36話

「分かった。射奈、俺に協力してくれ」

「……え? あ! は、はいっ! 喜んで!」


 射奈の返事が明るく弾む。


「まず、弓を出してもらってもいいか? 暗いから周りには見えないはずだ」

「はい、分かりました!」

「とにかく、この映像を止めるのが先だ。射奈、これなら飛ばせるよな?」


 胸ポケットにあったボールペンを射奈に手渡す。


「この弓より小さい物なら、引っ掛けて飛ばせますが……。どこに飛ばすんですか?」

「丁度、真上に光が出ている所があるだろ? 多分あそこにプロジェクターがあるはずだ。ボールペンを飛ばして、破壊して欲しい」


 これならスクリーンを斬らなくても、映像を止めることが出来る。

 プロジェクターの弁償費用くらい、俺の貯金でどうにかなるだろう。多分。


「あ、なるほど! 少し待って下さい……」


 暗闇で姿は見えないが、恐らく、射奈のブレスレットが弓へと形を変えている。


「いきます!」


 弦の振動する音が聞こえ、風が顔にかかった。

 が、機械に直撃したような音は聞こえずに映像は止まらない。


「いたっ!」


 直後、俺の頭に物が落ちてきて、手に取るとそれは射奈が放ったボールペンだった。触り覚えのある粘液が付いている。


「すみません、ダメでしたね……」

「いや、待て。これは──」


 スクリーンを見ると、盾石が攻撃を防いで、こちらに向かって回し蹴りを入れてくる映像が映っていた。


「あ! ま、護梨さんのパンツが映っています!」

「パンツ…………そうか! そういうことか!」


 さっきまでの映像は離れた場所から撮られていたが、これは蹴りをくらっている奴の視点で撮影されている。

 そして、ボールペンに付着していた粘液。動画を撮り、この映像を流しているのは同じ奴。


 そう──あの巨大ナメクジだ。


 あいつらの目は現代で言うビデオカメラとプロジェクターの役割を担っていたようだ。

 ゴブリンのリーダーがゴブリーダーなら、ナメクジのカメラは……。


「『ナメラ』が盗撮犯だったようだな」


「……ナメラ? な、何ですか、それ?」


 入学式の日に現れて、その後学校に潜んでいた他のナメラに俺たちが気付けなかったのは、恐らく体を極限まで小さくしていたからだ。

 体の大きさを変化させる能力は、あらゆる場所で撮影する為の副次的な能力に過ぎなかったということか……。


「『定点ナメラ』め……」

「定点ナメラ? だから、ナメラって何ですか? 無視しないで下さいよ、剛くん!」


 スクリーンでは、俺と盾石が口論をしている場面が流れている。

 盾石の髪飾りが盾に変わるところも、盾を使って戦うところも全校生徒に見られてしまったが、あいつなら多分気にしないだろう。


「久し振りだな、勇者ども! 調子はどうだ?」


 不快な嗄れ声が、体育館にある校内放送のスピーカーを通して聞こえてくる。


「ムダに手が込んでいると思ったら、やっぱりお前の仕業か!」

「この声、あのゴブリーダーとかいうモンスターですよね? ……うっ……気持ち悪い」


 周りの生徒の反応から見て、この声は俺たち勇者にしか聞こえていないようだ。


「俺はこの日のために本屋で動画編集の本を買い、映像を魔力でパソコンと同期させ、寝る間も惜しんでこの動画を作成した……。 そう! 全てはお前らに復讐をするため!」


 通りで字幕とBGMまで入っているわけだ。


「この映像は、後で全世界に向けてアップロードされる! ざまあみろ! お前らの正体を全世界にバラしてやるのだ! もうこの世界で普通に生きてはいけまい! あーはっはっはっはっ!」

「射奈、この粘液ボールペンをあいつのこめかみにぶち込んでくれ」

「放送室の場所が分からないので、それは難しいかもしれません……」


 くそっ! 


 ここで映像を止めても、アップロードを止めない限り、状況はもっと悪化する。


「魔石を奪うという本来の目的も勿論、忘れてはいない! この映像を流している間に、生徒に扮していた部下のゴブリン達が今お前の周りを包囲し終わった。喜べ、剣士よ。お前が死んでも、きっと本当の勇者として後世まで語り継がれるさ! クックックッ」

「何っ?」

「えっ! 嫌だ、気持ち悪い! や、やっぱり助けて下さい、剛くん!」


 言われてみれば、周りから殺気を微かに感じる様な気もするが、何せ暗闇で全く姿が見えない。


「五感を研ぎ澄ませ、俺……」


 …………。


 ダメだ。

 窮地で秘められし能力に目覚めるような展開を期待したが、現実はそんなに甘くなかった。

 俺は俺のやり方で、この状況を切り抜けるしかない。


 考えるんだ、俺。


 ゴブリンたちはなぜ、この暗闇の中俺の場所が分かった?

 剣の魔力を感じ取って近付いて来たのか?


 ……いや違う、さっきゴブリーダーは「包囲」と言った。


 ゴブリン達が互いに姿を認識していなければ、そういった陣形は取れないはずだ。ということは、ゴブリンたちはこの暗闇の中でも視界を保っている……? 

 なら、俺の取るべき選択肢は一つだ。


「射奈、俺の前にいるよな?」

「は、はい!」

「立ち上がって、声がする俺の方を向いてくれないか?」

「え、はい……。あの、何をするつもりですか? それよりゴブリンを……」


 俺はゆっくりと手を伸ばして、勘で射奈の両肩辺りに手を置く。


「えっえっ! ちょっと、剛くん⁈」

「好きだよな?」

「な、何がですかっ? えっ?」

「焼肉」

「……や、焼肉ですか? 好きですけど、そ、それがどうしたんですか?」

「今度、奢るから許してくれ! 悪い!」

「えっ…………ん? なんだか、前がスースーして……って、きゃぁぁ!」


 俺は射奈の胸元に向かって剣を振り、それは見事に目当てのカッターシャツを切り裂いた。

 ゴブリーダーの弱点は鼻、部下も同じゴブリンなら弱点は鼻のはずだ。


 俺は射奈に全力で謝罪し、状況を説明しながら、そのまま一周してもらった。


 運が良いのか悪いのか分からないが、その時スクリーンでは、お風呂場でのナメラ対剣賀剛の戦闘シーンが映し出されており、俺の裸体を見た女子達の悲鳴で射奈の悲鳴はかき消された。


「よし! 俺の読み通りだ」


 ゴブリン達は恐らく全員鼻血を出し、その証拠に右手の剣が赤く光る。

 その右手の剣を中心にして、ゴブリン達の鼻から放たれた赤い光の円が周囲に形成された。


「ゴブリーダー! 俺の勝ちみたいだな!」


 俺は円を描く様に赤い光を斬り、ゴブリン達を葬った。

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