38話

「え! 私、何かやっちゃったのー?」


 ブラデビルの時も、図鑑のお陰で救われたと思ったら、まさかの図鑑が元凶だったようだ。

 たまたま書いた落書きで、実在するモンスターを召喚するなんていうミラクルはいらないんだよ……。


 にしても何でこのタイミングなんだ? 


 ブラデビル同様に、麻帆が図鑑を作ったタイミングで召喚されるんじゃないのか?

 そもそも、魔法陣は消えたはずじゃ……。


「俺は魔王城に一度戻るが、必ずお前らにまた復讐してやる! 覚悟しておけ!」


 勘違いをしたゴブリーダーが捨て台詞を吐くと、映像が再び校庭のへと切り替わった。


「つ、剛くん、大変です……」


 射奈がおどおどしながら、服を引っ張ってくる。

 映像の中では、召喚の終わったサーレムが体育館を見下ろし、咆哮を上げていた。


「多分、この体育館ごと破壊するつもりです! 私たち勇者が学校の皆を守る時です! さぁ、外に出て戦いましょう!」

「盾石の言う通り、ここを出て校庭に向かおう。スクリーンがある反対方向に出口の扉があるはずだ」


 非常出口の光も確認出来ないため、大体の方向に五人で走る。

 時偶、俺の肘が柔らかい物に当たっている気がするが、今はそれどころではない。


 ガンッ!


「いたっ! おい…ちょっ、待て! 押すな押すな! 鍵が掛けられてる!」

「どさくさに紛れて変な所、触らないで下さい!」

「おしくらまんじゅうー!」

「……さっき何回も誰かの肘が私の胸に……」


 俺は扉にそのままぶつかり、後ろから来た四人に圧迫される。

 鍵までしているとは、あのクソゴブリンめ……。


「皆、大丈夫。もう開くから」


 マニルがそう言うと、鍵を回す音が丁度外から聞こえた。

 扉を開け、体育館の外に出ると、数十分ぶりの光に視界が奪われる。


「……眩しい。誰が鍵を……」


 明順応する前に、徐々に目を開くが目の前には誰も立っていない。

 どういう事だ?


「ジャム〜! 助かったよ、ありがとう〜」


 視線をだいぶ下に落とすと、体育館の鍵をぶら下げたジャムが手を振っていた。


「ジャムが開けてくれたのか⁈  でも何でここが?」

「ん〜、どうやら体育館が暗くなった時に、私の危機を察知して家から急いでスズメに乗って助けに来てくれたみたい。ジャム、もう眠くないの?」

「本当に賢いハムスターですね」


 盾石が感心しながら頭を撫でていると、ジャムが何やらマニルにだけ分かる様な鳴き声を発している。


「み、皆さん! あれ……あれ……サーレム!」


 射奈が指差す方向を見ると、サーレムが大きな左の拳を今まさに振り上げようとしていた。

 校舎の目の前に校庭があり、その横に体育館はある。校舎から見ると、体育館は右斜め方向に位置している。つまり、右腕と左腕を同時に振り下ろせば、校舎と体育館を同時に破壊出来てしまう状況だ。校舎の数倍程の高さはあるサーレムが拳を振り下ろせば、一撃で体育館は粉々になるだろう。


「盾石、お前の盾でどうにかならないか?」

「あんな攻撃ぐらい余裕で防げますよ」

「なら──」

「ただちょっとした問題が一つあります。ここからじゃ、盾が届きません」


 ……そりゃそうだ。


 体育館の上にでも登らない限り、攻撃を防ぐことは出来ない。


「あの……麻帆ちゃんの魔法で空は飛べませんかね?」


 射奈が控え目に手を挙げて提案する。


「射奈、頭いい! じゃあ、『フライ』って唱えたらいいかなー?」

「射奈さん、いい提案です! 麻帆さん、一か八か私に魔法をかけて下さい!」


 麻帆の耳のピアスが魔法の杖へと形を変え、盾石に魔法をかけようと、


「待て、麻帆! フライはフライでも、もしかしたら盾石が揚げ物になってしまう可能性がある!」


 むしろ、そうなる未来しか俺には想像出来ないと言ってもいい。


「む……確かに」


 麻帆は危険性を理解したのか、以外にも素直に聞き入れた。


「私は簡単に揚げられたりしませんよ!」


 一方、威勢のいいエビが天ぷらにされる直前に思うようなことを盾石は口にする。

 その横を見ると、今もなおジャムがマニルに何かを伝えようとしていた。


「うんうん、それで? うん、なるほどね。うん、おっけい! 任せて! 皆、ちょっと私達から離れて〜」

「おい、何やってるんだよ! サーレムの攻撃を防ぐ方法を考えないといけないんだよ」

「いいから、静かに! はい、どいたどいた〜」


 口にマニルの人差し指が当てられ、そのまま体を押される。


「幾千年に渡る契約により仕えし我らの眷属よ! ドラゴンマスターの名の下にここに誓約を立てる『ドニカナルズム・ドラゴニスタ!』」


 盾石みたいな、よく分からない物言いをしたかと思えば、マニルのブロンドヘアとジャムの金色の毛並みが光り輝き始め、黄金のオーラのようなものが一人と一匹を包み込んだ。


 やがてオーラは次第に大きくなり、そこから姿を現したのは、いつものマニルと、

「ドラゴンじゃないですか! 格好いいですね!」

 そう、ドラゴンだ。

 盾石に言われなくても、この姿を見たなら誰しもがそう言うだろう。


 ジャムの金色の毛並みは、黄金の鱗へと変わっており、神々しさを醸し出していた。マニルのブロンドヘアと共鳴しているのか、お互いが黄金のオーラのようなもので繋がっている。


 ハムスターの面影はないが、ちらりと俺を睨んだその目つきはジャムそのものだ。


「ただのハムスターではないと思ってたけど、まさかドラゴンだったとはな……」

「なんか、ゴブリーダーの鼻血に反応して、ドラゴンの本能が目覚めたんだって〜」

「……ここ最近眠っていた理由はそれか」


 モンスターの血にドラゴンの血が反応したというところだろうか。

 肉食動物みたいな話だが、ジャムは一応ハムスターではあるんだよな……?


