を撮るべきじゃないでしょうか?」


 俺の部屋のテーブルにある飲み物を人数分入れ直しながら、盾石が真面目なトーンで提案する。


「断る。前も言ったけど、こっちの世界の人に異世界の情報を教えて何の役に立つんだよ」

「はぁ……本当に面倒くさい人ですね」

「お前にだけは言われたくないな」


 俺は盾石が入れたジュースを一気に飲み干した。

 ……麦茶の中にオレンジジュース入れやがったな。


「ぷぷっ、なんだかんだ剛が一番やる気出してるじゃん」

「うん! なんか生き生きしてる!」

「この前、私の企画書にも真剣に目を通していましたし……」

「お前らは注目されるということを分かってないから、俺は大衆を意識してだな……」

「いつまで、勇者くん気取りですか? それより、もう一度この企画の細かい部分を練りましょう! さっき、丁度誰かが企画書を破り捨てたので」


 なんでこいつらを差し置いて、俺が変わり者みたいな扱いを受けないといけないんだ……。一番の変わり者は、このチャンネルを発足した盾石だぞ。


「はぁ……ちょっと待て」


 俺は部屋の隅に置いた自分のバッグへと右手を伸ばす。


「ん? 何だこれ?」


 バッグの中を探っていると、くしゃくしゃになったルーズリーフが出てきた。

 開いてみると、それはブラデビルのモンスター図鑑だった。

 やっぱり、あのブラデビルとは耳と尻尾しか一致してないな。

 弱点の下に書かれた「おまけ」という欄に目がいく。


『ブラデビルは気になる女の子の姿で現れる』


 振り返ると、盾石が俺の方を向いて煎餅を食べている。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」


 ……そんなわけないよな。

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「勇者」という言葉が嫌いだ 悠作 @sakusaku2023

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