32話
学校生活が始まって、二回目の日曜日。
いつもの日曜なら昼過ぎまで寝て、起きた後に遅めの朝食、というかブランチを取って、自分の部屋でゲームをして眠たくなったらまた寝るというノンストレスで最高な時間の使い方をしている。
ピンポーン。
だが、今日は違う。
俺は朝七時に起床し、パソコンを立ち上げ、近くの煎餅屋さんを全て検索し、私服に着替えて、大きくて丸い煎餅を買うためにリストアップした所を全て走り回り、家に戻ってからは部屋の大掃除、そして大人の本を絶対にバレない場所に隠す、という社長秘書顔負けの雑務をこなしていた。
ピンポーン、ピンポーン。
ちなみに大きくて丸い煎餅は見つからず、普通に美味しそうな煎餅を数枚買っただけに終わった。
「おはようございます! 剣賀剛くんはいますか? 今日は用事があって家に来ました!」
「うるさいな! 何回も鳴らすなよ!」
我が家の扉を開けると、紺のレースシャツに白のショートパンツ、足元は白いスニーカーという出立ちの盾石護梨がそこにはいた。
「なんだ、起きてるじゃないですか」
「開けるのが嫌で、ためらってただけだ」
現時刻午後一時、いつもの俺ならまだ寝ている可能性は大いにある。
「とりあえず、お邪魔しますね。親御さんはいらっしゃいますか? この前、お渡しできなかった菓子折りを持ってきたのですが」
靴を抜いで、家に上がった盾石から老舗和菓子屋の袋を受け取る。
「あぁ、どうも……。両親は今日出掛けているから、俺が夜に渡しとく」
「よろしくお願いします。お昼は食べましたか? 一応、お弁当も買ってきたんですけど。あ、好き嫌いありますか? いや、あっても克服させればいいですね! 勇者たるもの栄養補給は大事ですからね!」
「いや、まだ食べてないけど。なんか親みたいなだな」
「早く食べましょう! 『腹が減っては戦はできぬ』ですよ!」
休日を返上する事に対して断固拒否の姿勢を取っていた俺だが、一昨日のお会計の時、財布にお金が入っていない事に気付いて盾石に借りを作ってしまったため、仕方なく今日という日を迎えている。
その借りをいち早く返す為に、俺は朝から奔走していたのだ。
俺の部屋で盾石と二人。
冷静に考えると、両親のいない家で女子と二人きりだというのに何のときめきもない。それはきっと、盾石が買ってきた弁当のチョイスと、俺達が剣と盾の勇者だからだろう。
盾石は麻婆豆腐弁当、俺は酢豚弁当。
「今日こそはちゃんと話し合いをしましょう!」
そう言いながら、盾石は弁当の蓋を開ける。話し合いに、ご飯は必須アイテムなのだろうか。
「そうだな。この一週間、お前に振り回されたせいで、何も魔法陣に関する情報は得られなかったからな」
「結果としてはそうかもしれませんが、私にだってちゃんと思惑はあったんです。ナメクジを捕まえて解剖しようとか、ゴブリンを拘束して口を割らせようとか」
「……お前が敵じゃなくて良かったと心の底から思うよ」
「あ、見直してくれましたか?」
俺が何かをきっかけにダークサイドに落ちるようなことがあれば、盾石にだけは絶対に見つからないようにしよう。
何の躊躇いもなく、裁きを下されそうだ。
「……とりあえず、今日は俺の考えを聞いてくれ」
「参考程度に聞くのは構いませんよ。何ですか?」
「魔法陣を校庭に展開したのは魔王だと俺は思っている。席替えの時に改めて思い出したが、俺たちの場所がバレたのは入学式の自己紹介の時。つまり、五人が初めて集まった時だ。メカニズムはよく分からんが、魔石が反応したと考えるのが普通だろ? その魔石の魔力を感じ取れるのは、同じ魔力を持つ魔王のはず。なら、魔王が召喚したモンスター同様に、魔石を持つこの剣なら、魔法陣も斬ることが出来るんじゃないか、というのが俺の考えだ。この一週間の間に魔法陣を維持しているようなモンスターも特にいなかったしな」
昨日も一日中考え事をしていたせいで、体は休まらなかった。
結局、土日は両日とも返上だ。
「なるほど。まぁ、確かに試してみる価値はありそうですね……」
思うところがあるのか、盾石のスプーンが止まる。
「なんか気になることでもあるのか?」
「昨日今日で勇者活動を始めたわりには、筋の通った意見を出すんだな、と少し関心しただけです」
「たまたまだ」
お前と比べたらそりゃあな、というセリフをグッと抑え込む。
また口喧嘩になれば、一昨日の二の舞だ。
「案外、性に合ってるんじゃないですか? 私ほどではないでしょうけど」
盾石は、俺がまだ手をつけていない酢豚弁当からパイナップルを食後のデザートのつもりか奪い取りながら言う。
「そういうことだから、明日の放課後にでも実行に移そう。今日はご飯食べたら解散ということで」
「何を言ってるんですか。早速、今日の夜に学校に忍び込みましょう!」
「いや、別に明日でいいだろ。俺は一刻も早く寝たいんだよ」
入学式以来、俺はまともな睡眠が取れていない。
このままでは、また制服を裁断してしまうかもしれないのだ。
「平日の放課後なら校庭は運動部が使っていますし、夜の学校なら人目を気にすることもないと思います! それに思い立ったが吉日って言葉があるじゃないですか!」
身振り手振りで説明する盾石から、香水を付けているのか、石鹸に似た良い匂いがテーブル上の中華弁当をすり抜けて俺の鼻腔へと届いてくる。なんか複雑。
「珍しく一理あるな……。よし、分かった。今日の夜に学校へ行こう。それまで、解散!」
「私はまだ帰りませんよ? 何言ってるんですか?」
盾石は立ち上がると、ポニーテールを解き、髪飾りを左手首につける。
「今からは私と勝負をしましょう! まずは、弁当を食べて力をつけて下さい!」
「…………一昨日の勝負ならお前の勝ちでいいからさ」
髪飾りを盾に変形させ、ドヤ顔で俺を見る盾石。
「それは関係ありません。魔王と戦うためには、私たちの技術の向上も必須です。特に剣賀くん、あなたは今までまともにトレーニングをしていないですよね?」
「やってるわけないだろ」
俺が剣で出来る最高難易度の技は大根の桂剥きだ。
何が楽しくて、剣術の練習なんかするんだよ。
「なら、今から実戦を通して特訓をしましょう。それとも、もしかして私にビビってるんですか?」
聞くだけで恥ずかしくなる安い挑発だが、仕方がない。
「よし、受けてやろう。お前との上限関係もハッキリとさせたいしな」
「とりあえず、私のシャツを斬る事が出来たらあなたの勝ち。あなたのこの部屋に隠された大人の本を見つけたら私の勝ち。どうですか?」
俺が本を隠している事になぜ気付いたのかは、とりあえずスルーだ。戦いの前に動揺を誘うという向こうの作戦かもしれない。
「問題ない。お前の服が破れても、俺は服を貸さないからな? 破れた服のまま、恥ずかしい思いをしてせいぜい家まで帰るんだな。弁当を食べるからちょっと待ってろ!」
すっかり冷えてしまった酢豚弁当をかき込みながら、俺は心の中で勝利を確信した。
本は見つからない場所に隠してあるし、本を探しながら俺の攻撃を防ぐのはリスクが高い。
この勝負、俺がもらった!
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