33話

「いい腹ごなしになりましたね」


 俺は見事なまでに負けた。


 酢豚弁当を食べ終わって「ご馳走様」を言い終わった瞬間に、俺はレースシャツの胸元に斬りかかったが、奇襲攻撃は予想通りだったみたいで、あっさりガードされてしまった。

その後も、身包みを剥がす山賊になった気持ちで果敢に胸元を攻め続けたが、全てガードされ、最終的には疲れ果て膝をついてしまった俺。

その隙に、盾石は俺の本棚から難しそうな参考書だけを抜き取り、それの中身を一つ一つ確認していった。


『木を隠すなら森の中』ということわざの通り俺は大人の本を表紙だけ付け替えて、あえて本棚に堂々と置いていたのだ。


 そんな俺の意図がなぜ分かったのかは分からない。


 そして、最後の力を振り絞って斬り掛かった俺の剣撃を、盾ではなく見つけた大人の本でガードされ、それは真っ二つに破れた。


「後、数時間あるので、そこのベッドで寝てもらってもいいですよ?」

「大丈夫です……。あ、そういえば、これ。一昨日のお礼……というか謝罪みたいなもんだから受け取ってくれ……」


 勝者である盾石に、俺は煎餅が入った紙袋を献上した。


「え! ありがとうございます! 大きくて丸い煎餅が好きで、こういう煎餅は正直普通なんですけど有り難く頂きますね!」

「どこに売っているんだよ、そんな煎餅」

「私の家の近くの駄菓子屋です」

「駄菓子屋……」


 盲点だった。てっきり、煎餅屋にあるとばっかり……。

 って、こんな事で真剣に反省なんてしなくていい。


「やっぱり、ちょっと寝るわ……」


 負けたショックより、本が破られたショックの方が遥かに大きい。

 次は必ず、あいつのシャツを切り裂いてやる……。

 俺は柄にもなく必殺技を考える事にした。




「……あれだな。結局、麻帆がいないと消えたかどうか分からないな」

「ですね……」


 夜の校庭で、盾石から指示された場所の周辺を、何度も剣でなぞってみたが、特に何も起きなかった。

 目に見えて分かるのは、下手くそな落書きが幾つか出来たということだけだ。

 ちなみに、盾石が麻帆から教えてもらった召喚魔法陣というのは、人が数人入れるほどの丸い円らしい。

 これで明日、麻帆に聞いてみて魔法陣が消えてなかったら、とんだ無駄骨だ。


「もう少しだけ観察してから、帰るか……」

「そうですね」


 盾石も眠いのか、小さな欠伸をする。

 魔法陣の近くに屈み、二人して所在なげにする時間が続く。


「──一つ聞いていいか?」

「一つならいいですよ」

「何で、大きくて丸い煎餅が好きなんだ?」

「盾みたいだからです」

「流石だな」

「あなたが好きなお菓子は何ですか?」

「チュロス」

「似たようなもんじゃないですか」


 そのままどうでもいい話を続けていた俺たちは気づいたら終電を逃していた。

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