35話
校長の声で、その場に座って移動しないようにと注意喚起がされ、何やら先生達は右往左往している様子だ。
この状況を楽しんでいる生徒、暗闇に怯えている生徒で体育館はざわめいている。
俺の前に座っている射奈は、この怯えている生徒に該当していた。
「おい、射奈。何が起きたんだ?」
「あ……剛くんですか? その……今さっき、急に電気が消えて……多分ブレーカーの問題って先生は言ってましたけど……」
「なるほど。流石、最新の設備だな。光が全く差してこない」
「感心してる場合じゃないですよ……」
この学校の体育館は数年前に新しく建て替えられた。
カーテンは全て電動で遮光性もかなりのものだ。
ブレーカーが回復しない限りはカーテンを開けるのも難しそうだな。
ウイーーーン。
「な、何の音ですか?」
突如、体育館前方の壇上付近から機械の動作音が聞こえる。そこへ天井から一筋の光が伸びた。動作音の正体は、上から降りてきたスクリーンだったようだ。なにやら映像が流れ始める。
『この右手の剣さえなかったら……。あー、自己紹介失敗したぁぁぁ!』
「え? 俺⁈」
入学式の日に保健室から借りた体操服を着て、家に帰っている俺の姿がそこにはあった。
「おー、勇者くんじゃん!」
「また、こいつかよ。どんだけ問題起こすんだよ」
「何で、この剣の人の映像が急に流れるの?」
「出た、四股男」
「この日、まじで面白かったよな! はっはっはっ!」
「変態剣士じゃん、私まじ無理」
「もう、勇者くんはいいわ〜」
彼方此方から、話し声が聞こえてくる。
ここ数日で、やはり俺の好感度はダダ下がりしていた。
エゴサーチで大体は知っていたが、こうやって生の声を聞くと実感出来る。
ちなみに俺はノーダメージだ。そんなことよりも、これじゃ俺が動画を流している犯人みたいじゃないか。そっちの方が気になる……。
『え〜そんな話だったっけ? ジャム、覚えてる?』
『だ、だって私はミラクル魔法少女だもん!』
『大丈夫だと思います! 矢は空高くまで一度上がって、そこから教室に入っていったので』
「剛くん! どうしましょう、どうしましょう! 私たちの秘密がバレてしまいます! 一体何が起きているんでしょうか……?」
マニルがジャムと話している所、麻帆が魔法の杖をかざしている所、射奈が弓を手に持っている所が連続で映し出される。これは、モンスターが絡んでいるに違いない。
さっきより一層周囲のざわめきが大きくなる。
「落ち着け、射奈。三人とも直接能力を使ったわけじゃないし、この映像だけじゃ何もバレることはない」
おかしい。この映像は誰がいつの間に撮ったんだ?
こんな距離で撮っていたら流石に俺達に気付かれるはずだ。
「そ、そうですね。まずは冷静にならないとですよね……」
『冥土の土産にお前に一つ良い事を教えてやろう。俺は一度もこの剣で、人や動物を斬った事はない。鞘まで装着して、常に細心の注意を払っているからだ。だから喜べ! お前が俺の剣撃をくらう第一号だ! 俺の名前は剣賀剛!』
俺の恥ずべき口上が体育館に轟いた。
「ぶっ殺してやる!」
「お、落ち着いてください! 剛くん!」
「ゔぅ!」
立ち上がった瞬間、射奈に急所を掴まれ、うずくまる俺。
「あ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい! く、暗くて見えなかったんです! わざとじゃありません!」
わざとだったら、こいつは相当のムッツリスケベだ。お腹の辺りが痛み出す……。
「いや……痛みで冷静になれた。礼を言う、ありがとう」
「ど、どういたしまして……?」
「勇者くんって、こんなキャラだったんだ〜」
「ナメクジきもっ!」
「きゃっ! ナメクジ! 気持ち悪っ!」
「そういえば、昔、似たようなCMやってたよな」
「剣賀、まじムリ」
「私こんなに大きいナメクジ初めて見たんだけど……」
「このナメクジ、チョコバナナみたいじゃね?」
「おい、それよりモンスターが映ってるぞ……。モンスターは確か、スマホでは撮れなかったよな?」
「そのはずです……。これもモンスターの仕業なんでしょうか……」
この前、見せてもらったマニルの写真では、ゴブリーダーだけ綺麗に消えていた。こっちの世界の人間には見えず、写真にも映らないはずのモンスターがくっきりと前のスクリーンには映っている。
……そもそも、これはスマホで撮っているのか?
