39話

 絶体絶命のピンチ。


「た、盾石! その盾で墜落を防げるか?」

「一応出来ますけど、全員を無傷というのは難しいかもしれません!」

「どうすれば……あ! あそこだ! ジャム、まだいけるか? あそこに落ちてくれ!」

「ちょ、ちょっと! 剣賀くん! あそこだけはダメです! やめて下さい!」


 盾石が俺の両肩を掴んで、珍しく嘆願してくる。


「それ以外に全員が助かる場所がないんだよ!」


 ジャムは最後の力を振り絞って、目的地の約数メートル程真上まで飛び、


「もう限界だって〜!」


 マニルがそう言うと、ジャムはドラゴンからハムスターへと姿を変え、俺達五人は重力に従い落下する。


「うおおおおおお! 落ちるぅぅ!」


 盛大な水飛沫を上げ、プールに着水。

 急いで水中から顔を出し、他の四人の安否を確認する。


「全員大丈夫か!」

「なるほどね〜。プールに落ちるように指示したのは、どさくさに紛れて私達の下着を見たかったからでしょ?」


 遅れて顔を出した、マニルと射奈と麻帆のカッターシャツは、水に濡れて下着の色が見事に透けていた。

 大丈夫か? これも今体育館で映像として流されてるんだよな……?