「とりあえず皆、早くジャムの背中に乗って! 体育館の上まで飛ぶよ〜!」


 一足先にジャムの背中に乗り込んだマニルが顔を覗かせ、親指で背中を指す。


「俺だけ落としたりするなよ?」


 背中に乗り込みながら、念を押すが返事がない。不安だ。


「あ、安全運転でお願いしますね、ジャムちゃん……」


 射奈が最後に乗ると、ジャムは両翼を大きく広げ、勢いよく飛び立った。散っていた桜の花びらが巻き上がる。

 俺たち五人を乗せてもまだ余裕があるほど、ドラゴン状態のジャムの体躯は立派なものだ。


「ちょっと空飛んでますよ、私たち! 実はドラゴンに乗るの初めてなんです!」

「いや全員、初めてだから」


 盾石が興奮しながら、俺の肩を叩いてくる。ジャムは一気に加速し、体育館の上空へと高度を上げ、飛行したままゴーレムのパンチを待機する。


「ねぇ、剛。今度、ジャムに乗って皆で空のドライブに行かない?」


 ジャムの首付近に座っているマニルが俺の方を振り返り、ニコッと笑った。


「行くわけないだろ、どんだけ目立つんだよ」

「だってさ〜、さっきの映像も、今のこの瞬間もどうせ全世界に流されるんでしょ? もう関係ないって」


 そうだった。こんな映像まで流れてしまっては、もう言い逃れが出来ない。

 麻帆や射奈も、それを分かっているはずなのに、なぜか楽しそうだ。


「……はぁ、この後の問題が山積みだな」


 そんな様子を見て、俺の心はなぜか穏やかになった。


「来ました! 私に任せて下さい!」


 サーレムの右パンチが真上から繰り出され、盾石がガードする。

 まずは、こいつを早く倒さなければ問題に対処することすら出来ないな。


「うわー! 絵じゃなくて本物だー!」

「感動してる場合じゃないぞ、麻帆。こいつの弱点はどこだ? お前の図鑑に何て書いた?」

「確かね、Hな言葉を言うとかだった気がする!」

「それはブラデビルな!」

「んーっと……忘れちゃった!」

「だよな。そうだと思った」


 モンスターを倒すには、二つのポイントを押さえる必要がある。弱点と急所だ。


 ナメラはお湯、そして首の後ろ。

 ゴブリンは鼻血、そして鼻。

 ブラデビルは卑猥な言葉、そして胸。


 つまり、体のどこかに光る急所があり、その光を出すためには弱点を突く必要がある。


「このサーレムの弱点を考えよう! それさえ分かれば、赤い光が急所から出る!」

「この前のゴブリーダーと一緒で鼻血なんじゃな〜い?」


 マニルが射奈の方を嫌らしい目で見る。


「も……もう嫌ですからね!」

「じゃあ、じゃんけんしよー!」


 何の話か分かっているのだろうか? 下着を見せるって話だぞ。


「もし弱点がそうなら私が見せます! 勇者たるもの、当然の事です!」

「勇者じゃなくて、それ変態だから。そもそも砂で出来ているこいつから鼻血が出るのは考えにくい。ジャム、サーレムの近くを飛んでくれないか? こいつを観察したい!」

「『仕方ない、これであの時の貸しはチャラだ』だってさ♪」


 今のジャムなら、猪どころかバッファローの大群からだってマニルを守れるだろう。


「はいはい、今回はお前の勝ちだ」


 気の良くなったジャムがサーレムの周りを旋回する。

 その間にサーレムの弱点を探すが、どこから見ても大きな砂の塊でしかない。


「それにしても大きいな。こんなモンスター、本当に俺たちだけで倒せるのか……」

「じゃあ、小さくすればいいね!」


 麻帆が魔法の杖を上に突き上げる。


「おい、麻帆! ちょ、何の魔法を……」

「スモールサイズ!」


 杖の先から放出された閃光で、目を一瞬閉じる。

 すぐに目を開けるが、サーレムの大きさは大して変わっていない。


「なんだよ、何にも変わって……ってジャム⁈」


 人間が五人乗ってもまだ余裕があったジャムの体躯は、五人がギリギリ乗れる程の大きさになっていた。


「あ……ごめん! サーレムにかけたつもりが……」

「麻帆さん、ジャムちゃんにラージサイズの魔法を使って元に戻すんです!」

「いや、よせ! 次はサーレムにかかってこれ以上大きくなられても困る!」

「ひぃぃぃ! こ、高度が下がってますうう!」


 さっきまで大きくしなやかに動いていたジャムの両翼は、今では高度を保つ為に小刻みな上下運動を繰り返している。


「ジャム大丈夫〜? うん……うん……分かった」

「何て言ってる!」

「もうすぐ落ちるかもって……」

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