まぁいい。とにかく、この映像を止めなければ。
「ちょっと行ってくる」
「え……? どこに行くんですか?」
「とりあえず前のスクリーンを斬り刻む。このまま映像が流れ続けると流石にマズいからな」
再び立ち上がり前に向かおうとすると、射奈に制服の袖を掴まれた。
「私……ちゃんと制服を掴んでますよね?」
「感触で分かるだろ。それより、放してくれ」
「い、嫌です」
この暗闇で話し相手がいなくなるのが怖いのか、少し声が震えている。
「……少しくらい我慢しろよ。このままだとお前らの正体がバレるかもしれないんだぞ?」
「……剛くんは、それでいいんですか?」
思った以上に強く握られていて振り解けない。
「それでいいって?」
「前に出て悪目立ちしたら、また剛くんが問題起こしたってことになって怒られるんじゃないんですか? そうしたら、また周りから悪口言われて……」
射奈は気を使いすぎるところがある。優しい性格だからこそ、周りを不快にさせないように人に合わせる。今だってそうだ。
自分たちの正体がバレる不安を抑えながら、俺のことまで心配している。
けれど、そんな必要はない。
「この映像が流れている時点で、関係は否定出来ないだろ? 心配しなくていい。この映像は俺が止めるし、後で皆にも適当に説明しておく。だから──」
「だから、それが嫌だって言ってるんですっ!」
スクリーンでは、俺がナメクジに向かって剣を抜き差しするシーンが流れており、周りの生徒は数段と騒がしくなっていた。
その中でもハッキリと聞こえるくらいに射奈は大きな声を出した。
「なんだよ……」
「マニルちゃんと麻帆ちゃんと約束したんです。私たちが協力すると剛くんは嫌がるから、困った時はこっそり助けてあげようねって……」
「別に嫌がるとか、そういう話じゃないだろ。これは俺個人の問題だ。だからお前たちには迷惑をかけない。単純な話なんだよ」
顔は見えないが、射奈が落ち込んでいるのが雰囲気で分かる。自信満々に言っておきながら、なぜか自分に腹が立ってくる。ここ最近の俺は発言と行動に一貫性がない気がする。
「自分のことなんて全然考えてないじゃないですか……。私たちを無理に助けようとしないで下さい。そんな一方的な関係を私は友達だと思いたくありません……」
「違う……お前たちが勝手に良いように解釈しているだけだ」
射奈は俺の裾から手を離し、そのまま剣を握っている右手に触れた。
「全国大会の後のTVインタビューの時……自分の能力がバレると思って私は逃げ出したい気持ちで一杯でした。でもその時、一緒にいてくれた剛くんが私に注目がいかないように、上手く場を回して助けてくれたんです……」
「いや、それは──」
「それだけじゃありません。この高校のスポーツ推薦を教えてくれたのも剛くんです……。私が能力の悩みを抱えて孤立しないように、マニルちゃんと麻帆ちゃんと同じ学校に行けるようにしてくれたんですよね?」
……俺は三人を守りたかったのか? ここ最近、俺がモヤモヤしていたのはこれなのか?
自分のことを顧みず、他者を守るために戦う、それは俺が最も嫌っている勇者という言葉によって強制される生き方のはずだ。
「でも、能力──ましてや自分たちが勇者だってバレたくないだろ?」
「そ、それはもちろん嫌です……。けど、それを剛くん一人に背負わせるくらいなら、四人、いや五人皆で一緒に仲良くバレた方がマシです!」
「…………」
「えっと、だから何が言いたいのかっていうと……」
麻帆、マニルに最近言われたことを思い出す。
俺が何を考えて、何を考えていなかったのか、まだ結論は出ていない。
けれど、自分で思う以上に俺は三人のことを大切にしていたようだ。
なら、三人が望むようにしてみるのもいいのかもしれない。
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