「あ、おい! サーレムのパンチがまた来るぞ!」


 グッドタイミングというと不謹慎だが、マニルの追求を逃れることが出来た。

 サーレムのパンチなら問題ない。こちらには盾使いがいる。


「盾石! またガードしてくれ! ……盾石? おい! どこにいる? 盾石!」

「こ……こっこですっ! うぅっ、たす、助けて下さい! うぷっ! 金槌なんですっ!」


 立てば普通に足がつくプールで、盾石は溺れていた。


「おい! 落ち着け! そんなに深くないから大丈夫だ!」

「剛くん! サーレムの攻撃が来ます!」


 見ると、今まさに右の拳が振り下ろされる直前だった。


「次から次に! くそっ、間に合わない!」


 本能的に身を屈め、水中に潜った。

 目を閉じると、走馬灯のように十五年間の人生が思い出された。

 剣を振り回すんじゃなくて、剣に振り回された人生だったな……。


「いつまで水に浸ってるんですか! はやく立って下さい!」


 さっきまで溺れていた盾石に、腕を捕まれ水中から起き上がらされる。


「え……俺達、サーレムのパンチをもろに食らったはずじゃ……」

「水だったんですよ! サーレムの弱点!」


 プールには砂が溶けており、右手を失ったサーレムの右肩が赤い光を放っていた。


「水が⁈  自分で弱点に向かってパンチしたってことか?」

「図体が大きいだけで知力は低いみたいです! 水が弱点なんて大した事なかったですね!」

「お前が言うな」


 これを後で観る全視聴者が同じことを思うだろう。


「ジャムはもうドラゴンに変身出来ないみたいだけど、どうやってあそこに攻撃する?」

「剛ー! 私に出来る事あるー?」

「そうだよな……。麻帆はとりあえず、その魔法の杖をピアスに戻してくれ」

「ごめんってー! 次は、剛の剣をサーレムぐらいに大きくするからさ!」

「バカか! 俺の剣のサイズが大きくなったら、先に右手が折れるだろ! ……いや待てよ……射奈、ちょっといいか!」


 剣のサイズと聞いて、一つ閃いた。


「こ、こっちに来ないで下さい!」


 首から上だけを水面上に出し、カッターシャツを見えないようにしていた射奈が俺に水をかける。


「さっき体育館で弓より小さいものなら飛ばせるって言ったよな?」

「え? 言いましたけど……」

「なら俺を飛ばしてくれ!」

「な、そんなの無理ですよ! 弓より全然大きいじゃないですか!」


 射奈が首を横に大きく振り、水が俺の顔に飛んでくる。


「俺の右手の剣は弓より少し小さい、剣を飛ばせば俺も一緒に飛んでいくはずだ!」

「む、無茶ですよ! それに下着が……」

「言っておくが、今更下着を隠してもムダだ。この映像は全て全世界に配信される。安心しろ、俺は風呂場の全裸姿が配信されるんだ」


 海外での愛称は「ブレイブジュニア」だったが、この動画をきっかけに「セクシーブレイブジュニア」と呼ばれるだろうな。


「な、何で急に開き直ってるんですか!」

「五人でなら、バレてもいいって言ったのはお前だろ?」

「それとこれは話が違います! だって下着は……」

「ここはプールだ。水着だと思えばいい」

「も…………もう! どうなっても知りませんからねっ!」


 射奈は立ち上がると、下着と同じ真っ赤な顔をして剣をセットした。


「頼んだ」

「……いってらっしゃい!」


 弓から放たれた剣はサーレムの右肩に向かって一直線に飛ぶ。それに付随して、俺も自由の女神像の様な体勢で飛んで行く。


 全校生徒と学校を守るために、命を懸けて戦う高校生。


 自分が否定してきた勇者という言葉の意味を、俺は今まさに体現してしまっているのかもしれない。

 なのに、ここ数日抱えていたモヤモヤが今は全くないのはなぜだろう。


「頑張れ、剛〜!」

「行けー!」

「倒しちゃって下さい!」


 これを全世界に観られると思うと小っ恥ずかしいが、不思議と悪い気もしない。


「これで終わりだあああああ!」


 飛んできた勢いそのまま、俺は水に濡れた赤い光の剣で、右肩を突き刺した。


「ゴォォォォォォ!」


 サーレムの右腕は完全に崩れ去り、片膝が地面につく。


「「「危ない!」」」


「何っ⁈」


 サーレムは残った左手で、俺の胴体を掴んだ。まだ消滅していないということは、こっちの腕も弱点だということか? 俺を掴んだ左手は、天高く振り上げられる。


「叩きつけるつもりだな! くそっ、斬れない!」


 剣で左手首を斬ろうとするが、さっきの攻撃で完全に剣の水分が無くなっており、弱点としてダメージを与えられない。


「口を開けて下さい!」

「え? うごっ!」


 射奈の声が聞こえ、とりあえず口を開けると、放たれた物が突っ込まれる。


「それは盾石さんのポケットに入っていた栄養ドリンクです!」

「あー! 間接キスだー!」


 …………。

 俺は口に含ませた栄養ドリンクを半分、剣に吹きかけ左手首を斬る。

 水分を含んだ剣は左手を砂へと化し、サーレムの左肩は右肩同様に赤い光を放った。

 高く上げられていた手から脱出した俺は、そのまま左肩目がけて垂直落下する。

 そして、残り半分の栄養ドリンクをもう一度剣に吹きかけ、


「これで本当に終わりだ! クリティカル……ソォォォォォォォド!」


 落下する速度で、そのまま突き刺した剣はサーレムの左肩を貫いた。先程と同様に苦しむような声を上げ、サーレムの両膝が地面につく。

 これでようやく決着がついた。


 ……ってこのままじゃ、地面に直撃する!


「うおおおおおおおお!」


 減速する事なく、俺と校庭の距離が縮まっていく。


「私は盾使い! 今こそ力を解き放て! 神より授かりし髪飾りよ!」


 閉じていた目を開けて声の方向を見ると、変な物言いをしながら、こちらへ走ってくる盾石の姿があった。


「日頃から走っていて良かったです! 今度は一緒にランニングですからね!」


 直撃寸前でスライディングしてきた盾石の盾によって、衝撃が緩和される。


「た、助かった……ありがとな」

「ふぅ、気にしないで下さい」


 全力で走ってきた盾石の頬は薄いピンク色になっており、少し息が上がっている。


「それより、クリティカルソードって何ですか?」

「……いいだろ、別に」


 サーレムは、ナメラ、ブラデビル、ゴブリン同様に薄紫色の光を出して消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る